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異世界帰りへ⑧ その召喚術は○○を招く

召喚!!!!

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 壁にロウソクがかれているだけの暗い部屋で、血で描かれたほうじんほのかに発光している。


「お祖父じい様!」


 最初に呼びかけたのは、国王の孫、リルだった。


「――なんじゃ、リル。何をしに来た」


 声から怖いほどの圧力を感じる。国王が持つ威厳いげん、オーラ――。そういうものを一切隠していない状態だ。
 低くとどろくような音なのに、まるで空気をいているかのごとく、鋭利えいり


「おさま――。……お祖父様がこの国の未来を思われていることは、理解しております。でもっ、それで他国をしんりやくしてもいとは――っ!!」

「黙れ!!」


 国王は言葉のりよくそのままに、リルを一喝いっかつした。


「もうじき、じゃ。もうじき、全てが終わる」


 終わる……?


「おい爺さんっ。あんたは一体、何を召喚しょうかんしようと――」

「察しはついておるのじゃろう? ――ドラゴン。人を乗せて空を飛び、空から魔法によるこうげきを行う、破壊の象徴しょうちょうじゃ」

「くっ――。結局そういうことかよ! あんた、俺を日本に帰さないためにリルにネトラレをたたんだんだな!?」

「召喚がかないそうな現状に、わざわざ変化をきたす必要は無かろう? ハヤトを日本へ帰せば、日本とのつながりが消える可能性があった。不用意に帰すわけには、いかなかったのじゃ」

「許せ――とも、言わねえんだな」

「この程度のせい、いくらでも発生しておる。くさるほど見てきたであろう?」


 死んでいった兵、――ヤマさん。
 残された家族、――レイフさん。
 マノンだって不条理な条件で生かされていた。みな、何かの犠牲になっている。


「案ずるな。ドラゴンさえ召喚できれば、日本との関係を保つ必要も無くなる。これが終われば、大手をってゆっくり帰るがよい」


 確かに、ちょっと日本に帰るのがおくれた程度は、小さな犠牲だろう。
 それでも、先にある大きな犠牲を認めるわけにはいかない。


「マノンっ、魔力を制御することはできないか!?」


 問うたしゆんかん猛烈もうれつな風が部屋をいで、魔法陣の中心に吸収されていった。


「むっ……無理です! どんどん吸われてます!!」


 空気ごとむような力に、体を引きられそうになる。


「マノンがここへ来たことで、結実が早まったようじゃのう」


 国王ジジイがニヤリとほくそむ。――このままではマズい!


「リル! マノンを連れて部屋を出るんだ!」

「この風じゃ無理よ!!」


 リルはマノンとくっついて、魔法陣のむ力にていこうしていた。男の俺が立っているのもやっとなのだから、無理はない。
 ――いや、まさかこの力……。マノンの魔力を吸収するだけではなくて――。


「おいジジイ! マノンを犠牲にするつもりじゃないだろうな!?」

「――――それで結果が出るのなら、ワシは喜んで目を瞑ろう。王族のけんおびやかすむすめえに、強大な力を手に入れる。これこそが王の仕事じゃよ」

「最低だな、てめえ!!」


 どんなに国のことを想う名君であっても、女の子を犠牲にして力を手に入れようなんて……。最悪すぎる。認められない。


「おい! 誰か召喚術の弱点とか知らねえのか!?」

「わからないわよ! 私が使えるのは死の魔法だけなんだから!」

「なんだその最強っぽい設定は!!」

「――でも、全ての術は頭の中で結果をおもえがかないと、実行できないはずよ! イメージが明確じゃないと、結果が不安定になるの!!」


 ほほう。ということは、バッチリ俺が死ぬイメージをして、死の魔法リミデスを使ったんだね。そうかそうか。ほうほう。


「よっしゃ、じゃあ爺さんの脳内イメージをくずせばいいんだな!」

じゃ! ワシの脳内ではすでに火のドラゴン――。サラマンダーがイメージできておる!!」

「そこはいっそバハムートじゃねえのかよ!? 多分そいつが最強だぞ!」

「ふふっ、はははははっ。何もわかっておらぬのう、ハヤトよ。――バハムートは神竜しんりゅう。ドラグナーがいなければ、召喚ができないのじゃ!!」

「そんな細かい設定知らねえよ!!」


 くそっ。ただのゲーマーじゃねえか。
 こんな人間が世界を制する? 最悪の未来しか想像できないっての。召喚術なんか全部忘れて永遠にぶよぶよだけプレイしていればよかったのに。
 でも、どうする? このままではマノンが魔法陣に『われる』。最悪の結末しか待っていない――っ。


「陛下!!」


 背後で急に馴染なじみのある声が鳴って、俺は思わずいた。


「パティ……?」

「何をしに来た。まさか、選ばれしけんじやが王のじやてをする気か?」


 もしかして権力の犬であるパティが、ついに俺たちをおもって……!


「ふっ――。この賢者パティ、陛下のじやなど、するはずがございません」

「おい、犬」


 もうほんと、こいつダメだ。そりゃ、ある意味では賢者だよ。こういう長いものに巻かれるやつが結局一番出生していくんだよ。
 お前マジで日本行ってこい!! 絶対向いてるから!!


「しかし陛下、ドラゴンの召喚は、本当に陛下自身のお望みなのでしょうか?」

「……なに?」

「失礼ながら、私はハヤトさんの盗撮をする過程で、陛下の手帳を拝読してしまいました」


 おいこら。この非常時にまで人の行動をぬすていたのか? つうか隠す気ゼロじゃねえか。犯行を隠す気が無い盗撮犯なんて聞いたことないぞ。


「わっ、ワシの手帳じゃとぉ!?」


 おや? ジジイの声がみようれたな。
 俺はこの世界の文字をそれほど得意としていないから、しゆんには読めなかったけれど。そんなに重要なことが書かれていたのか?


「まさかパティ、おぬし、全て読んだわけではあるまいな!?」

「盗撮を愛好するものとして、人の秘密を読まずにいられるはずがございません!!」


 ほうほう。つまり『盗み見>権力>>>>俺たち』というわけだな。ほーう。
 権力の犬から立派な犯罪者にジョブチェンジとは、おそる。
 ……本当にダメだ、こいつ。一番ダメなやつが一番身近にいたわ。こんな相棒がいて、よく十字大陸せいなんてできたもんだ。せきにしか思えなくなってきたぞ。


「陛下は、伝説の木の下で告白をされたいのですよね?」

「……な、なにを……」


 思いっきり口籠もってるぞ。さっきのあつ感はどこへ行った。


「えー、読み上げます。

『今日も好感度上げにぼつとうしすぎてパラメータを上げ忘れてしまった。日本の女子おなごは現実的じゃのう』

 ――」


 うわぁ。ギャルゲーにありがちなミスだな。


「こっ、こら待てパティ!! 待つのじゃ!!」


 ちなみに国王陛下は、召喚術の発動中なのでほうじんの中から動けないようだ。
 そもそも風の中心だしな。動けるはずもない。
 俺は風に逆らって、どうにかパティの横まで行き、一緒に中身を読み上げる。


「「『今日は同級生スクールメイトツーに浮気じゃ。……しかしこのゲーム、水着イベントが来てその先がありそうなのに、重要な部分が描かれておらぬ。ワシは十八さい以上じゃというのに、何を気遣きづかわれておるのか。……全年齢版など、クソじゃ!』」」


 ふーむ。これは中々に痛いな。
 俺は更にパティと声を合わせた。


「「『他のキャラの好感度も上げないといかんとは、これ、なんてばくだん処理?』」」


 あーあー、わかるわかる。ギャルゲーは時に爆弾処理班の気分が味わえるからな。下手を打てばヒロインがストーカー化する場合もあるぐらいだ。
 うまく攻略対象以外の好感度をキープしながら爆弾をばくはつさせずに、攻略対象だけを颯爽さっそうと落とす。
 ギャルゲーというのは案外、高度な策略が求められるものだ。
 更に続ける。


「「『十八禁版をプレイしたいものじゃが、パソコンは高いようじゃのう。これ以上税率を上げると反乱が起きそうじゃし……。そうじゃ! 他国をしんこうして金品をうばっちゃえばパソコンの対価になるのではないか!? ワシって天才じゃのう♪』」」


 うわぁー……。もう最低最悪だ。人間として終わってるぞ、この爺さん。
 チラリとリルとマノンを見ると、本気でぶつを見るような目を国王に向けていた。そりゃそうなる。お前らが正しい。


「「『ドラゴンがいか新しいゲームがいか、迷ってしまうのう。――いや、ワシが目指すのはハーレム! あくまでハーレムエンドじゃ! 多くのヒロインと交際するためには、多くの犠牲が必要。まずはドラゴンで世界征服をして金品を巻き上げてから――』」」

「おいジジイ。さすがに読む気もせたぞ」


 ちゆうで読み上げるのをやめた俺に、パティも続く。


「陛下。おそらく陛下は、十八禁ゲームとやらやゲームクリア、もしくはハーレムがご希望なのであって、ドラゴンの召喚は苦渋くじゅうの決断であったのではないでしょうか?」


 いや、なに冷静にぶんせきしてんの?
 そして次は、リルが口を開いた。


「…………お祖父様、いくらなんでもこれはようできません」


 おうおう。もっと言ってやれ。身内に言われるのが一番こたえるってもんだ。


「他国を犠牲にして自分の願望を叶えようとされるよりは、寝取られ願望のほうが遙かに健全ではないですか!! ハーレムより寝取られ、そう生き直すことはできませんか!? 寝取られなら現実だけで叶いますから!!」


 だから論点ズレてるっての。生き直すなら、もうちょっとまともに生き直せ。というかむしろ、お前が生き直してくれ。


「私が生き残ったら、この国、マジでほろぼすからね?」


 おーい。今が山場なのに、俺たち全然まとまってないぞー?
 ……まあでも、マノンだけはおこる権利があるな。散々利用された挙げ句に、命まで犠牲にされそうになってるんだから。げきしても構わない場面だ。


「なあ、いっそのことだから、このジジイだけサクッと天国に送って、次の王にマノンが立候補してみたらどうだ? この国は魔法の才で国王を決めるから、マノンならなれると思うぞ」

「引きこもれなくなるのなら、王の座なんていらないのですよ」

「そこだけはゆずらないのな」

「――――じゃあ、サクッと天国にだけかすから」


 マノンは俺やリルにはそこそこ丁寧な言葉を使うけれど、国王にはそうでない。王族にうらつらみがあるってのも一因だろうが、恐らく、本気で軽蔑けいべつしているのだろう。
 そもそもこのジジイ、行くのはごくじゃないかね?


「おい爺さん、反論はないのか?」


 問うと、国王は目をせてじっくりめを作った後、勢いよく語りはじめた。


「――――スーファミ版のどきメモは、PSピーエス版のあとに発売されたのじゃ」

「ん? なんだって?」


 果てしなーく、どーでもいーような話を語り出したぞ。


「わかるか!? 先に発売されたPSピーエス版には音声が入っておるのに、後から出たスーファミ版では音声が全カットじゃ!! それなのにスーファミ版で攻略せねばならぬ、この苦しみ……っ! ぬしらにはわからぬじゃろう!?」

「わかってたまるか」


 もう俺のほうが言葉に力、入らないんですけど。


同級生スクールメイトツーは全年齢版になって、過激なシーンが全カット……。スーファミを買った後にこれらを知ったワシの苦しみが、主らにわかるのか!?」


 昔の日本には、このあわれなジジイみたいながいしやたくさんいたのだろうか。ネットの情報が無い時代って怖いな。


PSピーエスも安かったんじゃないのか? 初代はもう大分古いだろ。買い直せばいいじゃねえか」

ぬしはバカなのか? それでは結局、全年齢版しか遊べないじゃろう」

「少なくとも、どきメモには全年齢版しかないと思うんだが」

「それに……の。パソコンには多種多様な…………の?」


 いまさら、何を口籠もる必要があるのだろうか。
 しかし、国王はパソコンゲームをご所望しょもう――ねえ。
 まあ解決策が思いつかないわけではない。ないのだが……。ただ、俺にとってのリスクがなぁ。
 でもマノンの命がかかっちゃっているわけで、もう、そんなことも言っていられないのか。


「よしっ、爺さん、取り引きをしよう!」

「この状況で取り引きじゃと? …………ふむ、まずは条件を言ってみよ」

「俺の部屋にあったパソコン、まだあったらゆずってやるよ」

「なにっ!?」


 ガッツリ食いついてきたなー。


「それなら所有者は俺だ。俺が対価を決めれば、それで済むんじゃないのか?」

「…………異世界の対価をこちら側にいる人間同士で決めるなど、ためしたこともない」

「まずはやってみようぜ! ほら、こんな召喚術はもうやめて、パソコンゲームにいそしんだほうが絶対楽しいって! なんなら、俺だってそういう……その、大人にしかできないゲームの一つや二つぐらい、インストールしてあるし!」


 爺さんをこうしようにのせるつもりで言ったのだが、横から思いがけない言葉がんでくる。


「へぇー。ハヤトくんも男の子なんだね」

「ほぉー。結局そういうことですか」


 あれ……。俺、今、何かを失ったような気が……。
 いや、それでもこの場面では、多少の犠牲は――ッ!!


「――マノンを助けるためだ! そのためなら俺は、エロゲーぐらい譲ってやる!!」

「うわぁ。みんなハッキリ言わないでいたのに、エロって言っちゃった」

「格好よく言ってますけど、全然格好よくないですからね? 第一、五年前のハヤトさんってまだ子供じゃないですか」


 おかしいな。俺、多大な犠牲をはらってマノンを助けようとしているはず、なんだけど……。今の俺こそ、まさに英雄なんじゃないの? 違う?


「――ハヤトよ、もうよせ」

「爺さん……っ」

「男は傷をかかえて生きるものじゃ。傷の数だけ立派になれる。これは女には、わからぬことじゃよ。――して、どのようなゲームか、こっそり教えてはくれんかのう?」


 俺は国王へ寄ってささやくように言う。


「えーっと……」


 ごにょごにょごにょごにょ。ごのごーにょごにょ。


「ふむ。――――なぜそれを早く教えてくれたかったのじゃ!! ドラゴンなんて必要ないではないか!!」

「今更なんで逆ギレしてんだよ!!」


 瞬間、魔法陣がきようれつな光を発した。


「うわっ」

「きゃっ」

「なんですか――!」


 同時に風が収まっていき、俺たち三人はパティのいる部屋のはじっこまで、待避たいひした。


「…………かんりようじゃ」

「なに!?」

「城の外にドラゴンを召喚した。言ったじゃろう? もう止められはせぬ――と」

「そ…………そんな、バカな……っ」

「残念じゃったの、ハヤトよ」

「くそぉッ!! じゃあなんで俺は、言わなくていいことをあんなにべらべらと――っ!!」


 くやしがる俺の横に、リルが寄ってくる。
 ああ、もう、思いっきりののしってくれよ。そんなしゆ暴露ばくろするなんて最低だとか、さ。


「――ハヤトくん。男の子には秘密の一つや二つぐらい、あるんでしょ? そんなにまなくたって、健康なら仕方ないわよ」


 あれ?


「わっ、私を助けようとしてくれたんですから。その――。多少は、理解しないとわいそうですし」


 あれれ?


「お前ら――」


 思わぬ理解と擁護ようごを得て、俺は感動のあまりなみだめた。
 リルが母性たっぷりの表情で、柔らかく言葉をつむいでくれる。


「男の子が部屋に鍵をかけたら知らない振りをしなさいって、ちゃんと学校で教わったから」

「生々しい話はしちゃだめぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 俺が叫ぶ横で、最年少のマノンが冷静に「とりあえずドラゴン、どうにかしに行きませんか?」と言ってきた。
 ですよね。はい……。行きます……。
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