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異世界帰りへ③ 英雄は○○を好みます

リル⑥ 磨いた結果

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 リルはヒロイン養成学校で日本料理の習得を求められたことに、不満を言う。


「いやいや、日本に行ったら普通だっての。そういう目的の学校なんだから仕方ないだろ」

「この国では謎なのよ! ミノとかショウフとかキリンとか」

「ホルモンと水商売と動物になってんぞ。味噌、醤油、りんだ」

「存在しないもので作る料理の訓練なんて、完全なカオスだったんだからね!」


 だろうな。
 俺だって何度も再現を試みたが全戦全敗だ。やはりその土地のものはその土地の料理が一番合う。
 しかし俺は、まさかそこまでガチで取り組んでるとも思わず、気軽に口に出してしまっていた。

『日本にはこんな料理があってな』

『こんな感じで作るんだけど』

『これがまたうまいんだ』

 ……というような言葉をようきのような人間に言うことで故郷を懐かしんで、さびしさを発散したんだ。


「――にしても、王族なのにおごらずしっかり料理を覚えるなんて、リルって結構努力家なんだな」

「そ、そんなことない……わよっ」


 おっと、グイーンと好感度が上がった。この瞬間が気持ちいーっ。人に好かれるのが目に見えてわかる瞬間ってとんでもない快楽だ。

 上がり分は十パーセントぐらいかな。
 努力家にんていが効くと覚えておこう。

 人間は行動を認めてもらいたいもので、それが時間や労力を費やしたものならなおさらとなる。


「一度食ってみたいよ」

「……この国の料理しか、まともに作れないわよ?」

「もちろん。俺だってこの国の料理は好きだ。……日本の料理を作らされてるなんて、知らなかったんだよ。ごめん。悪かった」


 あとはまあ、なおに非を認めて謝ることも好感度アップには大切だ。
 本音を言えば『お前のちゃんが無理矢理強制しようかんしたことがそもそもの原因だ』という気持ちもあるが、ここでそれを出してはならない。
 ……本当に、彼女に罪はないだろうし。


「ふんっ。何よ今さら…………。わかればいいのよ」


 言葉は強気だが表情は違う。
 どうふるって良いのかわからない……といったところか。


「いつか食わせてくれよ。――と、それにしても身の回りの世話とか、誰かがやってくれないのか?」

「私は王族と言っても、めかけの子だから……。あまりよく思われていないのよ。それに私の世話をするってことは、じよにとっては自らの位の低さを物語るわ。ばつゲームやらされてるみたいにいやいや傍にいられるぐらいなら、自分で全部やった方がマシってこと」


 妾の子……ね。
 どうやら彼女が王族でありながらヒロイン養成学校に入学した理由は、その辺りにありそうだな。

 好感度五十パーセント弱。

 今の関係で直接しようさいを聞き出すのはしようそうか。
 内情を打ち明けてくれただけでももうけ物だろう。


「そっか。じゃあ俺に手伝えることがあったら、何でも言ってくれよ」

「え……?」

「俺には王族とか妾の子とか、関係ないからな。どうせ隣に住んでるんだ。協力し合ったほうがいいだろ?」

「そりゃっ、……そう、ね。……うん。じゃあ、困ったらお願いする」

「おう」


 嬉しそうにはにかまれると、さすがにドキッとしてしまうな。可愛さなら文句の付けようが無いんだから、仕方ないか。
 そして、努力家というところは本心から認めたい。
 カオスな料理要求にだって、本気で応えようとしたからこんなに不満が出るのだろう。
 ……ほんと、こいつがネトラレ願望なんて持っていなければ、何の問題もなかったのに。


「あのっ」

「どうした?」

さわがしくて、ごめんね」


 俺は一言「気にするな」と言って、慣れ親しんだ営業スマイルを顔にりつけ、彼女の前から去った。

 思わず欠伸あくびが出る。

 リルとの会話が退たいくつだったわけではない。
 単純に今日の予定がくるいに狂って、挙げ句、日本へのかんが一気にとお退いたから精神的なろうが大きい。

 しかしまあ、これで今日のところはリルとマノンの好感度を理由に死ぬようなことはないだろう。
 夜はゆっくりられそうだ。
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