上 下
50 / 93
異世界帰りへ⑥ その学校は○○の痕跡を残す

マノン⑫ 逃げる

しおりを挟む
「いーやーでーすーっ」


 マノンが自室のベッドフレームにしがみついて、俺たちの提案をかたくなにきよする。


「仕方ないだろ。どう考えてもお前のりよくが原因なんだよ」

「ひーきーこーもーるーのーっ!」


 不可能を可能にしてしまうマノンの魔力が、空想世界からの召喚術を実現可能なものへ変えてしまった。そう考えるとつじつまが合う。
 マノンの持つあつとうてきな魔力は、ほうではなく『ほうじん』にえいきようあたえる。これは学校の中庭ですでに実証済みだ。
 パティが持っている火起こしの魔法陣型アクセサリーを、マノンではなくパティに使わせてみた。普通に考えるとマノンが使っていないのだから、魔法は強力にならない。

 この魔法陣は本来、マッチやライター程度の火をおこすもので、生活魔法とも呼べる。

 しかしその火起こしの魔法が、マノンがそばにいることで一瞬だけボワっと、ガスに引火したようなほのおが広がって、すぐに消失。
 たいきゆうりよくばつぐんちようこうな金属製のほうじんは、粉々にくだってしまった。パティ、めっちゃなみだ

 これでマノンの魔力が魔法陣の使用に影響をおよぼすことが、確定したわけだ。
 今までだって散々他人の魔法陣に影響を与えてきたのだとは思われるが…………。おそらく影響はんは、客室と国王が召喚術を使う城の中心部分の程度。
 城下町の中と考えれば、それほど広くはない。
 そして金属製のがんじような魔法陣が一瞬で粉々になるのだから、普通にえがく程度の魔法陣では出力が強すぎて、なにも起こらず消えてしまったのではないかと想像できる。
 それなら、魔法陣の描き間違いだと思うだろう。


「この世界にドラゴンが出てきてもいいのかよ!」

「はいっ! 私が引きこもれるのなら、全く問題ありません!」


 ダメだこいつ。一番まともかと思ったけれど、ダメだこいつ。


「戦争なんてことになったら、引きこもっていられるかわからんぞ!」

「ドラゴンで空から支配しに行って負けるとか、考えられないですから!」


 なんで頭だけはきっちり働くんだろうか、この子は。
 このモンスターすらいない世界にドラゴンなんて出てきたら、チートもいいところである。
 他の国にその類いの存在があるならすでに全世界を支配下に置いているだろうから、空からおそえば、大したていこうもさせずにくつぷくさせることがかなうかもしれない。

 激しくぶつかりあう戦争というよりも、一方的にこうげきを加えてこうふくを迫る形のしんこうとなるだろう。
 しかし、この国に大したがいは出ないかもしれないけれど、相手の国にも人が生きているわけで。
 国と兵がいる限り、どんなに大きな力の差があっても、しようとつは必ず起こる。
 他国の民だから殺しても平気、なんて感覚は、残念ながら持ち合わせていない。


「自分の力で人がたくさん死んで、それでお前、平気なのか!?」


 つい厳しくめてしまった。
 マノンはになって、少なくとも平気ではないことを示す。


「…………それは。……でも、使うの、私ではないですし。私が戦争するわけではないですし。私、ただこの体質で産まれてきただけ……ですから」

「そりゃそうなんだけどさ――」


 しかし、彼女にそれ以上の言葉を伝えられなかった。
 俺はマノンを、城どころか、城下町の外へまで連れ出そうとしている。町全体が魔方陣なんて状況じゃ、どこにいても少なからず影響が及ぶだろう。

 今にして思えば、国王はマノンをしようかいすることを少ししぶっていた。『本当に持って行かれるとマズい存在はマノン』だということだろう。
 まあ、俺が希望したところでおたがいの同意がないと決めきれないから、更なる保険がかけられていたわけだけれど。
 そして幸運にも、マノンを魔法陣の近くに住まわせることが叶った。


「なんで私が悪くないのに、私だけがそんな目にうのですか!?」

「……そう、だな」


 今、マノンは、生まれ育った家からもはなされようとしている。
 でも彼女はただ力を悪用されただけの、言うなればがいしやである。
 そもそも引きこもりのけを作ったのも、異常な魔力を王族から恐れられたからだ。もしそれがなければ、マノンはいまごろ、どうしていただろう?

 この国のいつぱんてきな民には、子供を引きこもらせるほどの経済的余裕がない。少なくとも部屋を出て、両親の手伝いをしなければならないわけだ。
 人の性格は、遺伝と環境が半分半分の割合で混ざり合って、できあがる。そういう話を耳にしたことがある。
 つまるところ、ぐうの環境がマノンを今の性格に育て上げてしまった可能性だって、十二分にあるわけだ。


「――――わかった。マノンの言い分は、正しい。俺には否定できない」

「……え?」


 わいそうに。
 まるで、引きこもっているのに学校に連れて行かれる子供のような、そんなおびえた目をしてる。


「マノンは悪くない」

「…………はい」

「それに、マノンが今のままでいられる解決策――。実は、あるんだ」

「えっ、あるのですか!?」

「ああ。――――国王と俺は、ヒロイン報酬のけいやくわしている。どんな条件であっても契約を果たせなければ死ぬっていう、重い契約だ」

「はい」

「だから、俺が死ねば国王も死ぬ。召喚術が使えなくなればもう、何も起こらない」


 その場合は、俺の対価として日本へわたってしまった人が帰って来られなくなってしまうけれど……。
 どれほどの命がついやされるかわからない戦いを防ぐことができるなら、そこのせいむしかないのかもしれない。
 案外、日本でゆうゆうてきな生活をしている可能性だってある。身元不明人を黙って死なせるほど腐った国ではないと思うから、ある程度の期待は持てる。


「それはダメです!」


 真っ先にマノンが声を大にして、次いでリルも「絶対許さないからね!」と言ってくれた。
 …………そうだよな。こんな提案、ぼうにもほどがある。

 さあみんな、思いっきりしかってくれ!


「ハヤトさんがいなくなったら、日本で引きこもれないではないですか!?」


 …………あれ?


「未亡人と寝取られは少し違うの!!」


 んー…………?
 なんか俺、思っていた以上に大切にされていないなぁ。うんうん、あー、そっかぁ。絶対こいつらだけは連れて帰らないわー。どんだけ顔が良くても受け付けられないわー。あと、そもそもリルは、俺が死んだって未亡人にはならないからな?

 ――――しかしパティだけは、うつむきながらプルプルとふるえている。非道な二人の声も、今の彼女には聞こえていないようだ。
 三年近くも一緒に旅をしてきた好感度百パーセントの賢者。さすがにパティだけは、違うおもいをかかえてくれたのだろう。
 顔を上げると、お口にチャックをやめて、もの凄く悲しそうな目でうつたえかけてきた。


「そんな…………そんなことをしてはっ、国王陛下のお命がッ!!」

「おい。マジでお前ら、いい加減にしろよ?」


 今この場で首ってやろうかと思った。割と本気で。もうこんな世界のことなんて知ったこっちゃねーよ。
しおりを挟む

処理中です...