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異世界帰りへ④ 魔法は時として○○にもなります

お邪魔します

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「パティ、左だ!」

「はいっ」

「右右下!」

「は、はぃいっ!」


 俺たちは町の外周で目下ぶよぶよ中。……じゃなかった。ぶよ退治中。遊んでいるわけではない。
 どうも落ちてきたぶよを手作業で移動させるのは効率が悪く、統率が取れないと上手くいかない。
 そこで『移動魔法』を使えばもっとそれっぽく操作できるのではないか――と考えたわけだ。

 あくまでお仕事であって、遊んでいるわけではない。ほんとだよ?


「左左、回転、下!」

「うぇぇぇっ!?」

「よっしゃ三連鎖!」


 さすがに賢者と言えど異世界のゲームシステムに順応するのは難しいらしく、俺の指示に目を回している。


「ちょ、ちょっときゆうけいしましょう!」

「えー。折角リズム良く降ってくるようになってきたのに」

「…………ハヤトさん、念のため訊いておきますけれど、遊んでいるわけじゃないですよね?」

「そんなわけないだろ!」


 俺はキリリと表情を作って、強く否定する。


「し、失礼致しました……。そうですよね。ハヤトさんは、いつも全力の人ですからっ」


 チョロいのは嬉しいんだけど、そこまでぜんぷくの信頼を寄せるのはかんべんしてほしい気もする。
 罪悪感がはんない。ぶよぶよ楽しい。


「んー。あっ、じゃあリルはどうだ? 王族で魔法が使えるだろ?」

「移動魔法はちょっと……」

「そっか。王族って言っても特定魔法が強く使えるってだけだったな」

「――うん」


 なんか、しおらしいな。
 一般人――それも男に混ざっていつしようけんめいに『ぶよ』を積んでいる姿は好感が持てるけれども。
 ま、できないんじゃあ、どうしようもないわけで。
 俺も下に落ちてきたぶよを手でむ作業に戻りますか。


『ぶよんっ』

「うわっ、なんだこいつ――!」


 急にとうめいのぶよが落ちてきた。

 …………やばい。これは嫌な予感がする。

 こわごわと空を見上げると、透明なぶよが横並びに表示され、更に赤いぶよが一つ――。
 俺は力の限りさけんだ。


「やばいやばいやばいやばい!! 速く消さないと大量の『お邪魔ぶよ』が落ちてくるぞ!! みんな詰めぇぇーーーーぇ!! 急いで消すんだぁぁぁぁぁっ!!」


 これ対戦だったの!? 一人プレイモードじゃなかったのか!?
 俺の叫びに呼応して、男衆がおおあわてで一つ一つ丁寧に消していく。


「違う! せめて二連鎖させないとあれ消えないから!!」

「ハヤトさん、私を使ってください!」

「よしっ、行くぞパティ! 右右回転下、左回転下、右回転回転下、左左回転回転下、右回転あやっぱ左左回転下!」

「うわわわわわわっ」

「できないなら出てくるなぁぁぁぁぁぁっ!!」

「指示をちゆうで変えるからですよ!!」


 こいつ、がいせん以来ほとんど役に立ってないな……。
 言い合っていると空にかげがかかり、スーッと風を切る音を鳴らしながら大量のお邪魔ぶよが降ってきた。
 しんのようなしんどうが大地に伝わり、市街地からはカタカタカタ……と、れんか何かがふるえてぶつかる音がした。


「大丈夫か!? 誰もつぶされてないか!?」


 あわてて落ちてきたところへると、俺が最初に声をかけた男性がこしから下をお邪魔ぶよに埋められていた。
 ――くそっ、これじゃだいさんだ!


「ちくしょうっ。重くないのに体が動かねえ……っ」


 …………そういや、こいつら激軽だったな。
 でもお邪魔ぶよは動かせないから、固定されてしまった――ってことか。


「あの、毎日この感じで?」

「ああ。誰も死んでないのが奇跡ってもんだ。…………だが、今日ばかりはダメかもな」


 こんな正体不明の生物が空から大量落下してきて、軽いのに動けなくさせられる人なんて出てきたら、そりゃきようだわ。
 畑を荒らすのかはわからないけれど、最大級にけいかいするのもうなずける。


「お邪魔ぶよを消すぞ! こいつの隣で色つきのぶよを消していくんだ!!」

「「「ラジャ!!」」」


 たのもしい男衆のかつやくもあって、そこら中のぶよと降ってくるぶよをパズルのように組み合わせながら、どうにかお邪魔ぶよを消していった。
 いよいよ本格的にゲーム感が出てきたな……。リアル体験のイースポーツって、なんか元も子もないような気がする。


『ぶよんっ』


 ――――そういや、さっきから城のほうで変な音がしている。
 俺は遠くはなれた城を…………いや、城の少し上、空との境界線の辺りをる。
 半透明のぶよが空にまり、ドドドドっと降っていった。


「敵はあそこだぁぁぁぁっ!!」

「敵!? 『ぶよ』以外にまだ敵がいるんですか!?」


 パティの移動魔法はこの場で役立つ。大したものではないが、走るよりは多少速い。
 だが城に行って、もし王族や貴族が相手だったとしたら、基本的に権力の犬であるこいつじゃ何の役にも立たない!


「リル、いつしよに行くぞ!」

「えっ、ええ!?」


 俺はリルの腕を掴んで半ば強引に連れ去ろうとする。


「ちょ、強引なのは好きだけどだめ! だめだからぁぁぁ!!」


 なんでそこまでていこうするのやら。さっきまで乗り気だったくせに。
 ……っていうか、強引なの好きなんだ。そうなんだ。ほう。


「ええいっ、暴れるな!」

「色々事情があるの! それとも暴力夫にでもなるつもり!?」

「ネトラレ妻に何も言う権利はねえよ!!」

「ひどっ。ネトラレ妻の何が悪いのよ! 人妻が好きなくせにじゆんしてるわ!!」


 まずい。今ここでこいつと不毛な言い争いをしていても|らち《らち》があかない。
 お邪魔ぶよってのは消せば消した以上に・・・・・・相手に飛んでいくから、無限大に総量を増やしていく。
 ――――最悪、世界をぶよが支配してしまう。


「じゃあお前、この世界がほろんでもいいのか?」

「ほろ――? まさかぁ。こんな可愛い『ぶよ』で世界が滅ぶなんて、ハヤトくんって冗談のセンス無いなぁ」


 急に普通の女の子っぽく、「やだぁ」なんて言い始めやがった。


「…………オーケーわかった。空を見ろ」

「空……?」


 リルは緊張感のかけもない表情で空を見上げる。
 どうも俺のせつぱくした表情を本気で冗談とかんちがいしていたらしい。失礼な奴だな!


「げっ。何あれキモい! まるの集合体ってなんでこんな気持ち悪いの!?」

「それはあれだ。集合体恐怖とか草間くさまさん作品恐怖とか……じゃない! とにかくあれが無限に増えていくんだぞ!? ゲームオーバーのがいねんがわからないと、どうしようもないんだ!!」

「えっと……、でもあたし、王族の中じゃ一番下で……」

「それは後で聞くから、今は急ぐぞ」

「う…………うん。そうだね。わかった!」


 やたらしぶったが、パティと同じく自分より上の位の人間が関係していたらどうにもできない、と言いたいのだろう。

 しかしそんなことは今、本当にどうでもいい。
 異世界帰りする前に異世界がめつなんてことになったら、笑い話にもできない。俺は日本に帰って、この異世界でのくだらない話を、笑って思い出したいんだ。
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