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第31話 鉄の館の女主人

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 さて、私たちの動きは良くも悪くも想定内といった所。ゴドワンへの提案に関してはまだ返答が来ないけど、私たちは大口の取引相手である王国騎士団とのパスを手に入れた。
 鋼という素材は軍事的にも貴重で、喉から手が出るほどの代物。それを優先的に回してくれる相手がいるならそりゃ率先して動きたくなる。

 さらにこちらに都合がいいのは、王国騎士団は一つの組織であり、なおかつ顧客としても信頼ができる王家直属の軍隊である。
 各領地の兵士もこの王国騎士団からの派遣という形なのだ。
 いくつもの軍隊、軍事組織が存在しているのではなく統括する組織が一本というのが大きい。
 我がいすず鉄工はこの大本の組織である王国騎士団上層部との取引を行っていることになる。

 これはかなりのブランドになる。マッケンジー領内の工場で生産される鉄は国内の各地域に分配される形となるのである意味では手広い商売だ。
 しかしお得意先が王家直属で、つまりは御用達といった立場を得られるのは大きなアドバンテージに繋がる。
 鉄と鋼を比べたらそりゃ鋼が欲しいもの。
 鉄の剣と鋼の剣。切りあえばどっちが勝つかなんて、一目瞭然だしね。

「しかし、そんな事して、他の工場長どもが怒らないのか?」

 ゴドワンの屋敷の帰り道。馬車の中でアベルはつぶやくように言った。

「自分たちは出し抜かれたって思うだろ?」
「でしょうね。だけど、結果的に自分たちも儲かるし、領地は豊かになる。鉄の需要は決してなくならないしトータルで見ればあっちの方が売れるのよ? それに比べたら私たちはお得意様がたった一つ。確かに王家直属の騎士団はブランドとしては魅力だけど、しょせんは一つなのよ」
「まぁ、そりゃそうだが、貴族社会が土台にあるうちの国じゃそのブランドってのが何よりも名誉だ。邪魔をしてくる、ってのは流石にないだろうがよ」
「儲けをふいにするような人たちに経営者が務まるものですか。それに、その辺りはゴドワンさんに任せるわ。それに、そんなに御用達の名誉が欲しければいつでも与えれるわよ」
「……それが、お前がこの領内の製鉄業のトップに居座るという事か?」

 アベルの言葉に私はうなずく。
 現状で、逸脱しているのはどう見ても私たちなのだ。各工場は各々に工場長がいるけど、実態はゴドワンの部下。株式会社マッケンジーが所有する工場と従業員でしかない。
 だけど私たちいすず鉄工はそこから少し離れた立場にいる。前までは下請けだったけど、今では別の取引先といった感じだろうか。
 株式会社マッケンジーの傘下じゃないわけだ。もし、鋼の生産に取り掛からず、鉄だけを作っていれば私たちもその下部会社に成り下がるわけだけど、工場の規模を考えると私たちの部門はお金が少ない。
 それじゃちょっと面白くないじゃない?

「そりゃ昔からゴドワンさんに仕えてる人たちからすれば面白くないでしょうね。だけどこっちだって引き下がれないのは事実。私は便利な辞書になるつもりはないの。私の知識を使って儲けるのなら、その取り分は私にある。当然じゃないかしら?」

 私は、私を売り込むために知識を使ってきた。それは良い。
 だけどその知識をただ同然で使われるのは癪だ。そりゃあ元は私の知識じゃない。偉大なる先達がいたおかげだ。
 だからと言ってここまで仕上げてきた結果をどうぞと渡すつもりだってない。

「偉そうなことを言わせて貰えば、私がいたからこの領地は他と違って安定した鉄の供給できるのだし、むしろ工場長たちは私に感謝するべきよ」
「ハッ、言うねぇお前さん」
「だってそうでしょう?」
「違いないな。こっちがこれだけ骨を折ってやったのに、肩を並べて一緒にお仕事しましょうは違うわな。なんにせよ商売は競い合いだ。早いもの勝ちなのは当然。裏だってかく。だが、人間の感情はそう簡単には割り切れねぇ。そこは大丈夫なのか?」
「それを乗り越えなきゃ、先には進めないわよ。いつだってそうよ、国を追い出されたあの日から、私は常に綱渡りだもの」

 でも、不思議だわ。
 そんな状況を、楽しんでいる自分がいる。
 私、意外とこういう事が好きだったんだ。自分の得意な知識や経験を生かして、こうして立ち回れている。それができる立場にいる。
 ただ研究室でこもってるよりも断然楽しい。フィールドワーク以上の楽しみがある。

「立ちふさがるなら受けて立つわよ。私は簡単に砕けるほど安い女じゃいないつもりだから。でも、そうねぇ……もう一押し必要なのは間違いないわね……ふーむ」

 何を言っても私は没落令嬢。ついでに反逆罪をなすりつけられた身分。
 というかもう死んだ扱い。
 冷静に考えるとこれはこれで動き辛い。
 いすず鉄工の女社長なんて言ってるけど、これはこの領内だけの話。
 やはり、身分がいるわね。

「……お屋敷に戻りましょう。かなり強引な手だけど、これしかないわ」
「おい、何を思いついた。俺は猛烈に嫌な予感がしてるんだが」
「どうせ、とことん落ちた身分よ。何を言われようとも構わないって何度も言ってるじゃない。それに、私、世間的には愛人なのでしょ?」
「そりゃそうだが……まさか」

 どうやらアベルは私の考えに気が付いたようだ。
 呆れたような悲しいような、そんな表情を向けてくる。

「安心して、これも目的の為よ。それに、貴族社会ならこの程度の事は普通でしょ? 蝶よ花よなきらびやかな社交界なんてまやかし。貴族の女の務めは、ね?」
「お前は、それでいいのか?」
「最後に笑ったものが勝ちなのよ。それに、反逆者マヘリア以上の悪名なんて、ないもの」

 私は馬車をゴドワンの屋敷に戻しながら、計画を練る。
 もうギャンブルなんてしないと言ったけど、あれは嘘ね。一世一代の大勝負、ここで賭けさせてもらうわ。

***

 さらに一週間が経つ頃。
 マッケンジー領内はちょっとした騒ぎになっていた。
 というのも、領主ゴドワンが若い娘と再婚したという話題で持ちきりだった。先妻を亡くして、はや十数年。一人息子はどこかへ消えて(戻ってきてるけど)、それでも独身を貫き、そろそろ親戚筋から養子をとるかどうかという瀬戸際の中での再婚。

 ついに正統なお世継ぎを求めたかと領民は関心に沸いている。
 世間的に見ればゴドワンは硬派な領主なのだろう。しかもここ最近は製鉄を安定させ、領地を潤わせてきた。
 明主という言葉がぴったりと当てはまるものだ。
 そんな明主がついに再婚。
 ではそのお相手は誰なのか。

「随分と、無茶を考え付くものだな、いすず」

 形ばかりの婚姻を終えたゴドワンはため息交じりに呟く。

「やれやれ、これから反発を抑えるのに苦労する……でっち上げの恋物語を流す必要もな」
「ご迷惑をおかけしますわ、あなた様」
「よせ、背筋が凍る」

 ゴドワンの再婚相手。
 それは、私自身だ。愛人と噂されていた私。ならばこそ、それを徹底的に利用する。
 だけど、そのままでは反発は大きい。工場長たちはさておき、領民からの反感を買うのは痛いものがある。領民の支持率は大きいから。
 なので、私は自分でも頭が痛くなるようなシンデレラストーリーをでっち上げた。
 今は亡きゴドワンの部下。とるに足らない配下の一人であったが、ゴドワンの受けた恩を返すべく、その娘が知恵を絞り、彼の領地を助けたとかそんな感じ。
 その後もゴドワンに助言を与え、支え続けたとかまぁこの辺りは適当に流せば尾びれ背びれが付いていくものだ。
 民衆の噂好きはこういう時に便利。勝手にロマンチックなストーリーを作り上げる。私たちはその種を放り込むだけ。

 まぁ内容はどうだっていい。
 重要なのは私がゴドワンの妻という立場を手に入れたという事。これが政略結婚なのは誰が見ても明らかだけど、それに至るまでのストーリーがドラマチックならものの見方は変わる。
 形ばかりの結婚なのはゴドワンも承知の事だ。
 そして。

「私が妻になったことで、いすず鉄工は正真正銘、領主のもの。これで全ての鋼の生産ラインを他工場にわけても利益がバラバラになることはない」

 いすず鉄工はそのまま領主お抱えになり、他の工場も同様。
 でも他の工場からすれば自分たちの立場は一切変わらないし、痛手もない。むしろ製鋼のノウハウを得られるし、利益も上がる。
 上手い汁を吸えるのはいすず鉄工組だ。彼らはこの瞬間、他の工場と同格の扱いを受けれる。いや、領主の妻の会社ともなればもっと上か。
 どっちにせよ、冷遇を受けることはない。なにより鋼の作り方をみっちりと叩きこんだし、これからは他工場への講師としても動いてもらう。
 一番喜ぶべきはコスタかもしれないわね。落ち目の商人が今じゃ領主の経営顧問に近い立場だもの。

「ったく……なんでそう、自分を安く売れるのかねぇ?」

 同じく部屋にいたアベルが少し面白くなさそうだ。
 彼はこの計画に反対していたし。

「でも、こうした方が近道だったわ」
「理解はしている。理解は」
「心配してくれるのは嬉しいわ。でも、ゴドワン様が私に手を出さない事ぐらい、あなたもわかってるでしょ?」
「……ふん。とんだ悪女だな、お前」
「誉め言葉として受け取るわ。でも、この秘密を知る以上、あなたも共犯者なのよ、アベル。私たちだけがこのことを知っているのだから」
「アベル……お前が拾った女は、ただの悪女ではないぞ……国を揺るがす毒婦にもなりかねん」

 ゴドワンはまたもため息交じりだった。

「俺も少しビビってるよ、親父」
「そう怖がらなくてもよろしいじゃありませんか。さぁ、これからの事を考えましょう。戦争、起きるかもしれないのでしょう? 鋼はもっとたくさん、必要になりますわ」

 国がつぶれたら、どうしようもないから、生き残って強くなってもらわないと、ね?
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