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第105話 それぞれの奇襲
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何度も、しつこく言うけれど、私に軍事的なセンスはない。ある程度の予想、思いつき、聞きかじり程度の知識はあっても果たしてそれがどこまで正しいのかはわからない。
だから陸軍や海軍のあれこれに関してはあんまり口だしもしないし、提案するとすれば戦力増強の手段ぐらいで作戦をどうこうとか、艦隊や部隊の配置をどうこうというものはしない。
結果的にそうなるパターンはあっても、細かい調整はやはりプロフェッショナルの軍人たちに任せる。
だけど、今回は違う。空からの攻撃なんてものはこの世界の人々にとっても初めての出来事であり、想像はできても実態はわからないのだ。
この実態がわからないというのが思いのほか面倒で、恐怖と過信のどちらにもつながりやすい。
本来ならそれを解消するのが訓練とかなんだけど、あいにくとそんなことをしている暇はなかった。
「状況ってどうなってるの」
気球の準備を進め、最終調整に取り掛からせつつも、私は防衛行動を行っている味方艦隊の状況をつぶさに聞いていた。
「良いとは言えない。今は何とかなっても突破は目に見えている」
各所に走る伝令兵たちからの報告を受け取り、それをこっちに流すのはアルバートの仕事だった。鉄鋼戦艦が修理中の今、彼らに貸し出せる船は客船ぐらいしかなく、そんなもので戦場の動き回るのは危険すぎた。
最終的な局面になればそれらにも大砲を積んで出陣ということもあるらしいのだけど。
「本来、防衛戦とはこちらに有利なはずなのに!」
アルバートはそうは言うけど、今回の場合はダウ・ルーにとっては奇襲を受け続けているようなものだった。いくら準備を進めていたとは言っても、その準備が追い付いていないのでは意味がない。
もちろん、その原因が私の技術開発の売り込みにあったという側面も否定はしないけど。
余計なひと手間をかけさせたわけだし。結果的に初戦は圧倒的不利を引き分けにまで持ち込ませたとはいえね。
「今この瞬間に嘆いていても仕方ないでしょう。艦隊が全滅するまでに気球を飛ばすわ。準備はどう!」
最終調整も終了し、今度は大型の荷台に慌ただしく気球を積み込む作業が始まっていた。いくら簡易的な推進機関を取り付けたと言っても、不安要素は残る。風の魔石、魔法使いによる風魔法の使用。一度でもバランスを崩せば空中で自壊、墜落だって考えられるのだから。
そんな不安を少しでも解消する方法は危険だけど、残った船の上で上昇発進させることだった。
それはいってしまえば敵の目の前で飛ぶということ。
だけど、航続距離も上昇速度もまともに計算できていない今、それをやるしか近道はない。今は遠回りをしている場合ではないのだから。
「こっちとしても結果を出してくれないと困るのよ。そうでなきゃ、ここで使ったお金も資材も全部パァになるんだからね!」
何もかもが足りないだらけの中で、私たちの世界は新しいステージへと上り詰めようとしている。
この世界において、確認できる中では初の有人飛行。およそ、空を飛ぶとは思えないような物体が空を飛ぶ。
そんな瞬間が、刻一刻と迫っている。
「行くわよ、みんな。命を賭けてもらうことになるけど、これが成功した暁の褒美は期待して。何が何でも王家からもぎ取ってあげる! みんな、船に乗って。こうなればヤケよ、気分の問題よ! 鬱陶しい敵連中にびっくりと泡を吹かせてやるわよ!」
号令は、瞬く間に広がった。
***
『サルバトーレの魔女・一巻』より抜粋。
ザラターン海戦の特徴は蒸気機関を搭載した鉄鋼戦艦の出現と、当時では不可能とされていた航空攻撃の実現にある。
サルバトーレ・ダウの連合軍はこの時、気球を量産し、上空から火薬を詰めた瓶や油を投下し、火矢や火をつけた紙や木材を次々と投下したという。
しかし、反撃による撃墜を考慮した結果、気球は確かに皇国軍の反撃の届かない高度を飛翔していたが、それは同時に上から下への攻撃を難しいものとした。
これらの命中精度は当然のことながら最低なもので、殆どは目標とは違う海へと落下していったというが、あり得るはずのない上空からの攻撃は皇国軍を多いに混乱させたという。
これを解消する手段はこの当時まだなく、とにかく投げつける。それだけだった。唯一、狙いを付けられる火矢のみはある程度の戦果を挙げたというが、それでも二割にも達しない命中精度となった。
この戦いで、活躍したのが当時は山賊の頭であると呼ばれたエルフの弓兵コルンという男であった。
エルフの身体能力を持って、次々と火矢を敵船に命中させたという記録が残る。
二割という命中精度はコルンのものを除いた結果であることは広く知られていることであった。
このコルンという弓兵の出自はいまだに不明である。山賊の頭であったというのが有力な説ではあるが、果たして山賊がこのような重要な作戦に、最新鋭の兵器を与えられるかという疑問が残り、サルバトーレの魔女が秘密裡に密約を交わしたエルフではないかという説もまた有力とされている。
ザラターン海戦におけるサルバトーレ空軍の損失はゼロではなかった。八機の気球のうち、三機は高度の調整を失敗し、敵の弩弓によって撃墜されたという。しかしながら、兵士たちはパラシュートと呼ばれる脱出道具を装備しており、これを使い、なんと敵船に乗り込み大暴れをしたという。
しかしながら、帰還できた兵士はいなかったとされる。
だが、この思いもよらぬ奇襲攻撃は、本来奇襲を仕掛けたはずの皇国軍に大打撃を与えた。防御のしようがない航空攻撃による火災は止める手立てがなく、そのような混乱の隙を付かれ、圧倒的に戦力の少ないダウ・ルー艦隊の砲撃の前に、皇国軍の艦艇は沈んでいったとされる。
今日において、気球とは遊覧飛行や観測用のものでしかないが、この当時にしてみればまさしく最新鋭の飛行戦闘兵器であった。
そして、航空攻撃という観点に着目した魔女イスズの慧眼は、この戦いの終わりをもって、広く知れ渡る。
それは敵国であった皇国にも、伝わっていたのであった。
だから陸軍や海軍のあれこれに関してはあんまり口だしもしないし、提案するとすれば戦力増強の手段ぐらいで作戦をどうこうとか、艦隊や部隊の配置をどうこうというものはしない。
結果的にそうなるパターンはあっても、細かい調整はやはりプロフェッショナルの軍人たちに任せる。
だけど、今回は違う。空からの攻撃なんてものはこの世界の人々にとっても初めての出来事であり、想像はできても実態はわからないのだ。
この実態がわからないというのが思いのほか面倒で、恐怖と過信のどちらにもつながりやすい。
本来ならそれを解消するのが訓練とかなんだけど、あいにくとそんなことをしている暇はなかった。
「状況ってどうなってるの」
気球の準備を進め、最終調整に取り掛からせつつも、私は防衛行動を行っている味方艦隊の状況をつぶさに聞いていた。
「良いとは言えない。今は何とかなっても突破は目に見えている」
各所に走る伝令兵たちからの報告を受け取り、それをこっちに流すのはアルバートの仕事だった。鉄鋼戦艦が修理中の今、彼らに貸し出せる船は客船ぐらいしかなく、そんなもので戦場の動き回るのは危険すぎた。
最終的な局面になればそれらにも大砲を積んで出陣ということもあるらしいのだけど。
「本来、防衛戦とはこちらに有利なはずなのに!」
アルバートはそうは言うけど、今回の場合はダウ・ルーにとっては奇襲を受け続けているようなものだった。いくら準備を進めていたとは言っても、その準備が追い付いていないのでは意味がない。
もちろん、その原因が私の技術開発の売り込みにあったという側面も否定はしないけど。
余計なひと手間をかけさせたわけだし。結果的に初戦は圧倒的不利を引き分けにまで持ち込ませたとはいえね。
「今この瞬間に嘆いていても仕方ないでしょう。艦隊が全滅するまでに気球を飛ばすわ。準備はどう!」
最終調整も終了し、今度は大型の荷台に慌ただしく気球を積み込む作業が始まっていた。いくら簡易的な推進機関を取り付けたと言っても、不安要素は残る。風の魔石、魔法使いによる風魔法の使用。一度でもバランスを崩せば空中で自壊、墜落だって考えられるのだから。
そんな不安を少しでも解消する方法は危険だけど、残った船の上で上昇発進させることだった。
それはいってしまえば敵の目の前で飛ぶということ。
だけど、航続距離も上昇速度もまともに計算できていない今、それをやるしか近道はない。今は遠回りをしている場合ではないのだから。
「こっちとしても結果を出してくれないと困るのよ。そうでなきゃ、ここで使ったお金も資材も全部パァになるんだからね!」
何もかもが足りないだらけの中で、私たちの世界は新しいステージへと上り詰めようとしている。
この世界において、確認できる中では初の有人飛行。およそ、空を飛ぶとは思えないような物体が空を飛ぶ。
そんな瞬間が、刻一刻と迫っている。
「行くわよ、みんな。命を賭けてもらうことになるけど、これが成功した暁の褒美は期待して。何が何でも王家からもぎ取ってあげる! みんな、船に乗って。こうなればヤケよ、気分の問題よ! 鬱陶しい敵連中にびっくりと泡を吹かせてやるわよ!」
号令は、瞬く間に広がった。
***
『サルバトーレの魔女・一巻』より抜粋。
ザラターン海戦の特徴は蒸気機関を搭載した鉄鋼戦艦の出現と、当時では不可能とされていた航空攻撃の実現にある。
サルバトーレ・ダウの連合軍はこの時、気球を量産し、上空から火薬を詰めた瓶や油を投下し、火矢や火をつけた紙や木材を次々と投下したという。
しかし、反撃による撃墜を考慮した結果、気球は確かに皇国軍の反撃の届かない高度を飛翔していたが、それは同時に上から下への攻撃を難しいものとした。
これらの命中精度は当然のことながら最低なもので、殆どは目標とは違う海へと落下していったというが、あり得るはずのない上空からの攻撃は皇国軍を多いに混乱させたという。
これを解消する手段はこの当時まだなく、とにかく投げつける。それだけだった。唯一、狙いを付けられる火矢のみはある程度の戦果を挙げたというが、それでも二割にも達しない命中精度となった。
この戦いで、活躍したのが当時は山賊の頭であると呼ばれたエルフの弓兵コルンという男であった。
エルフの身体能力を持って、次々と火矢を敵船に命中させたという記録が残る。
二割という命中精度はコルンのものを除いた結果であることは広く知られていることであった。
このコルンという弓兵の出自はいまだに不明である。山賊の頭であったというのが有力な説ではあるが、果たして山賊がこのような重要な作戦に、最新鋭の兵器を与えられるかという疑問が残り、サルバトーレの魔女が秘密裡に密約を交わしたエルフではないかという説もまた有力とされている。
ザラターン海戦におけるサルバトーレ空軍の損失はゼロではなかった。八機の気球のうち、三機は高度の調整を失敗し、敵の弩弓によって撃墜されたという。しかしながら、兵士たちはパラシュートと呼ばれる脱出道具を装備しており、これを使い、なんと敵船に乗り込み大暴れをしたという。
しかしながら、帰還できた兵士はいなかったとされる。
だが、この思いもよらぬ奇襲攻撃は、本来奇襲を仕掛けたはずの皇国軍に大打撃を与えた。防御のしようがない航空攻撃による火災は止める手立てがなく、そのような混乱の隙を付かれ、圧倒的に戦力の少ないダウ・ルー艦隊の砲撃の前に、皇国軍の艦艇は沈んでいったとされる。
今日において、気球とは遊覧飛行や観測用のものでしかないが、この当時にしてみればまさしく最新鋭の飛行戦闘兵器であった。
そして、航空攻撃という観点に着目した魔女イスズの慧眼は、この戦いの終わりをもって、広く知れ渡る。
それは敵国であった皇国にも、伝わっていたのであった。
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