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異世界帰りへ④ 魔法は時として○○にもなります
美しき、なすりつけあい
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派手な行動に出ると、思わぬ幸福に出会うことが多くなる。
人はそれぞれ違う知識と経験を持ち、違う立場から物事を見て、違う評価を下すものだ。
だから多くの目に映ることで、様々な反応を得ることができる。
この扉の先にあるものは、国王が直接姿を現すことのある玉座の間。扉を監視する者だけではなく、それを監督する者が必ずいるはず――。
そう思ってピエロになったつもりで立ち居振る舞ったわけだけれど、釣れた魚は想像以上の大物だった。
扉を守る兵は声を大にして、紳士の名を呼ぶ。
「レイフ様!」
『ぶよんっ♪』
――レイフ・チェンバーズ。
貴族出身の彼は国王の抱える侍従の一人である。
リルを紹介された場に居合わせて、最も早く俺への好感度をゼロにし、今朝は国王に代わって頭を下げてきた人だ。
そんな彼が感情を動かしたというならば、事態は打開に向かっていると言えるだろう。
しかし何らかの事情がなければ、好感度ゼロの相手に感情を揺さぶられることなど無いはずだ。
…………ま、あの国王なら侍従を困らせる事情の一つや二つぐらい持ち合わせているだろうと見込んでいた。
国中の美女に年齢も既婚未婚すらも問わず、本気でネトラレ属性を叩き込むぐらいだ。
むしろそこだけが問題で他は清廉潔白と考えるほうが、無理がある。変態だし。
「構わぬ。私は彼の振る舞いを好んでいませんが、十字大陸統一の英雄であることは、紛れもない事実。――――国王陛下はこの五年、国の命運を英雄に託していた。我々貴族や王族ではなく、彼という一人の人間を信じたのです」
「しかし――っ」
「責任は全て私が持ちましょう。通しなさい」
『ぶよんっ♪』
想像以上にスムーズな展開だけれど、その分、裏にあるものが大きそうで怖さもある。
何も困っていなければ知らぬ存ぜぬを貫いても、構わなかったわけで。
俺は座ったまま軽く居住まいを正して、チェンバーズ家の当代に傅こうとした。しかし――。
「従順な振りなどせずともよいでしょう。敬いを持たない者に傅かれても、仕方がありません」
「…………そっか。じゃあ普通にしてるわ」
スクッと立ち上がると兵が「なっ!?」と驚いたが、この人もほんとチョロいな。あんな見え見えの演技を少しでも本気で受け取っていたなんて。
しかしレイフ・チェンバーズ――。
彼には、ライカブルなんて無くても相手の心情を察する力があるようだ。こういう相手は、祭り上げられて偉ぶる人間より、余程扱いが難しい。
「でもレイフさん。俺はあなたに敬いを抱いていますよ」
「…………はっはっは。英雄も冗談を言うのですね」
鼻で笑って一蹴されたけれど、これは本心だ。
あと俺は元来、年上に対して敬語を使うことが普通と育てられた、典型的な日本人である。
あえて悪態をつく場面か、もしくは本気で怒ったり怒る気もしないぐらい呆れている場合を除いて、爺さんをジジイなんて呼ばないし(ネトラレの一件以来、心の中ではしょっちゅう思うけれど)、同じように親より年が上であろうレイフさんと対等に会話を酌み交わすのは、普通じゃない。
『ぶよんっ♪』
「あなたは『ライカブル』がどういうスキルかを知っているはず――。レイフさんの俺に対する好感度はゼロでした。今は少し、違いますが」
「ふむ――。それは……どうでしょうか」
しっかし、このスキルを使っていると色んな人がツンデレに見えてくるんだよな。
親より年上の貴族が内心の微細な変化を当てられて、僅かではあるが目を背ける。その姿は、とても可愛らしく感じられた。
本来は気付かないような、ほんの少しのデレが目に見えてしまう。
「……厄介な異能をお持ちですな」
「嘘は言っていません。今朝のあなたは好感度ゼロの俺に対して、国王陛下に代わって頭を下げてきました。嫌な顔を一つも見せずに――。これこそプロフェッショナルの仕事であり、国王陛下へ本当に畏敬の念を抱いている証だと感じました」
「私は名門チェンバーズ家の当代。陛下への畏敬も名門の名を汚さぬ仕事も、当然の行いでしかありませんよ」
「そのチェンバーズ家の当代が、特別の事情を赦す――。何か、理由があると考えても良いですか?」
こういう推理みたいなものは、死に物狂いで身に付けた特技だ。
けれどライカブルという前提ありきだから、日本に帰ったら使えなくなってしまうだろう。
スキルそのまま持ち越しとか、できたらいいんだけど。
十六歳の自分にその発想があれば、ヒロイン報酬よりライカブルを持ち越して、日本で好感度の高い相手を探す手段もあったのに。
……いや、ネトラレを仕込むなんて超展開を読むのは、土台無理な話か。
第一ここ中央区の人間は、日本人より僅かに肌が白く、髪や目の色が多種多様で、男女を問わず目鼻立ちの良い人間が多いように感じられる。
そこに惹かれないと言えば、嘘になってしまうだろう。
外見が全てなんてことは有り得ないと思っているけれど、恋愛や結婚の相手が外見も中身も魅力的だったならば、それはきっと幸せなことだ。
「…………知っての通り、城の中に正体不明の生物が現れています。もしも原因が陛下ならば、被害が少ない間に止めて頂きたい。…………それは、陛下に仕える私たちには不可能なことでしょう」
『ぶよんっ♪』
「なるほど……。誰も止められないから、俺が止めるしかない、と」
「……陛下は、この先におられます」
そうだ、とは言えないってことか。
しかし責任は取る――とまで言っているんだ。この人は上辺の名誉よりも現実を優先している。
信用に足る人間と判断して良いだろう。
そういう話であれば、あとは俺が勢いよく中へ踏み込めば良い。強引に押し入ったことにして、レイフさんに責任なんて取らせない。
――と、扉に手を掛けた瞬間だった。
『ぶよよんっ♪』
あ、今のは大きいな。
一瞬城の中庭の辺りへ意識を奪われると、急にリルが、淑やかな調子で言葉を紡いだ。
「レイフさん、あなたがそこまでの責任を背負う必要は、ありません」
こいつのことも置いていくつもりだったんだけど……。だってなぁ。そうすれば『俺が全て独断でやった』と言って、事は済むわけだ。
責任負わされたところで、俺はそもそも王族貴族から嫌われているし、国王はヒロイン報酬の契約がある限り俺のことを無碍になんてできないわけで。
誰かを傷つける力尽くでの突破が嫌だったから、この方法を選んだまでのこと。
ここから先が罪になるのなら、背負うのに適しているのは、どう考えても英雄の俺だ。
しかしリルは二の句を継いでしまう。
「私が、王族の命令で頷かせたということにしましょう」
「ですが――っ。いえ、なりません」
レイフさんは真剣な表情で申し出を断ろうとする。
『ぶよんっ♪』
「どうせ王族の中では一番下の存在ですから。私の扱いが今より悪くなることは、ありえないんです。……それに、こんなことを独断でされて、もしご家族やご親族が不幸な目に遭ったら、レイフさんはチェンバーズ家の当代として、どう責任を取るおつもりですか?」
ごもっとも……なんだけど。
リルが良い人間だと、ひたすら俺が追い詰められていくというか……。だからなんでネトラレなんか仕込まれちゃったの? この子。
少しぐらい気性が荒くたって許容範囲どころか、全部愛せた気がする。
今の感じだと死の魔法だって、謝れば解いてくれるだろうし。
「…………仰るとおりです。しかし――」
『ぶよよんっ♪』
頻度が増えてきたな……。
「ここは、私に任せてください」
リルは胸に手を当てて、信頼してほしいと願い出る。
面倒ごとを抱え込む性格だって、そんなに嫌いでもない。どうしたものかねぇ……。
『ぶよんっ♪』
…………ほんと、どうしたもんかね、この国。
十字大陸の争いは百年以上続いていたそうだ。それを可能な限り平和的に解決したってのに……。なんでいきなりパズルゲームの侵略なんか受けてんの?
名門貴族と王族が庇い合う美しいやりとりも、ぶよんっ♪ ぶよよんっ♪ の効果音一発で台無しである。
「リル、もう行くぞ。戦ってる人がいるんだ。犠牲者が出る前に急がないと――」
「――うんっ」
さぁて、あのネトラレ国王は、今度は何をしでかしているのかねえ。
人はそれぞれ違う知識と経験を持ち、違う立場から物事を見て、違う評価を下すものだ。
だから多くの目に映ることで、様々な反応を得ることができる。
この扉の先にあるものは、国王が直接姿を現すことのある玉座の間。扉を監視する者だけではなく、それを監督する者が必ずいるはず――。
そう思ってピエロになったつもりで立ち居振る舞ったわけだけれど、釣れた魚は想像以上の大物だった。
扉を守る兵は声を大にして、紳士の名を呼ぶ。
「レイフ様!」
『ぶよんっ♪』
――レイフ・チェンバーズ。
貴族出身の彼は国王の抱える侍従の一人である。
リルを紹介された場に居合わせて、最も早く俺への好感度をゼロにし、今朝は国王に代わって頭を下げてきた人だ。
そんな彼が感情を動かしたというならば、事態は打開に向かっていると言えるだろう。
しかし何らかの事情がなければ、好感度ゼロの相手に感情を揺さぶられることなど無いはずだ。
…………ま、あの国王なら侍従を困らせる事情の一つや二つぐらい持ち合わせているだろうと見込んでいた。
国中の美女に年齢も既婚未婚すらも問わず、本気でネトラレ属性を叩き込むぐらいだ。
むしろそこだけが問題で他は清廉潔白と考えるほうが、無理がある。変態だし。
「構わぬ。私は彼の振る舞いを好んでいませんが、十字大陸統一の英雄であることは、紛れもない事実。――――国王陛下はこの五年、国の命運を英雄に託していた。我々貴族や王族ではなく、彼という一人の人間を信じたのです」
「しかし――っ」
「責任は全て私が持ちましょう。通しなさい」
『ぶよんっ♪』
想像以上にスムーズな展開だけれど、その分、裏にあるものが大きそうで怖さもある。
何も困っていなければ知らぬ存ぜぬを貫いても、構わなかったわけで。
俺は座ったまま軽く居住まいを正して、チェンバーズ家の当代に傅こうとした。しかし――。
「従順な振りなどせずともよいでしょう。敬いを持たない者に傅かれても、仕方がありません」
「…………そっか。じゃあ普通にしてるわ」
スクッと立ち上がると兵が「なっ!?」と驚いたが、この人もほんとチョロいな。あんな見え見えの演技を少しでも本気で受け取っていたなんて。
しかしレイフ・チェンバーズ――。
彼には、ライカブルなんて無くても相手の心情を察する力があるようだ。こういう相手は、祭り上げられて偉ぶる人間より、余程扱いが難しい。
「でもレイフさん。俺はあなたに敬いを抱いていますよ」
「…………はっはっは。英雄も冗談を言うのですね」
鼻で笑って一蹴されたけれど、これは本心だ。
あと俺は元来、年上に対して敬語を使うことが普通と育てられた、典型的な日本人である。
あえて悪態をつく場面か、もしくは本気で怒ったり怒る気もしないぐらい呆れている場合を除いて、爺さんをジジイなんて呼ばないし(ネトラレの一件以来、心の中ではしょっちゅう思うけれど)、同じように親より年が上であろうレイフさんと対等に会話を酌み交わすのは、普通じゃない。
『ぶよんっ♪』
「あなたは『ライカブル』がどういうスキルかを知っているはず――。レイフさんの俺に対する好感度はゼロでした。今は少し、違いますが」
「ふむ――。それは……どうでしょうか」
しっかし、このスキルを使っていると色んな人がツンデレに見えてくるんだよな。
親より年上の貴族が内心の微細な変化を当てられて、僅かではあるが目を背ける。その姿は、とても可愛らしく感じられた。
本来は気付かないような、ほんの少しのデレが目に見えてしまう。
「……厄介な異能をお持ちですな」
「嘘は言っていません。今朝のあなたは好感度ゼロの俺に対して、国王陛下に代わって頭を下げてきました。嫌な顔を一つも見せずに――。これこそプロフェッショナルの仕事であり、国王陛下へ本当に畏敬の念を抱いている証だと感じました」
「私は名門チェンバーズ家の当代。陛下への畏敬も名門の名を汚さぬ仕事も、当然の行いでしかありませんよ」
「そのチェンバーズ家の当代が、特別の事情を赦す――。何か、理由があると考えても良いですか?」
こういう推理みたいなものは、死に物狂いで身に付けた特技だ。
けれどライカブルという前提ありきだから、日本に帰ったら使えなくなってしまうだろう。
スキルそのまま持ち越しとか、できたらいいんだけど。
十六歳の自分にその発想があれば、ヒロイン報酬よりライカブルを持ち越して、日本で好感度の高い相手を探す手段もあったのに。
……いや、ネトラレを仕込むなんて超展開を読むのは、土台無理な話か。
第一ここ中央区の人間は、日本人より僅かに肌が白く、髪や目の色が多種多様で、男女を問わず目鼻立ちの良い人間が多いように感じられる。
そこに惹かれないと言えば、嘘になってしまうだろう。
外見が全てなんてことは有り得ないと思っているけれど、恋愛や結婚の相手が外見も中身も魅力的だったならば、それはきっと幸せなことだ。
「…………知っての通り、城の中に正体不明の生物が現れています。もしも原因が陛下ならば、被害が少ない間に止めて頂きたい。…………それは、陛下に仕える私たちには不可能なことでしょう」
『ぶよんっ♪』
「なるほど……。誰も止められないから、俺が止めるしかない、と」
「……陛下は、この先におられます」
そうだ、とは言えないってことか。
しかし責任は取る――とまで言っているんだ。この人は上辺の名誉よりも現実を優先している。
信用に足る人間と判断して良いだろう。
そういう話であれば、あとは俺が勢いよく中へ踏み込めば良い。強引に押し入ったことにして、レイフさんに責任なんて取らせない。
――と、扉に手を掛けた瞬間だった。
『ぶよよんっ♪』
あ、今のは大きいな。
一瞬城の中庭の辺りへ意識を奪われると、急にリルが、淑やかな調子で言葉を紡いだ。
「レイフさん、あなたがそこまでの責任を背負う必要は、ありません」
こいつのことも置いていくつもりだったんだけど……。だってなぁ。そうすれば『俺が全て独断でやった』と言って、事は済むわけだ。
責任負わされたところで、俺はそもそも王族貴族から嫌われているし、国王はヒロイン報酬の契約がある限り俺のことを無碍になんてできないわけで。
誰かを傷つける力尽くでの突破が嫌だったから、この方法を選んだまでのこと。
ここから先が罪になるのなら、背負うのに適しているのは、どう考えても英雄の俺だ。
しかしリルは二の句を継いでしまう。
「私が、王族の命令で頷かせたということにしましょう」
「ですが――っ。いえ、なりません」
レイフさんは真剣な表情で申し出を断ろうとする。
『ぶよんっ♪』
「どうせ王族の中では一番下の存在ですから。私の扱いが今より悪くなることは、ありえないんです。……それに、こんなことを独断でされて、もしご家族やご親族が不幸な目に遭ったら、レイフさんはチェンバーズ家の当代として、どう責任を取るおつもりですか?」
ごもっとも……なんだけど。
リルが良い人間だと、ひたすら俺が追い詰められていくというか……。だからなんでネトラレなんか仕込まれちゃったの? この子。
少しぐらい気性が荒くたって許容範囲どころか、全部愛せた気がする。
今の感じだと死の魔法だって、謝れば解いてくれるだろうし。
「…………仰るとおりです。しかし――」
『ぶよよんっ♪』
頻度が増えてきたな……。
「ここは、私に任せてください」
リルは胸に手を当てて、信頼してほしいと願い出る。
面倒ごとを抱え込む性格だって、そんなに嫌いでもない。どうしたものかねぇ……。
『ぶよんっ♪』
…………ほんと、どうしたもんかね、この国。
十字大陸の争いは百年以上続いていたそうだ。それを可能な限り平和的に解決したってのに……。なんでいきなりパズルゲームの侵略なんか受けてんの?
名門貴族と王族が庇い合う美しいやりとりも、ぶよんっ♪ ぶよよんっ♪ の効果音一発で台無しである。
「リル、もう行くぞ。戦ってる人がいるんだ。犠牲者が出る前に急がないと――」
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