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第十五話 カウントダウン

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 上空からの急降下、同時にありったけの武器をばらまく。戦闘機と化した孝也による空対地攻撃は巨大な土の竜の頭頂部へと命中する。機銃によって岩石の頭骨が削れ、ミサイルによって完全に破壊し、ビームで焼き払う。
 なるほど、全てがこの世界においては必殺の一撃たりえるものであるが、対する竜もまた人知を超えた存在であった。

 元が、どのような生物であったのか、そもそも元となる存在があるのか、それすらも不明だが、邪悪により凶暴化、活性化した竜はたかが頭部の一部を破壊されたからと言って行動に制限をかけることはなかった。
 むしろ、さらなる怒りと闘争本能を滾らせ、身を震わせたのだ。
 ブルル、と竜の全身が痙攣すると、岩盤状の鱗がめくれ上がり、はじけ飛ぶ。全身が爆発でもしたのかと思うぐらいの衝撃と共に、無数の岩鱗が周囲へと飛び散った。

「うおぉぉぉ!?」

 ほぼ至近距離にまで迫っていた孝也は一斉に襲いくる鱗から逃れる為に急上昇をかける。だが、射出された鱗はとてつもない速度で迫っており、機体を翻すという大袈裟な動作はかえって回避を遅らせてしまう。
 尾翼にいくつかの鱗が命中したのを皮切りに、孝也は態勢を大きく崩すこととなった。

「なろっ!」

 回避が無理ならば、防御である。
 大きく回転する中、孝也は戦闘機形態から人型へと変形し、防御態勢を取った。

「ってぇ!」
「痛いのはこっちだ! もう少し安全な動きは出来ないのか!?」

 両腕に突き刺さるような痛みに耐える孝也。一方、彼のコクピットに座るネリーは青い顔をしながら、必死に座席にしがみついていた。一連の動作の中で、あちこち打ったのか、ネリーは額などを抑えながら怒鳴り声を上げる。

「うるせぇ! クレアだってこれぐらいは我慢してたんだよ!」
「バカ! 彼女は特別だ。パイロットの保護システムが働いているのだから当然だろ!」
「だったら、テメェもそれを使えばいいだろ!」
「わずかな魔力リソースを君の戦闘力に回しているんだ。そんな事できるか! うわ!」

 口論を続けながらも、孝也は戦闘に集中していた。先ほど打ち出された鱗よりもさらに大きな岩石が大砲のように飛んできたのだ。鱗に比べれば遅い弾速、避けるのは容易いが、その動きによってネリーはまた頭をぶつけた。

「しっかり掴まってろよ。舌噛んでも知らねぇぞ!」
「わかってる……!」

 再び攻撃を仕掛ける為、孝也は人型のまま竜へと飛びかかる。その最中でも、竜からの攻撃は続いていたが、なんとかそれをしのぎ切り、竜の一部に掴みかかることが出来た。

「こなくそー!」

 掴みかかったまま、孝也は両腕のビームを連射する。それらは確実に竜の肉体を傷つけていくが、全く動きが鈍る様子はなかった。

「くそー! グリフォンは出せねぇのかよ!」

 余計な攻撃はむしろ竜の怒りを増長させるだけらしく、暴れまわる相手に必死にしがみつくしかなかった。
 本来、このような巨大な相手と戦う為にグリフォンを呼び出し、共に戦うか、合体するかなのだが、当然、今の孝也にそれは出来ない。
 クレアがいなければ、グリフォンも呼べないのだ。しかし、今それについて文句を言ったところで、事態は好転しない。

「なんか、こう、必殺技はねぇのか!」

 期待はしていないが、頼みの綱を願うしかない。
 孝也の問いかけに、ネリーはきっぱりと答える。

「さっき使っただろ!」

 急降下による全武装の一斉射撃。ネリー曰く、あれが今の形態での必殺技となるらしい。確かに威力はあるのだろうが、どうにもこの敵には効果が薄いようだった。

「えぇい、いまいちぱっとしねぇなぁ!」

 文句しか出てこないが、孝也は攻撃の手を緩めなかった。
 なぜならば、自分たちの背後には街があるからだ。見捨てることも、見過ごすことも出来なかった。それは、クレアの故郷を守ってやれなかった事への後悔でもある。
 今更、何の関りもなければ、ただ一目みただけの、住民の顔も、街の名前も知らない小さな街だとしても、孝也は助けないといけないのだ。

「ふんぬぅぅぅ! 勇者なめんじゃねぇ!」

 なぜならば、自分は勇者だからだ。そういう器なのか、人間性を持っているのか、そんなことはどうでもいい。とにかく、自分は勇者なのだ。ネリーにほぼ無理やり指名されたようなものだし、巻き込まれただけだが、それでも、今はいない少女と約束をした以上、孝也は勇者の責務を放り投げる事なんでできないのだ。

「ここで逃げたら、クレアに合わせる顔がねぇ! いや、そんな奴がクレアを助けられるわけがねぇ!」

 孝也は竜が大きな顎を開けた瞬間にミサイルを叩き込んだ。ろくに狙いもつけずに発射されたミサイルは竜の口内には入っていかないが、頭部へと集中した。猛烈な爆発と衝撃が竜の頭骨を砕く。

「だぁぁぁ! 面倒クセェ、ネリーしっかり掴まってろよ!」
「な、何をするつもりで……うわぁぁぁ!」

 ちまちまと竜の表面を攻撃しているだけでは埒が明かない。硬い表皮に覆われた敵を倒す方法、そして小さな体を持つものが、巨体に勝つ方法は古今東西決まっているのだ。
 孝也はネリーの声など無視して、飛翔する。目指すのは、竜の口であった。

「お、おい! ちょっと待て、それはダメだ、ダメ!」
「うるせぇー! ちょっとしたお約束展開だ、付き合え!」

 ネリーの悲鳴を聞きながら、孝也は突撃する。
 対する竜は、真っすぐに向かってくる孝也に対して、その巨大な顎を開けて、かみ砕こうとしていた。
 そして。数秒と経たぬうちに、孝也は竜の口内へと飲み込まれていく。
 だが、竜は顎をふさぐことができなかった。竜の口内で、孝也は四肢を使い、つっかえ棒の役割を果たしていたからだ。

「ぬぅぅぅ! ミサイル発射!」

 両腕と両脚がふさがれている以上、使える武器は限られていた。かみ砕こうとする顎を無理やり支えながら、孝也は唯一使用可能なミサイルをありったけ打ち込んでやった。発射されたミサイルは流れるように竜の喉奥へと投下されていく。
 間もなくして、紅蓮の炎と爆光が瞬く。
 孝也たちは竜の絶叫と炎と共に吐き出されていく。その流れに乗って、戦闘機へと変形し、離脱、背後には口から黒煙と上げながら巨体を崩していく竜の姿を捉えた。
 びく、びくとまだ生き残っている筋肉が痙攣しているのか、のたうちまわっているが、それも時期に収まっていく。

「見やがれ、一寸法師って奴よ!」

 孝也は心の中でガッツポーズをした。

「冗談じゃないよ、全く……あぁ、体が痛い……」

 ネリーとしては無茶苦茶な戦闘行動のせいであちこちが痛んでいた。

「それに、最後のあれ。やりすぎだ……私の魔力だって無限じゃないんだぞ……」
「そうは言っても、あぁでもしなきゃ俺たちがやられてたぜ?」
「もっと頭の良い方法があるだろうに」
「悪いね、俺はそこまで良くないのさ。で、どうなんだ? 魔力が心もとないなら、どこか……あの街で休ませてもらうか?」

 滞空したまま、孝也は襲われそうになっていた街の拡大映像をコクピットに送り込む。人間の感覚としては目を凝らして遠くを見るようなものだった。
 その街にもある程度の防衛戦力はあるらしが、その殆どは軽装の鎧と槍、数頭の馬だけ。当然だが、あの竜を相手にするには無理なものだ。中には魔導士もいるだろうが、それとてどこまでいけるか。
 街の住民は突如として竜を倒した孝也たちの姿を唖然と見上げていた。

「いや、今は一分一秒でも先を急ぎたい。クレアの事もある」
「……だな」

 孝也としてはネリーの体力も心配であった。殆ど休みなしで戦い続けているのは彼女も同じだからだ。
 とはいえ、事態が緊迫しているのも事実。

「でも、そうだな。名乗りぐらいは上げてもいいんじゃないか? 勇者の宣伝になる」

 確かに、それは魅力的な提案であった。

「別に、良いだろそういうの」

 だが、今はそれをやる余裕はなかった。
 クレアを助け出し、ジャべラスを倒す事が出来た時にでも大いに名乗りを上げても間に合うはずだ。

「そうかい」
「そうだよ」

 ゆえに、二人は街へと寄らず、そのまま通り過ぎる選択を取った。

「フハハハ!」

 下品な高笑いが響いたのはその時であった。
 どこからともなく響き渡る声。それは遠くから聞こえているようにも、耳元でささやかれているようにも聞こえる。
 同時に空が歪んだ。捻じ曲がるように青い空が黒く滲む。それは一瞬にして人影を作り出し、次第に鮮明な姿を現した。
 そこには巨大な馬のような顔をした巨人が写し出されていた。だが、見れば見る程に異形であった。頭は馬だが、胴体には多数の動物の特徴を兼ね備え、剛毛に覆われた厚い胸板、両腕はクマのように太く、爪は虎のように鋭い。両脚は象のようであり、背中からはコウモリのような翼を生やしていた。
 一見すれば趣味の悪いキメラにしか見えないが、どこか一つの生命体のように整っても見えた。

「古き世界の住民どもよ! 我が名はゴシーシャ。次なる世界を創造し、支配する絶対神である!」

 影は、ゴシーシャは高笑いを続けながら、そう宣言した。それと同時に、炸裂音があちこちから轟く。気が付けば一瞬にして空を暗雲が覆い尽くし、落雷をそこかしこに引き起こしていた。

「これより私は新世界創造を行う。その為にはこの星を綺麗さっぱりに掃除せねばならぬ。さらばだ古き生物たちよ、古き神々たちよ! 新たなる世界はこの最も新しき神ゴシーシャのものとなるのだ!」

 両腕を高々と広げたゴシーシャの周りには無数の映像が映し出された。見たこともない街、大陸があった。それらは火山の爆発によって生じたマグマに飲まれたり、巨大な津波によって沈んでいったり、樹木によって覆い尽くされていった。それはまさしく神の所業、天変地異そのものであり、恐怖であった。
 ものの数秒で、映し出された場所は、壊滅した。各地を襲っていた災害は、ゴシーシャが手を振れば、ぴたりと止んでいた。

「しかし、神であるなばら慈悲も与えねばならぬ。神の鉄槌中、生き残ったものは新たな世界の住人として迎え入れよう! 世界に、弱き生命体など必要ないのだ!」

 ゴシーシャの姿が消えると、暗雲も嘘のように消えていった。
 だが、大地には変化が訪れていた。それは、クレアの故郷を襲った石化とはまた違った。土地が枯れていくのだ。木々はやせ細り、土は乾いていく。まるでパワーを吸い取られたかのようであった。

「なんだ! ゴシーシャだと? ジャべラスじゃねぇのか」
「わ、わからない! だが、まずい。これは、とてもまずい!」

 わけのわからないことばかりだ。敵は、ジャべラスであると思っていた。
 しかし、こうして力を振るい、世界を飲み込もうとしているのはゴシーシャと名乗る謎の怪人であった。

「このままでは霊脈が完全に破壊されてしまう。世界が、崩壊するぞ!」

 ただ一人、かつての最高神ネリーだけはこの状況の危険性を理解していた。

「新たな世界の創造だと? このまま星を形成する霊脈が破壊されては、世界の創造も何もあるか! 残るはの無だけだ。星が塵になるぞ!」
「どういうことだよ、何が起きているんだよ!」

 孝也は意味が分からなかった。敵は、ジャべラスではなかったのか。ゴシーシャとは何者なのだ。そして、ネリーが一体何を焦っているのか。
 ネリーとしても、孝也の疑問は理解していた。だからこそ、端的に、状況を説明せねばならない。
 険しい表情を浮かべながら、ネリーは語った。

「世界が滅びる。このまま霊脈から力を吸い尽くせば、あと二十四時間でこの星は、消えてなくなる!」
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