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第69話 秘密の亡命者

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 その後、騒ぎを聞きつけて駆け付けた従業員たちの手で、二人はひとまず工場へと運ぶ。仮眠室も設けてあって、今のところ、清潔な場所と言えばそこぐらいだったからだ。しばらくすると、医者や治癒魔法の使える魔法使いたちがやってきて、気を失った女性の治療が始まった。
 
「なんてもんが迷い込んだんだ」

 女性が治療を受ける間、私はラウと呼ばれた女の子を連れて社長室へ。そしてそこには話を聞きつけたアベルとゴドワンがやってきた。
 私が状況を説明すると、二人は顔を見合わせてから、なんとも難しい顔を作る。

「ラウ・バンガ・ハイカルン……あぁ、確かに聞き覚えがある。ハイカルン王家の末の子だったか。しかし、なぁ……本当かね?」

 ゴドワンは顎をさすりながら、ラウを見つめる。
 当のラウは体を縮こませて、うつむき加減。怖がっているというよりはふさぎ込んでいる状態だ。灰色の髪の色と日焼けをしていない白い肌のせいか、少し病的に見えてしまう。

「どうかしたのですか?」
「あぁ、いや……確かに、ハイカルン王家にも女はいる。しかし……わしの記憶が正しければ、ラウ・バンガ・ハイカルンは……王子だったはずだが?」
「はい?」

 ゴドワンの一言に私は目を丸くした。
 王子? いや、でも、この子、どう見ても女の子なんだけど……

「ちょ、ちょっと待てよオヤジ。この子、女だろ?」

 アベルもそう見えている。うん、見間違えじゃないはず。
 だって、この子、どうみても女の子で……なんて、思っていると、ラウに動きがあった。自分の髪の毛を掴み、ゆっくりと引っ張る。すると、ずるずると、長い髪の毛が……いえ、かつらがずり落ちていく。
 かつらの下に隠されていたのは同じく灰色の髪の毛だったが、さきほどよりは短い。そして、ラウが顔を上げると、赤い瞳は淡い金色に光って見えた。
 中性的な顔立ちと、今なお女の子ものの服装なせいで、まだ少女に見えるラウだけど、男であると指摘されればなるほどそう見える顔立ちだった。

「へ、変装。しかも、目の色まで変えて」

 かつらは良いとしても、目の色を変えるなんて。
 魔法でそれができるのだろうか。しかし、なんでまたこんな手の込んだ変装を……性別を偽るのも相当だけどさ。

「ねぇ、あなた……」
「わ、私は……ラウ・バンガ・ハイカルン」

 ラウは震える声で、まるで絞り出すように初めて言葉を発した。

「ハイカルン王家の末子……は、ハイカルン王家の……最後の、生き残りである」

 その発言に私たちはどう返答していいのかがわからなかった。
 ラウもそれを言い終えると、落ち着かない様子で、そわそわとしている。寒いのか、肩が震えて、目の焦点もあっていなかった。

「お、落ち着いて、ね?」

 私がラウの肩をなでるように支えると、彼はびくりと体を震わせて、こちらを見る。目には大粒の涙が浮かんでいた。それと、恐怖。ただ、その恐怖はどうにも私たちに向けられたものじゃないと感じた。
 それに、よく見ると、彼の体には小さな傷もあるし、肌荒れもひどい。王家の人間で、ここまでみすぼらしい姿になるだろうか。
 体も細く、まともな食事もとれていないように見える。

「王子、ラウ王子。この場で、このような質問をすることをお許しいただきたい。私どもの調べでは、確かに……ハイカルンの王家はみな……軍のクーデターによって処刑されたと聞きました。それも、開戦する前に……」

 ゴドワンもばつの悪そうな顔をして、それでも確かめるべきことを問いただした。その質問はラウにとっては触れたくない問題だったようで、また体が震える。
 私は「何も、今聞かなくても!」と抗議した。ラウは明らかにまともな精神状態じゃない。ついさっきまで放心していたのに、今では感情が爆発しそうなのだ。

「父上も、母上も……兄上も、姉上たちも……み、みんな、ころ、殺され……私はネリーに連れ出されて、姉上たちの髪で作ったかつらで……あ、あぁぁぁぁ!」

 ラウが頭を抱えて、叫びだす。

「大丈夫! 大丈夫だから! ここは安全よ、あなたを傷つけるものはいないわ! 戦争は終わったのよ!」

 放っておけば自傷行為をしかねない勢いで暴れていた。
 なので、私は彼を拘束する意味合いも含めて、強く抱きしめる。じたばたとラウが暴れて、時々、拳や爪が当たって痛いけど、我慢する。

「王子、ご無礼を! アベル、手伝え!」
「あ、あぁ!」

 さすがにこの状況がまずいと思ったのかゴドワンとアベルは飛び出すようにして、ラウの下に駆けつけると、何か呪文を詠唱して、魔法を発動させる。
 しかし、バチッと静電気が走ったような音がして、二人は後ずさりした。

「む、う? レジストされた。癒しの魔法だぞ……!」

 ゴドワンが掌をさすりながら、驚いている。
 どうやら魔法でラウの気分を落ち着かせようとしたらしいのだが、それは何かによって弾かれてしまったようだった。よく見ると、ラウの首元にはネックレスのようなものがかけられているのがわかる。

「ゴドワン様、落ち着くまで私が対応します。それより……」

 ハイカルンの王子。そして皆殺しにされたという王家の生き残り。
 これは、この子には失礼な話だけど、かなり危ない拾いモノだわ。それこそ特大級の地雷。
 下手に取り扱えば、マッケンジー領が吹き飛ぶほどの、厄ネタだった。

「本国に、伝えるにしても、これは、慎重にいかねば……」

 いつもは冷静なゴドワンも即断できないレベルのことが起きている。
 私は思わずアベルに助けを求めるような視線を送ったが、彼も動揺していた。

「だけど、オヤジ。ハイカルンの王家の生き残りがいるってのは良いとしても、まだ子供だぜ? 責任とかそういうの、取れねぇだろ? まず、ハイカルンの財政はからっぽだったと聞くしよぉ……それに、色々と、厄介だろ、国民感情とかさ」

 ハイカルンの王家は軍部の暴走を止められず、滅ぼされた。しかし、それをハイカルンの国民、そして国を滅ぼされたアタテュルクの人々、そしてサルバトーレの国民が理解をしても、納得は厳しいかもしれない。
 それに、今の、ラウの様子じゃ、何をさせるにしても落ち着かせるしかない。色々と聞きたいことがあるのも事実だし。
 なぜわざわざ私たちの方に逃げてきたのかも……でも、それよりも、今はこの震える小さな子供を、落ち着かせてあげたい。
 私の腕の中で、震えるこの少年は……まだ幼いのだから。
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