上 下
107 / 125

第105話 それぞれの奇襲

しおりを挟む
 何度も、しつこく言うけれど、私に軍事的なセンスはない。ある程度の予想、思いつき、聞きかじり程度の知識はあっても果たしてそれがどこまで正しいのかはわからない。
 だから陸軍や海軍のあれこれに関してはあんまり口だしもしないし、提案するとすれば戦力増強の手段ぐらいで作戦をどうこうとか、艦隊や部隊の配置をどうこうというものはしない。
 結果的にそうなるパターンはあっても、細かい調整はやはりプロフェッショナルの軍人たちに任せる。

 だけど、今回は違う。空からの攻撃なんてものはこの世界の人々にとっても初めての出来事であり、想像はできても実態はわからないのだ。
 この実態がわからないというのが思いのほか面倒で、恐怖と過信のどちらにもつながりやすい。
 本来ならそれを解消するのが訓練とかなんだけど、あいにくとそんなことをしている暇はなかった。

「状況ってどうなってるの」

 気球の準備を進め、最終調整に取り掛からせつつも、私は防衛行動を行っている味方艦隊の状況をつぶさに聞いていた。

「良いとは言えない。今は何とかなっても突破は目に見えている」

 各所に走る伝令兵たちからの報告を受け取り、それをこっちに流すのはアルバートの仕事だった。鉄鋼戦艦が修理中の今、彼らに貸し出せる船は客船ぐらいしかなく、そんなもので戦場の動き回るのは危険すぎた。
 最終的な局面になればそれらにも大砲を積んで出陣ということもあるらしいのだけど。

「本来、防衛戦とはこちらに有利なはずなのに!」

 アルバートはそうは言うけど、今回の場合はダウ・ルーにとっては奇襲を受け続けているようなものだった。いくら準備を進めていたとは言っても、その準備が追い付いていないのでは意味がない。
 もちろん、その原因が私の技術開発の売り込みにあったという側面も否定はしないけど。
 余計なひと手間をかけさせたわけだし。結果的に初戦は圧倒的不利を引き分けにまで持ち込ませたとはいえね。

「今この瞬間に嘆いていても仕方ないでしょう。艦隊が全滅するまでに気球を飛ばすわ。準備はどう!」

 最終調整も終了し、今度は大型の荷台に慌ただしく気球を積み込む作業が始まっていた。いくら簡易的な推進機関を取り付けたと言っても、不安要素は残る。風の魔石、魔法使いによる風魔法の使用。一度でもバランスを崩せば空中で自壊、墜落だって考えられるのだから。
 そんな不安を少しでも解消する方法は危険だけど、残った船の上で上昇発進させることだった。
 それはいってしまえば敵の目の前で飛ぶということ。
 だけど、航続距離も上昇速度もまともに計算できていない今、それをやるしか近道はない。今は遠回りをしている場合ではないのだから。

「こっちとしても結果を出してくれないと困るのよ。そうでなきゃ、ここで使ったお金も資材も全部パァになるんだからね!」

 何もかもが足りないだらけの中で、私たちの世界は新しいステージへと上り詰めようとしている。
 この世界において、確認できる中では初の有人飛行。およそ、空を飛ぶとは思えないような物体が空を飛ぶ。
 そんな瞬間が、刻一刻と迫っている。

「行くわよ、みんな。命を賭けてもらうことになるけど、これが成功した暁の褒美は期待して。何が何でも王家からもぎ取ってあげる! みんな、船に乗って。こうなればヤケよ、気分の問題よ! 鬱陶しい敵連中にびっくりと泡を吹かせてやるわよ!」

 号令は、瞬く間に広がった。

***

『サルバトーレの魔女・一巻』より抜粋。

 ザラターン海戦の特徴は蒸気機関を搭載した鉄鋼戦艦の出現と、当時では不可能とされていた航空攻撃の実現にある。
 サルバトーレ・ダウの連合軍はこの時、気球を量産し、上空から火薬を詰めた瓶や油を投下し、火矢や火をつけた紙や木材を次々と投下したという。
 しかし、反撃による撃墜を考慮した結果、気球は確かに皇国軍の反撃の届かない高度を飛翔していたが、それは同時に上から下への攻撃を難しいものとした。
 これらの命中精度は当然のことながら最低なもので、殆どは目標とは違う海へと落下していったというが、あり得るはずのない上空からの攻撃は皇国軍を多いに混乱させたという。

 これを解消する手段はこの当時まだなく、とにかく投げつける。それだけだった。唯一、狙いを付けられる火矢のみはある程度の戦果を挙げたというが、それでも二割にも達しない命中精度となった。
 この戦いで、活躍したのが当時は山賊の頭であると呼ばれたエルフの弓兵コルンという男であった。
 エルフの身体能力を持って、次々と火矢を敵船に命中させたという記録が残る。
 二割という命中精度はコルンのものを除いた結果であることは広く知られていることであった。

 このコルンという弓兵の出自はいまだに不明である。山賊の頭であったというのが有力な説ではあるが、果たして山賊がこのような重要な作戦に、最新鋭の兵器を与えられるかという疑問が残り、サルバトーレの魔女が秘密裡に密約を交わしたエルフではないかという説もまた有力とされている。
 
 ザラターン海戦におけるサルバトーレ空軍の損失はゼロではなかった。八機の気球のうち、三機は高度の調整を失敗し、敵の弩弓によって撃墜されたという。しかしながら、兵士たちはパラシュートと呼ばれる脱出道具を装備しており、これを使い、なんと敵船に乗り込み大暴れをしたという。
 しかしながら、帰還できた兵士はいなかったとされる。
 だが、この思いもよらぬ奇襲攻撃は、本来奇襲を仕掛けたはずの皇国軍に大打撃を与えた。防御のしようがない航空攻撃による火災は止める手立てがなく、そのような混乱の隙を付かれ、圧倒的に戦力の少ないダウ・ルー艦隊の砲撃の前に、皇国軍の艦艇は沈んでいったとされる。

 今日において、気球とは遊覧飛行や観測用のものでしかないが、この当時にしてみればまさしく最新鋭の飛行戦闘兵器であった。
 そして、航空攻撃という観点に着目した魔女イスズの慧眼は、この戦いの終わりをもって、広く知れ渡る。
 それは敵国であった皇国にも、伝わっていたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活

リョンコ
恋愛
シュタイザー侯爵家の長女『ストロベリー・ディ・シュタイザー』の人生は幼少期から波乱万丈であった。 銀髪&碧眼色の父、金髪&翠眼色の母、両親の色彩を受け継いだ、金髪&碧眼色の実兄。 そんな侯爵家に産まれた待望の長女は、ミルキーピンクの髪の毛にパープルゴールドの眼。 両親どちらにもない色彩だった為、母は不貞を疑われるのを恐れ、産まれたばかりの娘を敷地内の旧侯爵邸へ隔離し、下働きメイドの娘(ハニーブロンドヘア&ヘーゼルアイ)を実娘として育てる事にした。 一方、本当の実娘『ストロベリー』は、産まれたばかりなのに泣きもせず、暴れたりもせず、無表情で一点を見詰めたまま微動だにしなかった……。 そんな赤ん坊の胸中は(クッソババアだな。あれが実母とかやばくね?パパンは何処よ?家庭を顧みないダメ親父か?ヘイゴッド、転生先が悪魔の住処ってこれ如何に?私に恨みでもあるんですか!?)だった。 そして泣きもせず、暴れたりもせず、ずっと無表情だった『ストロベリー』の第一声は、「おぎゃー」でも「うにゃー」でもなく、「くっそはりゃへった……」だった。 その声は、空が茜色に染まってきた頃に薄暗い部屋の中で静かに木霊した……。 ※この小説は剣と魔法の世界&乙女ゲームを模した世界なので、バトル有り恋愛有りのファンタジー小説になります。 ※ギリギリR15を攻めます。 ※残酷描写有りなので苦手な方は注意して下さい。 ※主人公は気が強く喧嘩っ早いし口が悪いです。 ※色々な加護持ちだけど、平凡なチートです。 ※他転生者も登場します。 ※毎日1話ずつ更新する予定です。ゆるゆると進みます。 皆様のお気に入り登録やエールをお待ちしております。 ※なろう小説でも掲載しています☆

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

処理中です...