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第九話 激突! 勇者VS暗黒騎士

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 いつの間にか、晴れ渡っていた空は重苦しい灰色の雲に覆われており、空気も淀み始めていた。今にも雨が降り出しそうな湿った風が吹き出し、木々の葉を揺らした。
 大地に立つ二体の巨人。片や緑生い茂る大自然に立ち、青い装甲と輝かせるリーン・ブレイバー。片や生命の息吹が消失した灰色の大地に立つ漆黒のグランド・エンド。
 二体はまるで正反対の存在であるかのように、対峙していた。

「グランド・エンドだぁ? 俺のパチモンか何かか?」

 およそ緊張感とは無縁にも感じられる孝也の口調。だが、実際の所、一番緊張し、警戒を強めているのは孝也であった。

「しかも、ドリルが二つ、真っ黒にグラサンと来た。とんでもねぇ不良だな、えぇ?」

 それでも、口調を変えないのは己を警戒心を隠す為、そして何より自身の内部にいるクレアに心配をかけないためだ。
 グランド・エンド。まるっきり正体も詳細もわからない存在ではあるが、とにかくヤバイ存在だというのは理解できる。

「おい、ネリー。あいつはなんだ」

 この状況を一番理解しているのは恐らく、ネリーに違いない。そう判断した孝也は街に残り、防衛を担っているネリーへと問いかけた。

(……随分と見た目が変わっているが、あれは間違いない。グラン・ナイトだ)
「あんたが作り上げたロボットか?」
(予定だったものだ。結局の所、リーン・ブレイバーにリソースの殆どを使ったので、手つかずだったのだがな)
「その通り」

 ネリーとの会話に割って入るようにヴィーダーの声が木霊する。

「最高神ネリーよ。迂闊だったな。貴様が神であったように、ジャべラス様もまた、神なのだ。ならば、この程度の事、造作もない」
(あぁ、全くだよ。油断も油断だ。私はアイツに何度足をすくわれなきゃならんのだろうな……)

 ネリーからは苛立ちの感情があふれていた。

(気を付けろ。あれがグラン・ナイトだとすれば、奴の性能は、君と同等だ)
「んなこたぁ充分理解してる……どてっぱらに大穴開けられそうだったからな」

 今でこそ収まっているが、先ほどまで孝也の機械の体はすさまじい激痛に苛まれていた。
 それはグランド・エンドの形態の一つ、ドリルを装着した戦車の一撃によるものだった。
 並大抵の攻撃では傷もつかないはずの孝也の装甲にはわずかながらに裂傷があった。その事実だけでも、恐ろしいことなのだ。

「フッ、我が旋回式衝角を受けてかすり傷なのは、貴様が初めてだな。いかなる神も、我がグランド・エンドの前では雑魚だったが……なるほど、最高神ネリーが作り上げた最高傑作というのも、嘘ではないらしい」

 一方で、グランド・エンドに乗り込む仮面の男ヴィーダーはそんな孝也の心情を見透かしたように、あざ笑うかのように言った。
 それだけではなく、ヴィーダーはリーン・ブレイバーを警戒していないのか、無防備な姿勢を見せつけたまま、背後を振り向く。
 そこのはズタボロにされ、息も絶え絶えなルカーニアの姿があった。

「退け、ルカーニア。その傷ではまともに戦えまい」
「だ、黙れ。貴様如きが、出る幕ではないわ……」

 巨体を起こしながら、味方であるはずのグランド・エンドに掴みかかろうとするルカーニアであったが、その瞬間、ドンッという破裂音が響く。
 刹那、ルカーニアの絶叫が響き渡った。ルカーニアは右肩を抑え、悶絶していた。そこからはとめどなく真っ黒な血液があふれていたのだ。
 対するグランド・エンドの右手には一丁のライフルが握られていた。それは、戦車、戦闘機形態では砲門となっていたものだった。グランド・エンドはそれをためらいもなく、仲間のルカーニアに放ったのである。

「もう一発、当てれば頭が冷めるか? それとも、無駄な事を考える頭を吹き飛ばした方が、理性的になるやもしれんが」
「ぐぐ、おのれぇ……」
「鉄人形は俺に任せろ。貴様は霊脈を抑えるのだな」
「くっ……」

 ルカーニアは殺気を放ちながらも、魔法陣を展開し、巨体を消して行く。
 その光景を侮蔑を含みながら見送ったヴィーダー。彼はすかさず空いていた左手にも同じライフルを握り、リーン・ブレイバー、孝也へと向けた。

「チッ……」

 その瞬間、孝也は立ち止まり、剣を構えた。
 隙を狙い、切りかかろうとしたが、やはり無理だった。一見して、グランド・エンドは隙だらけに見えるが、あふれ出る殺気、オーラとでもいうべきか、形状しがたい雰囲気がピリピリと伝わってくる。

「貴様もルカーニアと同じく猪突するタイプだと思ったが、そうでもないらしいな」
「そりゃ、どうも……」

 剣と銃。青と黒。鉄の巨人同士が睨み合う。
 孝也は一瞬たりともグランド・エンドからは視線を外さなかったが、対するグランド・エンドからはヴィーダーのくぐもった笑い声が聞こえてくる。ヴィーダーは余裕を見せていた。

「ど、どうしてですか!」

 その緊張感を引き裂いたのは、クレアであった。

「クレア!?」
「どうして私たちを滅ぼそうとするんですか! どうして世界を! あなたたち、一体何が目的なんですか!」

 意外だった。クレアから敵に問いかける事があるなどとは思っても見なかったからだ。
 どうしてか。確かに、それは気になる所ではあるが、孝也にしてみれば、敵の考えている事なんて、どうでもよかった。
 どうせ、こういう連中の考えている事は碌なものではないと断定しているからだ。

「クレア、こんな連中の考える事なんてどうでもいい。今は、倒すことだけを……!」

 それに、目の前の敵は油断ならない相手だ。気を抜く事はできない。
 そう、思った時。
 刹那、黒い疾風と化したグランド・エンドが一瞬にして間合いを詰め、孝也の頭部へとライフルの銃口を向けた。

「クレア!」
「うっ……!」

 クレアは半ば反射的に対応した。
 が、遅かった。

「ぐおぉぉぉ!」

 ライフルから放たれる赤黒い閃光が孝也の頭部へと直撃する。その瞬間、孝也の顔面に凄まじい激痛が走る。
 殴られたなんてものは比較にならない痛みと衝撃だった。それでも、意識を刈り取られないのは機械の体故か。
 孝也の体が大きくぐらつく。かと思えば、背中に新たな衝撃を感じる。耳をつんざくような甲高い音。それは、ドリルだ。

「んだとぉ!」
「貴様遅いのだよ」

 先ほどまで、真正面にいたグランド・エンドはライフルを放った瞬間、即座に孝也の背後へと回りこみ、両脚の爪先に装備されたドリルによる蹴りを放っていたのだ。
 無数の火花が散り、孝也が蹴り飛ばされる。

「クレア、無事か!」
「う、うぅぅぅ!」

 衝撃は当然、クレアにも伝わる。どうやらコクピットはかなり頑丈であり、衝撃吸収機能も高いようで、クレアに怪我はないようだったが、それでも完全に殺しきれる衝撃ではない。
 ましては、クレアは九歳だ。大人が耐えれても、彼女が耐えられるわけではない。

「ごめんなさい、勇者様……!」
「いや、平気だ。でも、気を引き締めろ。こいつ、つえぇ」

 何とか態勢を立て直し、対峙する。
 孝也の体が動く為にはクレアの操縦が必要となるが、それは厳密には正しくない。敵の攻撃に対応、反応するのはクレアの役目であるし、事実としてレバーを操作、武器の使用選択をするのだが、大まかな動作は孝也が行う。いわば彼はメカニックにおけるモーションデータを担当しているのだ。

「グリフォン・ブレスター!」

 態勢を立て直すと同時に、孝也は胸部からのエネルギー波を発射する。

「遅いと言っただろう」

 それすらも見切られていたのか、グランド・エンドはわずかに身を翻すだけで、それをぎりぎりの距離で避ける。
 反撃の為にライフルを向けるグランド・エンド。
 しかし、引き金を引く前に、グランド・エンドを激震が襲った。
 孝也の左拳がグランド・エンドの顔面を捉えたのだ。

「むぅっ!」
「でぇりゃあ!」

 続けざまに、孝也は膝蹴りを放つ。先ほどのお返しだった。
 グリフォン・ブレスターが避けられることなど、想定していた。いわば先ほどの攻撃はフェイクだ。孝也たちはブレスター照射と同時に切りかかったのだ。

「上手だ、クレア! タイミングばっちり!」
「はい!」

 この戦いの中、二人は初めて笑みを浮かべた。それは余裕でもなければ、侮り出もない。それでも、仕返しは成功したというちょっとした安堵感であった。
 二度の反撃を受けたグランド・エンドは全身のスラスターを展開し、後方へと下がり、間合いを取る。

「どうだ、なめんじゃねぇぜコノヤロー!」
「覚悟してください!」

 それを逃がすわけもなく、孝也とクレアは前進した。

「スラッシュ・ビーム!」

 グリフォンの両目からエメラルドの光が発射。
 威力は低いが、牽制に使える武装である。それを連射しながら、孝也は背部スラスターを全開にした。

「チッ、侮ったか……!」

 ヴィーダーは舌打ちをしながら、グランド・エンドの腕を振るわせた。放たれるビームを片腕を振るう事で、弾き返し、ライフルを向け、発射。

「ワン・ツー! クレア!」
「ワン・ツー!」

 発射されたビームの射線軸予測は、今の孝也なら可能だ。
 そして孝也の声に合わせて、クレアが反応。放たれたビームを剣で叩き落とす。
 一直線に迫った孝也は剣を振りかぶった。
 グランド・エンドはこちらを見上げたままだった。

「叩き切って……!」

 今まさに剣を振り下ろそうとした瞬間であった。
 禍々しい光が轟音と衝撃と共に街から放たれていた。

「なっ……!」

 街全体を覆う光の奔流。それは夜の闇のように黒く、それでいて全てを包み込む光そのものとなって、天へと昇って行った。
 圧倒的なエネルギーが街から放出されている。孝也にわかるのはそれだけだった。一体、なぜ、そんなことが起きたのか、全く見当もつかなかった

「よそみかい?」
「……しまった!」

 くぐもったヴィーダーの低い笑い声が聞こえた瞬間、孝也の腹部に二連装に合体したライフルの銃口が付きつけられていた。
 ためらいもなく、発射されるライフル。合体したことによる影響か、今まで以上の威力と衝撃が孝也を襲い、クレアを揺らした。

「ぐあぁぁぁ!」
「あぁぁぁ!」

 それでもなお、孝也の体は無事だった。だが、全身をのたうつ痛み、それを現すかのような紫電、リーン・ブレイバーの両目は弱々しく点滅を繰り返していた。それが、孝也の現状である。
 一方で、コクピットにいたクレアは体中を打ち付けていた。ジンジンとする痛みがあるが、それでも血は出ていない。痛いけど、我慢は出来る。
 むしろ、彼女は街が気になっていた。
 どうなってしまったのか。それが、知りたかった。

「う、うぅ……何が起きたの? うわっ!」
「ぐっ!」

 新たな衝撃が、降りかかる。
 グランド・エンドが力なく倒れた孝也の頭部を鷲掴みにし、片腕で持ち上げたのだ。そのまま頭部を握りつぶす勢いで、握りしめながら、グランド・エンドは孝也を街の方角へと向けた。

「ふ、ははは! 見ろ、これがジャべラス様にたてついたものたちの末路だ!」

 高笑いを続けるヴィーダーを声を聞きながら、孝也とクレアは見てしまった。
 光に包まれた街が、次第に色を失っていく様を。それは、石化した森と全く同じであった。

「なにぃ!」

 孝也は、この時ばかりは、己の機械の体の高性能さを恨んだ。求めてもいないのに、街の状況が次々と映り込み、送り込んでくる。それは、当然、クレアも目にするものだ。
 そして、クレアはそれを止めることができなかった。ただ茫然と、その光景を目にするかなかったのだ。

「や、やめて……」

 映り込む映像の中には、見知った友人たちがいた。
 恐怖の顔を引きつらせ、逃げようとし、石になっていくありさまだった。人々が、街が、次々と石になっていった。

「やめて!」

 知らない人も、知っている人も、花も木も、家も城も、みんな石になっていく。

「やめてぇぇぇ!」

 そして、両親も。
 それは、もう、誰にも止められなかった。
 クレアの絶叫と共に、光は収まった。
 残されたのは、灰色の石となった、故郷の無残な姿であった。
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