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異世界帰りへ⑤ 国王は新たな○○を画策する

パティ① 健全な○○でなければダメです!

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 国を代表する女賢者が「えぐっ……! ひっく――っ、ふぐぅ……っ!」とボロボロなみだこぼす。
 くやしかろう。


「ぱ、パティ……? その――マノンがこれを使えるからって、パティの価値が下がったとか、そういうことではない…………と…………思う……」


 さすがになぐさめるのも苦しい。
 パティは十代にして賢者の座を射止めた、言わば天才の一種である。
 知識があり、基礎魔法を網羅もうらし、応用力も高い。

『現代で最も才能のある賢者は?』と国民に問いかければ、多くの場合、パティの名前が返ってくるだろう。
 そもそも賢者は、国王の権利代行者。天才集団。
 その中でもスペシャルな存在なのだから、こいつは本当にすごい奴だ。


 ……しかし俺は、知っている。


 かのじよてつもない勉強量をほこり、遊ぶことなんてかい
 地道なけんさんをずっと続けてきたからこそ今の地位がある――ってことを。
 決して才能だけでここまで登り詰めた人間ではない。


「ぷふぅ。ねえねえ、賢者様ってこんなこともできないのですか~? ふえふえふえふえふ」


 パティの考案した光系魔法とその他三種の魔法わせセットによる、貴重な透視念写(盗撮)魔法。
 それをそくに真似て見せて、はるかに強大な魔法として実行。
 そしてこの態度――。


「ふぐっ! ふぐぅ――っ!!」


 まくらいて必死にこらえているけれど、これはもうはつきよう寸前だわ……。あとそれ、俺の使う枕だからな?


「なあパティ、子供が相手じゃないか」

「十四……ッ。たった十四年しか生きていないのに……ッ!」


 あかん。逆効果だった。


「マノンは天才なんだよ」

「私が天才と呼ばれていたのに……ッ! えぐぅっ、ひぐっ――」

「マノンの魔法では、知っている人や場所じゃないと映せないんだ」

「私だってそうですよ! ぐふぅ――、げぅ――――っ」


 うーん。…………どうすればいいんだ、これ。


「は……は…………」

「は?」

「ハヤトさんが悪いんですよ!!」

「おわっ、なんだよ急に!?」


 いきなりほこさきが俺へ向いた。


「ハヤトさんが私の魔法を教えてしまうから!」

「あー……まあ、それはそうなんだけど、さ。――で、でもほらっ、マノンが外の世界に興味を持つけになったんだ! 人助けも賢者の仕事だろ? これも仕事のいつかんだと思えば」

「思えるわけ無いじゃないですか!!」

「ですよねぇ…………」


 本気であらぶる賢者相手に説得とか、無理ゲーだった。
 それでも好感度はほぼ百パーセント。きっちり高いままをしてキレてくる人ってのは、本当にめずらしい。
 俺がほとほと困っていると、盗撮スキルで映し出された大画面をまじまじと見るマノンが、つぶやく。


「それにしてもこれ、悪用できちゃいますよね」

「悪用?」

「だってほら。おも着替えも、なにもかもがのぞき放題ですよ」

「なんだ………………と」


 気付かなかった。

 いや、今までは小さなモノクロ写真だったし、使っているのはパティとかいうかたぶつの犬賢者だし、思いついてお願いしたところで絶対使わせてくれなかったわけだ。

 しかし今の魔法実行者はマノン! 権力にもくつしないロリっ子! その上、ちようこう精細でカラーの大画面!!


「…………こほん。――マノン、少し、俺と取引をしないか?」


 少女のかたにポンと手を置いて、真顔で言う。


いやですよ。けがらわしい」

「…………ん?」

「結局ハヤトさんも『そういう大人』なのですよね。ガッカリです」


 そういやこいつ、大人がきらいで引きこもっていたんだった――――っ。
 好感度もダダ下がりである。
 あ、最近忘れがちだけれど、好感度が下がったまま朝をむかえると俺、死にます。


「いやいやいやいや、違う。そういうこうしようではない!」

「では、どういう交渉ですか?」


 やばい。何か言い訳を考えないと――。


「そっ、そう! あれだ! このスキルを仕事に使わせてくれよ!」

「えー……。普通に嫌ですよ」


 マノンの性格がいまいちつかみ切れていない。
 とりあえず、笑いかたとか脅しの入れかたがこわい割に、存外、せいれんけつぱくを好む――というぐらいか。

 俺は居住まいを正して、マリンの正面に正座した。
 右手にはパティ持参の資料を装備。
 ばんぜんを期して正当性を主張する。


「真面目な話だ。――これを見てくれ」

「なんですか? …………


『最近、妻の行動があやしすぎるんです! このままでは幸せな家庭がこわれ……いや、もしかしたら、もしかしたらもう…………ッ。うわぁぁぁぁぁぁっ!! 妻がられたら、寝取られてしまっていたらぁぁぁぁっ!! 俺は相手の男をころしてしまいそうだぁぁぁっ!!』


 ――――なんてものを読ませやがりますか? 結局ネトラレですか? あと十四歳ですよ? 私、まだ子供ですよ? できれば永遠の子供でいたいのに……っ!」


 あっ、今こいつの行動原理がちょっと判明した。
 永遠の子供――。
 大人になると、働かないといけないもんなぁ……。

 今はまだ子供だから大目に見られているけれど、この国は働かざるもの食うべからずがてつていされている。大人になってしまうと、引きこもるのは難しかろう。
 国王や王族を脅して永遠に――という線もあり得るが。下手なは自重したほうがいいな。


「いや、この旦那さんはすでに殺人をほのめかしている。誰かが止めてやらないと――だろ?」

「そりゃぁ、そうですけれど……」


 ちなみにこの人、危険思想の持ち主と言うことですでにとうごく済みのようだ。その印がされた場所は指でそっと隠した。
 殺人をしていることが危険なのであって、ネトラレを理解しないのが危険という意味ではない――――――と、信じたい。


「これは立派な仕事、人助けだ。この調子で日本でも引きこもりながら仕事ができるなら、ヒロインをマノンにして一緒に暮らすことも――」

「ほっ、ほんとですか!?」


 おっと。絶対に働きたくないでござる!! とは言わないんだな。ちょっと意外だ。
 ……ま、日本に魔法なんて存在しないから、この手法で働くのは多分無理なんだけど。
 そこはバレるまでだまっておこう。
 今は優先すべきことがある。


「――さあマノンっ、この旦那さんの疑いが本当かどうか、人づ……おくさんをついせきして検証するんだ!!」

「ラジャです!!」


 この場にリルがいなかったことは幸運だった。あいつは俺の人妻好きを知っているから、すぐに意図を察知しただろう。


「ハヤトさん?」

「ど、……どうした?」


 明らかにドスのきいた声で呼ばれて、俺は首をギギギと鳴らしながらいた。


「ぱ、パティも仕事が減れば、助かるだろ? もっと眠りたい……だろ?」

「確か以前、人妻のアレなドウガがどうこうとか、リル様におつしやっていましたよね……?」


 あちゃー。そういえばこいつも同行してたわ。
 リルが腕に絡んできていたから小声だったし、パティははなれていたから聞こえないかと思っていたのだが……。
 なんかこいつ、みように事情通というかごくみみというか。……知らないはずなのに実は知っているってことが、やたらと多いんだよな。

 ……………………………………………………ん?


「……おい、パティ。お前ひょっとして――――。このスキルで、色々と楽しんでないだろうな?」


 十字大陸統一の最中さなか、夜のお店に通っていたこともバレていたし。
 そういや店内での俺の行動までつつけだったな。
 んで今回は、離れていたはずなのに俺たちの会話を知っていると来た。


「なななんななんなな、なっ、ななんのお話でしょうか!?」

「バレっバレじゃねえか! それでよく賢者を名乗れたな。悪い意味で感心するわ!」


 勉強ができるアホって一定数いるからな。こいつは多分、そのパターンだ。


「なぁ、なにがバレているのかぁなぁー…………」

「その反応は絶対黒だ。確定した。十字大陸統一を交渉で果たしてきた俺を相手に、のがれができると思うなよ? あとお前、められると弱すぎだ」

「えっ、えー? 私は賢者ですよー? そんな不届きなことをするはず――」

「よーし。いいだろう。それじゃこれからしばらくの間、マノンにお前の行動を密着盗撮させるからな。四六時中かんしてやる」

「そっ、そんなことをされては、トイレにも行けないじゃないですか!?」


 パティは珍しくおとチックなじらいを見せて、しかしそれが賢者らしくないと思ったのか、すぐにボリュームたっぷりの胸をしてえらぶった。


「トイレをのぞくなんて最低のこうです!! いいですか!? 健全なのぞきは、お風呂までなんですよ!!」

「…………………………………………おい。そこに正座しろ」

「はい……」


 この賢者、やっぱりアホだ。
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