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異世界帰りへ⑧ その召喚術は○○を招く

サラマンダー!

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 城の南側にある広い中庭からは、城下町の半分を一望できる。
 この場所は観光地化されていて、ちようぼうを目当てに城をおとずれる地方在住の国民も多くいるわけだ。
 ちなみに有料。ちゃっかりしてんなぁ。
 その金がゲームについやされているとは、国民は夢にも思っていないだろうに。


「――――ッ。これは、デカいな」


 正直、洒落しゃれになっていない。
 全長は優に十メートルをえているだろう。城にじようちゆうする衛兵えいへいは皆が皆、しりもちをついて、あまりにもすべがないものだから、まどっている姿すら見える。
 前線に派兵されたのは志願兵で、割とまあ、色んな理由があって命をけるかくをした人たちだった。

 でも城を守っている兵は『国にくす兵にはなるけれど命はしい』という、まあ割と公務員的な感覚の人間が多い。ほどほどの地位と名声と金と余暇よか。高倍率で大人気の職業だそうだ。
 だからまあ、こんな事態にわれるなんて、思ってもいなかったのだろう。
『ぶよ』ですらパニック状態だったのに、いきなりドラゴンって……。


「マノン、魔法で攻撃できるか?」

「できます……けど」

「けど?」

「下手をすれば城下町ごと……びますが…………大丈夫……なのでしょうか?」

「大丈夫なわけあるかっ!! もうちょっと調整してくれよ」

「んー……。実は……ですね……」

「おい。なんでさっきから、ちょくちょく口籠くちごもってんだ」


 躊躇ちゅうちょ……。
 いや、なんだかこう、またのところをもじもじとしていて……。恥じらっているようにも、見える。


「トイレか!?」

「ストレートに言わないでください! 引きこもりでも女の子なのですよ!?」

「よくこのきんきゆう事態にそんな――」

「いえ、だってその……。魔力がすっごい勢いでれていきましたので、その……放出感が…………」

「水の音を聞いたらトイレに行きたくなる、みたいな感じか!」

「だから言うなぁぁぁっ!」


 おう。本気で顔が真っ赤になっておる。でも好感度が下がらないのは、どういうことだろうか。


「とにかく、早く行ってこい! ここは…………俺がなんとかする」

「ハヤトさんが――? …………はいっ、じゃあ、さすがにお漏らしをしていい年齢ではないので!」


 きんちよう感がないなあ。


「ハヤトくん、空にかんでいる相手をどうするの?」

「そりゃ決まってるだろ。魔法を使えない俺ができることなんて、物理攻撃しかない」


 伝えて、兵に事情を説明する。
 鉄製の弓を一本と、大量の弓矢を持ってきてもらった。死んでいった弓の名手から技術はいでいるし、これで――っ。


「ハヤトよ、待つのじゃ!」

「なんだよ爺さん。制御できるなら早くやってくれよ。兵隊も観光客も、大パニックだぞ」


 そもそも国王が召喚したわけで、国王が制御するべき話である。できないのなら討伐とうばつするしかない、というだけの話で。
 ただ……。どうにもいやな予感がするんだよなあ。
 だって、俺こそが召喚されし者なわけで。この通り、制御なんて一切されていない。それなのにドラゴンだけは大丈夫? そんなにうまい話があるのかね。
 まあ、さすがに一つの策もなしに召喚するほどのほうでもない……と、思うんだけど。


「サラマンダーよ、つばさを収めるのじゃ」


 危険をかえりみずに、ふうどうどうと兵より前へ出てドラゴンへ語りかける、王の姿。
 俺とリルをふくめた、この場にいる全てのたみが息を飲んだ。


「ほれ」


 手をばすと、サラマンダーがゆっくりと降下こうか。そのままスッと翼を収めて、口先を国王の差し伸ばした手に寄せていった。


「……なんだよ。ちゃんと制御できるのか」

「よかったぁ――」


 マノンはトイレで、パティは再び行方不明。とりあえず俺とリルは、二人で国王のそばへ行った。


「おい爺さん、取り引きの続きだ」

「なんじゃ」

「サラマンダーを兵器利用しないのなら、俺の持っていたパソコンをゆずってやる。いくつか条件はあるが、基本的にはそれだけでいい」

「ほっ、本当か!?」

「そりゃ嫌だけど、かといって人の命には代えられねえだろ!!」


 なんだかなあ。多くの命とパソコン。これが取り引きとして成立してしまうことが、ちょっと怖い。


「だいたい、国を守るってだけなら、サラマンダーを飼い慣らしているだけで十分すぎる」

「ふむ。それもそうじゃな」


 これで取り引き成立――と。
 犠牲は払ったけれど最悪の事態はかいした。上々の結果だろう。


「……ハヤトくん、それ、大切なものじゃないの?」


 リルが真顔で語りかけてくる。


「そりゃ大切だよ。両親がいつしようけんめい働いて、なけなしの金で俺にあたえてくれたんだ。めちゃくちゃ大切だ」

「めちゃくちゃ大切……。なのに、人にゆずっちゃうんだ……」


 ん? なんかリルのほおが赤らんでないか?


「そ――それって、本当に大切なのよね!?」

「ああ。本当の本当に大切だ」

「はぅうっ――」


 ……おーい。なんか反応がおかしいぞー?
 好感度が、ついに百パーセントだ。どこに好感度アップイベントがひそんでいたんだよ。
 人のために大切なものをゆずわたす精神――とかか? そりゃ常識人なら、普通にそうする。人の命とパソコンを天秤てんびんにかけてしまう爺さんが変なだけで。

 国王や王族みたいに、権力をずーっとにぎっていると、色んな感覚がくるうみたいだ。
 そんな人間に囲まれてリルは育ったわけだから、常識的対応を見せる俺のことが必要以上の紳士に映っているのかもしれないな。


「――まあいいや。じゃあ爺さん、細かい交渉に入るぞ。…………ヒロインけいやくでは痛い目にわされたからな。確実に俺が有利な内容にしてやるから、覚悟しておけ」

「ふんっ。パソコンゲームさえあれば、英雄など用済みじゃ」


 俺の価値とは一体……。


「そういや、日本の法を取り入れてこの国の治安を――とか、言ってなかったか? 爺さん、あれは一体なんだったんだよ」

「…………ゲームを楽しむために最も必要なもの。それは時間じゃ。国王を中心とした王族が統治とうちするなど、非効率にもほどがある。賢者を働かせてワシはゲームざんまい。これが最良の一手じゃろう?」

「うっわ……。マジで、もう二度と爺さんのことを国王としてうやまったりしないからな? 俺の中では最低の人間だ」

「どうとでも言うがよい」


 そんな会話をひろげて、なんとなーく、エンディングモードというか、これで事件も幕引きでやれやれだぜ――と、思っていた。
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