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15話 鋼の契約
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「そう遠くないうちに、我が国の森林資源は枯渇します」
まずはこの結論を先に説明する。
だって、事実だから。
「森が消えるか。我が領地内であればさておき、この広大な大陸の森がか? 小娘、それは正気で言っているのか?」
視線はさておき、ゴドワンの声はまるでこっちを試しているような言い方だった。
これは、かなりこっちの話に興味を持ってきている証拠だ。
私は、小さく深呼吸して、大きく頷いた。
「正気です。個人ではなく、国を賄うのですから、その消費量はけた違いなのは間違いないでしょう」
プレゼンだ、プレゼン。その時のことを思い出せ。
大丈夫、アベルにだってできたんだから。
「我がサルバトーレ王国は建国以来、最高潮の発展を遂げています。ですが国が大きくなれば、土地と住む家と、それを守る軍備がどうしても必要になり、そこで活用されるのは木材と鉄です」
「子供でもわかる理屈だな?」
「そうです。問題はシンプルです。だから恐ろしい。木材はただ建物や乗り物を作るだけじゃなく、鉄を精製するための木炭にも利用されます。いえ、単純に暖を取るのにも使ったり、その他の活用もあるでしょう。なんにせよ、湯水のように大量消費を続けていけば、消えます。断言しますわ」
製鉄が盛んになれば、それに応じて山が消える。木を伐採するだけじゃなくてそこに埋まってる鉱物資源も取り出すわけだし。
そしてそうなると、木は育たなくなる。まさに環境破壊、ここに極まれりって奴だわ。
でも、今はそれをこまごまと気にしている場合じゃない。
なにより、私の命に係わる。
「木材は最悪、輸入に頼る事になるでしょう。自分たちから手に入らないのなら、よそから。まぁ、それは良い事です。当然でしょう。ですが、そんなのは問題の先延ばしにすぎません。私たちは、新しいエネルギーに注目しなければいけない時期が来たのです」
私はここで、首にかけたひもを外して、それに吊るされた鉄の塊を見せた。
それはアベルが投げてよこした、私の命のチップだ。
「鉄?」
「はい。木炭を使わずに、作った、鉄です。原料は石炭ですわ」
「ふむ?」
ゴドワンは真向から否定することはなかった。むしろ話を続けろと言った感じで腕を組み、こちらを値踏みするように眺めてくる。
「石炭でも、鉄は作れる。それは、ご存じですね?」
「むろんだ。しかし、質が悪い。木炭と違い、石炭で作るとなぜか鉄がもろくなる」
「その理由も、おわかりですか?」
「……石炭に含まれる不純物か?」
「その通りです」
ゴドワンはどうやら石炭が製鉄に向いていない理由を知っているようだ。
錬金術師というぐらいだし、ある意味、私たちでいう科学者のような知識が彼にはあるのかもしれない。
アベルも最初の時点では理解こそしていなかったけど、石炭がなぜ駄目なのかを説明すれば、すぐに理解していた。
「つまり、お前は石炭から不純物を取り除けば、木炭の代わりになると、言いたいわけか」
「その通りです、伯爵」
「自信があるようだが、どうやって行うつもりだ? 錬金術であれば石炭より不純物を取り除くことはたやすいが?」
「でしょうけど、やる人、いますか? いえ、木炭でことが足りていると思っている多くの貴族、魔法使いが、今すぐにそれに手を出すと、思いますか?」
できるなら、今頃私がこんなことをしているわけがない。
そもそも、このことを理解している人がこの世界にどれだけいることやら。なまじ、魔法という便利なものに頼り切って、なおかつ広大な森林資源を持つがゆえに、考えが愚鈍になってしまっているのではないだろうか。
まだ、余裕がある。まだ、間に合う。まだ、大丈夫。人間、楽を覚えてしまうとこんなものだ。
ある意味、栄華を極めるという意味では正しいのかもしれないけど。
「炭鉱夫は最底辺の墓場……なぜなら、危険な仕事を行い、泥と煤にまみれて、体を壊す。例え、そこで取れる宝石がどれだけきらびやかでも、炭鉱夫にまともなお金は入らない」
貴族が身に付けるものは、元をただせば最悪の職業から生れ出たものだ。貴金属はもちろん、高級なドレスもマントも、家畜を殺し、皮をなめし、染料を作る人々がいて初めて生まれる。
だがそれらはどれも、中世という時代においては最底辺と呼ばれた仕事。
だからこそ、気にも留めない。
だからこそ、ねらい目なのだ。
「説明いたしますわ、ゴドワン伯爵。石炭製鉄を……ですが、私、もう一つ、提案がありますの」
これはアベルにも相談していない事だ。
「鋼は、ご所望ですか?」
「鋼、だと?」
鉄よりも強靭な鉄、それが鋼だ。
まず、鉄と一口に言っても実は結構種類がある。
その中で錬鉄と銑鉄というものが存在する。鉄というものは含まれる炭素の分量で性質が大きく変わるのだ。
錬鉄は炭素濃度が少なく、比較的柔らかい(といっても金属だからぐにゃぐにゃじゃない)金属で、加工が容易なもの。私たちの世界だとエッフェル塔が実は錬鉄なのよねぇ。
そして銑鉄。こっちは炭素濃度が多く、硬いのだけど、割れやすい。こっちは鋳物として置物とかに使われることも多いわね。一時期は大砲の玉になったりとかもしたとか。
そして鋼とは錬鉄と銑鉄の中間に位置する、軟か過ぎず、固すぎず、適度な粘り気を持った金属の事だ。固いだけの鉄は割れやすい、やらかい鉄は変形しやすい。ならその両方を併せ持つ金属をとなったのが鋼だ。
「えぇ。私は、将来的には鋼の量産も考えています。ですが、今すぐでは不可能です。伯爵のご協力があれば、そうですね……約二十トン前後の算出をお約束します」
まずはこの結論を先に説明する。
だって、事実だから。
「森が消えるか。我が領地内であればさておき、この広大な大陸の森がか? 小娘、それは正気で言っているのか?」
視線はさておき、ゴドワンの声はまるでこっちを試しているような言い方だった。
これは、かなりこっちの話に興味を持ってきている証拠だ。
私は、小さく深呼吸して、大きく頷いた。
「正気です。個人ではなく、国を賄うのですから、その消費量はけた違いなのは間違いないでしょう」
プレゼンだ、プレゼン。その時のことを思い出せ。
大丈夫、アベルにだってできたんだから。
「我がサルバトーレ王国は建国以来、最高潮の発展を遂げています。ですが国が大きくなれば、土地と住む家と、それを守る軍備がどうしても必要になり、そこで活用されるのは木材と鉄です」
「子供でもわかる理屈だな?」
「そうです。問題はシンプルです。だから恐ろしい。木材はただ建物や乗り物を作るだけじゃなく、鉄を精製するための木炭にも利用されます。いえ、単純に暖を取るのにも使ったり、その他の活用もあるでしょう。なんにせよ、湯水のように大量消費を続けていけば、消えます。断言しますわ」
製鉄が盛んになれば、それに応じて山が消える。木を伐採するだけじゃなくてそこに埋まってる鉱物資源も取り出すわけだし。
そしてそうなると、木は育たなくなる。まさに環境破壊、ここに極まれりって奴だわ。
でも、今はそれをこまごまと気にしている場合じゃない。
なにより、私の命に係わる。
「木材は最悪、輸入に頼る事になるでしょう。自分たちから手に入らないのなら、よそから。まぁ、それは良い事です。当然でしょう。ですが、そんなのは問題の先延ばしにすぎません。私たちは、新しいエネルギーに注目しなければいけない時期が来たのです」
私はここで、首にかけたひもを外して、それに吊るされた鉄の塊を見せた。
それはアベルが投げてよこした、私の命のチップだ。
「鉄?」
「はい。木炭を使わずに、作った、鉄です。原料は石炭ですわ」
「ふむ?」
ゴドワンは真向から否定することはなかった。むしろ話を続けろと言った感じで腕を組み、こちらを値踏みするように眺めてくる。
「石炭でも、鉄は作れる。それは、ご存じですね?」
「むろんだ。しかし、質が悪い。木炭と違い、石炭で作るとなぜか鉄がもろくなる」
「その理由も、おわかりですか?」
「……石炭に含まれる不純物か?」
「その通りです」
ゴドワンはどうやら石炭が製鉄に向いていない理由を知っているようだ。
錬金術師というぐらいだし、ある意味、私たちでいう科学者のような知識が彼にはあるのかもしれない。
アベルも最初の時点では理解こそしていなかったけど、石炭がなぜ駄目なのかを説明すれば、すぐに理解していた。
「つまり、お前は石炭から不純物を取り除けば、木炭の代わりになると、言いたいわけか」
「その通りです、伯爵」
「自信があるようだが、どうやって行うつもりだ? 錬金術であれば石炭より不純物を取り除くことはたやすいが?」
「でしょうけど、やる人、いますか? いえ、木炭でことが足りていると思っている多くの貴族、魔法使いが、今すぐにそれに手を出すと、思いますか?」
できるなら、今頃私がこんなことをしているわけがない。
そもそも、このことを理解している人がこの世界にどれだけいることやら。なまじ、魔法という便利なものに頼り切って、なおかつ広大な森林資源を持つがゆえに、考えが愚鈍になってしまっているのではないだろうか。
まだ、余裕がある。まだ、間に合う。まだ、大丈夫。人間、楽を覚えてしまうとこんなものだ。
ある意味、栄華を極めるという意味では正しいのかもしれないけど。
「炭鉱夫は最底辺の墓場……なぜなら、危険な仕事を行い、泥と煤にまみれて、体を壊す。例え、そこで取れる宝石がどれだけきらびやかでも、炭鉱夫にまともなお金は入らない」
貴族が身に付けるものは、元をただせば最悪の職業から生れ出たものだ。貴金属はもちろん、高級なドレスもマントも、家畜を殺し、皮をなめし、染料を作る人々がいて初めて生まれる。
だがそれらはどれも、中世という時代においては最底辺と呼ばれた仕事。
だからこそ、気にも留めない。
だからこそ、ねらい目なのだ。
「説明いたしますわ、ゴドワン伯爵。石炭製鉄を……ですが、私、もう一つ、提案がありますの」
これはアベルにも相談していない事だ。
「鋼は、ご所望ですか?」
「鋼、だと?」
鉄よりも強靭な鉄、それが鋼だ。
まず、鉄と一口に言っても実は結構種類がある。
その中で錬鉄と銑鉄というものが存在する。鉄というものは含まれる炭素の分量で性質が大きく変わるのだ。
錬鉄は炭素濃度が少なく、比較的柔らかい(といっても金属だからぐにゃぐにゃじゃない)金属で、加工が容易なもの。私たちの世界だとエッフェル塔が実は錬鉄なのよねぇ。
そして銑鉄。こっちは炭素濃度が多く、硬いのだけど、割れやすい。こっちは鋳物として置物とかに使われることも多いわね。一時期は大砲の玉になったりとかもしたとか。
そして鋼とは錬鉄と銑鉄の中間に位置する、軟か過ぎず、固すぎず、適度な粘り気を持った金属の事だ。固いだけの鉄は割れやすい、やらかい鉄は変形しやすい。ならその両方を併せ持つ金属をとなったのが鋼だ。
「えぇ。私は、将来的には鋼の量産も考えています。ですが、今すぐでは不可能です。伯爵のご協力があれば、そうですね……約二十トン前後の算出をお約束します」
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