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異世界帰りへ⑦ ○○を知る英雄は紳士と語る

レイフ・チェンバーズ

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 結局のところ解決策は見つからず、そのまま夜をむかえた。
 夕食の席に国王は来ず、マノンのとうさつほうかくにんした感じでは、ほうじんえがかれた暗い部屋で熱心に念仏のようなじゆもんを唱えていた。
 まるで『完成は近い――』とでも言いたげな姿だ。もう、それほどの時間は残されていないのかもしれない。

 いっそマノンのメチャクチャな魔法で城下町ごとばしてしまえば、きよだい魔法陣は瓦解がかいするわけで。
 最悪の場合は人をなんさせてから、その方法でも――なんて考えてしまう。
 しかし城下町では優に一万人以上の人が暮らしているし、王城もあるから観光者も多くいる。経済きよてんでもあり貿易商人だって大勢いるわけだ。
 何より、この国の国民は基本的に権力に従うけいこうにある。
 えいゆうとは言え異世界人のおれや、めかけの子であるリル、十二人いるけんじやの一人でしかないパティ、引きこもりのマノン。俺たち四人がどれほど声を大にしたところで、国王が『かれらの言うことを聞いてはならぬ!』と口にするだけで、終わりだ。

 マノンは相変わらず、自室に引きこもっている。ちゆうでやめたとはいえ無理に連れ出そうとしたものだから、余計強固に引きこもらせてしまった感じだ。
 ついでにパティは、新しくしつらえられた客室でばくすい中。ごろつかれがまっているようだったから、下手したら丸一日ぐらいそのままているかもしれない。平日を働いて休日を爆睡して過ごし、再び平日という戦時にいどむ――。やはり日本のしやちくになれる才能があるな。


「――レイフさん」


 国王のじゆうであるレイフ・チェンバーズさんだが、常に国王のそばにいるというわけでもなく、今はこの食事の席を見守る立場のようだ。悪くいえばかんやく――かもしれない。
 彼は、あくまで複数いる侍従のうちの一人であって、料理人としんけんな表情ではなんだり、国王を守る近衛師団このえしだんの兵と会話をしているところも見ることがある。
 一人の人間が四六時中、年中無休でそばにいるというのは、難しいのだろう。リルから聞いた話だと、国王の側近と呼べる侍従は、合わせて四人もいるそうだ。
 病欠もあるだろうから、それぐらいは最低限なのかな。


如何いかがいたしましたか」

「無理なら話してもらわなくてもいいんですけれど。――正直なところ、レイフさんは国王が何かをたくらんでいる――って、気付いていますよね」

「……お答え、しかねますな」

「ですよねぇ。……では個人の気持ちでも構いません。もし十字大陸の外へ国軍が進行するという話になったら、レイフさんは喜んで受け入れられますか?」

「大陸の外へ――ですか」


 レイフさんはわずかにまゆを動かして、表情でおどろきを表現した。


「ええ。大陸外国家へのしんこうです」

「…………私は。――いえ、チェンバーズ家は、常に国王陛下へいます」


 教科書的な反応しか得られない――か。
 少しは打ち解けてきているし好感度もほどほどになってきたから、ちがう反応が得られるかとも思ったのだけれど。
 あんまりんで話を聞いてもめいわくになるだけだし、そういうのは好感度を下げる要因にしかならない。今はあきらめるしかないか。


「ただ――――」


 しかし、レイフさんは二の句をぎ始めた。


せがれに先立たれるというのは、つらいものがありました」

むすさん……ですか?」

「はい。一番下の息子です。生きていればいまごろは三十を過ぎていました」

「……もしかして、兵になって――」

「自ら志願したのですから、本人も文句は言えないでしょう。何より、十字大陸統一というぎよういしずえとなれたのですから、彼の生きた意味は大きかったはずだ――と、親として自分に言い聞かせてはいるのですが」


 十字大陸統一に当たって集められた兵は、全てが志願兵だ。
 ――とはいえ、経済的事情でやむを得ず志願したという人も大勢いたし、貴族の子息であってもけいしよう順位が低ければ、兵を率いて功績でも挙げない限りは親に並び立てるほどの出世コースになんて、まず乗れないわけで。
 俺は英雄として大きな師団を率いて、さらに師団の中にはいくつかの旅団があるわけだけれど、旅団のじんとう指揮をる人間というのは貴族の三男とか四男、場合によっては七男や八男という場合もある。

 この国は一夫一妻制だけれど、貴族や王族はそれほど法にしばられていないのが現実。
 堂々と側室を設ける貴族もいるわけで、そうなると十人や二十人の子供がいたって不思議じゃないわけだ。
 ちなみに王族は基本的に側室を設けない。王族の血は魔法の才でもあるから、流出を防ぐために王族は王族としかこんいん関係を結ばず子も作らないのが原則だ。
 国の歴史が長くて王族も増えたから、すでに近親問題にもならない。
 ――――まあ、リルのような例もあるわけだけれど。
 レイフさんは少し辛そうな声の調子で、続けて語る。


「どれほどせがれの生きた意味が大きかったと自らへ言い聞かせたところで、やはり、親より先に天へされてしまったことを喜べるようになるはずもなく――。もう二度と、このような思いをしたくは、ないですな。もちろん、すでに親となった他の息子やむすめにも、同様に」


 レイフさんの言葉は、国王にたてくものではない。十字大陸統一を偉業と認め、先立った息子さんをいしずえと表現した。
 その上で、一人の親としては簡単な感情でなつとくできるものではない――と、語ってくれたんだ。この話を聞き出すことができたというのは、大きい。


「あの……。息子さんのお名前は――」

「ヤーマンです」

「ヤーマン――――って、第三旅団で旅団長をしていたかたですよね!? 北半島統一の英雄ですよ!」


 覚えているどころの話ではない。恐らく大陸統一の最前線において、俺の次に有名だった。
 すごく気さくで、とても貴族の出なんて思えないこしの低い人だ。
 教養があって部下思いで、戦時にはもうれつな強さを発揮する。とにかく仲間からしたわれる人。

 俺も一回り近く年上の彼をしたっていた一人で、ちょっとぱらったときに「日本じゃ山なんとかって名前はヤマさんとかヤマちゃんって呼ばれるんですよーっ」なんてからんだら、翌日からあいしようがヤマさんになっていて驚かされた。
 つう、貴族を愛称で呼ぶなんて無礼きわまりないというか、下手をしたらその場でっててられたっておかしくないぐらいなんだけれど。
 ヤマさんはいやな顔をするどころか、愛称で呼ばれることをうれしそうにしていた。


「倅をご存じでしたか――」

「ええ。…………その、知らない人が知らないところで死んでいくと、感覚がしてきてこわかったので……。できるだけ多くの名前を覚えたつもりです。特にヤマさん――あっ、いえ、ヤーマンさんは印象深いかたでした」

「ははっ。倅はヤマさんと呼ばれておったのですか」

「ああ――。はい。旅団のみんなから、親しみをめて……」


 だいじようかな。レイフさんも貴族、それも上流貴族なわけで。息子さんが異世界人や平民からそんな呼ばれかたをしていたと知って、不快に感じないだろうか。
 ――しかしライカブルで見える好感度グラフは、下がるどころかグッと上がってきている。


「どうでしょう。よろしければ、倅の話を聞かせてはくれませぬか? 家内への土産みやげになります」

「もちろん。構いませんけれど」

長い話・・・になるでしょう。できれば場所を変えて――」


 ヤマさんの話が長くなるか短く終わるかを判断できるのは、この場に俺しかいない。人の思い出の量をはかるなんてことは不可能だ。
 この場には料理人ときゆうがいる。いかにチェンバーズ家の当代と言えど、下手な話はできないだろう。
 ゆうな所作で物音を立てずに夕食を口へ運ぶリルの顔を、チラリと見た。


「ハヤトくんの部屋でいいでしょう。ついでに、マノンちゃんの夕食も運べるわ」


 一応、マノンの夕食は俺たちが食べ終えた後に持って行くことになっている。
 作り置きというわけじゃないから温かさは変わらないし、部屋に引きこもっていても俺がしやべり相手になりながら夕食を口に運べたほうがいい。
 ま、そこに関してだけは、なぜかかたくなにきよられているんだけど。
 マノンが食事している姿というものを、いまだに見たことがない。


「――ではレイフさん、あとで俺の部屋に来てください。もしいなければ、マノンの部屋だと思います」

かしこまりました。仕事が片付きだい、おじやさせて頂きます」


 まさか国王のそばで好感度をゼロにしていたレイフさんと、ここまで話が通じるあいだがらになれるとは。ちょっと想像していなかったな。
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