上 下
6 / 125

5話 憧れの金髪よさらば

しおりを挟む
「……確かに、その女はマヘリア・ダンスタンド・キリオネーレだな」

 炭鉱詰め所の外に連れ出された私は、武装した騎士団の前に立たされていた。
 騎士団は驚く事に二十名、武装もそれなりのものがあり、ピカピカに磨かれていた。それぞれの盾や鎧には猟犬の紋章が刻まれている。
 それを見て、私の中のマヘリアの記憶が囁く。彼らは正真正銘、王国の騎士団であり、周辺の治安維持を担当する衛兵としても名高い部隊だと。

「どうやら、我らの班がアタリを引いたようだな。おい、連れていくぞ」
「ハァーッ!」

 騎士長と思われる口ひげの騎士が顎で私をしゃくるようにして指し示すと、部下の騎士たちがざっざっと私に寄ってくる。
 問答無用ってわけね。

「無礼な、触れないで!」

 騎士の一人が無造作に私の腕を掴もうとした時、私は自分でもびっくりするぐらいにカッとなって、その騎士の手を払った。

「貴様……!」
「うっ!」

 手を払われた騎士は、その一瞬、拳を振り上げた。
 嘘でしょと思ったけど、こうも簡単に手をあげるなんて!
 私は身を縮めたのだが、拳が飛んでくる事はなかった。

「よせよ、女、しかも子供だぜ?」

 アベルの声だった。
 恐るおそる、目を開けると、騎士の振り上げた拳をアベルが軽々と受け止めていたのだ。

「栄光の王国騎士様は女子供を平気で殴っても許されるってわけじゃないだろ? 治安維持を担うとすればあんたらのボスはゲヒルトだ。卑怯を嫌うと言われる騎士団長様の顔に泥を塗るかい?」

 アベルの言葉には明らかな挑発があった。
 騎士団長とやらの名前は、聞いたこともないが、騎士の顔色が変わったところを見ると、アベルの言葉は出まかせではないようだ。

「アベル……」
「貴様、騎士に向かって!」

 挑発に乗った騎士は自由な左腕で剣を抜こうとする。

「旦那ぁ!」

 それを見て、炭鉱夫たちが声を荒げ始める。

「おいおい、剣を抜いたら、戦争になるだろ」

 だがアベルは冷静に対処した。一瞬で騎士の左腕を叩く。
 騎士はそのまま剣を落としてうずくまったのだった。
 対応して騎士たちもざわつき始めた。
 一触即発の空気が流れる。

「よせ」

 それを、騎士長がひどく面倒くさそうに制止する。
 ガチャガチャとわざとらしく盾で鎧を叩きながら、騎士長は馬を進ませて、私たちの間近にまでやってくる。

「レディ、わがままを言わないでもらいたい。我々も仕事なのだ。それに、下賤な炭鉱夫の巣穴に女がいては、わかるであろう?」
「彼らは紳士的よ。少なくとも、今のあなたたちより。それに仕事? 貴族の身分を剥奪された小娘を追いかける楽しいお仕事があるのですか?」

 意外と、自分も騎士たちの対応にイラっとしていたのかもしれない。
 思わず口に出した言葉は自分でも驚くほどに嫌味ったらしかった。

「その通りだ。愉快な仕事だよ。たった一晩で婚約を解消されたご令嬢、しかも家が不正まみれ。国家反逆罪で即刻処刑といきたいところだが、王子の命令とあらば致し方ないさ」
「王子……ガーフィールド王子?」

 はて、奇妙ね。
 私が覚えている限り、ガーフィールド王子がマヘリアを捜索するなんて話はなかったはずだけど。というか登場人物の中でマヘリアを気にしてたのはグレースだけのはず。
 と言っても二章しかやってないから知らない。実はその後のストーリーでマヘリアを助けるとかそういう展開でもあったのかしら。
 いや、でもおかしいわね。マヘリアは破滅したと明確に描写されたはず。変態な貴族に売り飛ばされて、その後の末路は想像したくないけど。

「国外追放をしておいて、わざわざ探すだなんて……お許しになるのかしら?」
「それは知らん。だが、友人の娘を助けたいと物好きな男がお前を引き取ると名乗りでた。王子がそれを認め、晴れて我々に捜索命令が出されたというわけだ」
「友人?」

 マヘリアとしての記憶を探る。父親の友人と言っても、数が多すぎる。
 しかもこの記憶が確かなら、あの父親に明確に友人と呼べるような連中がいたかどうか。みんな金だけの付き合いだったようだし。

「ドウレブ・フォン・ブランフルークという男さ」

 それを言う騎士長の顔はどことなくニタニタとしていた。
 同時に、私はその男に聞き覚えがあった。
 記憶が正しければ間違いない。このドウレブという男こそ、マヘリアが売り渡された変態貴族の名前だ。
 友人だったのね……。

「引き取って、私はどうなるというの?」
「それは我らの関与するところではない」

 ニタニタ顔は崩れない。
 この男、どうなるかわかったうえで言ってるわね。

「そう……お断りよ」

 私は言い放った。
 騎士長はわずかに右の眉毛を吊り上げる。
 もしも、これが私ではなく、マヘリアそのものであったなら、彼女は恐らく騎士たちの言う通りに動いていたかもしれない。彼女は世間知らずのお嬢様だ。まさかその父の友人が変態だとは思わないだろうし、全てを失い、心細く、不安に押しつぶされそうになった状況では藁にもすがりたい気分だろう。
 だけど、あいにくと私は、三十路だった。うまい話に、はいそうですかと簡単には首を縦には振らない。
 ついでに運よくドウレブがどういう男かも知っている。

「不透明すぎる。理由がわからない。今の私はホームレスも同然、価値なんて女というだけしかない。いえそれ以上に国家反逆罪を受けた家の娘。道楽でも引き取る必要性もない」

 とにかく、私は拒否だ。
 ゲームの知識がなくとも、こんな胡散臭い話、乗れたものじゃない。
 私はそこまでお嬢様頭じゃないわ。

「そのような自由がレディにあると思うのかね。不正の大臣の娘が」

 その時の騎士長は明らかな侮蔑の声で言い放ってきた。

「だが、レディはまだ若い。若い女を欲しがる男は多いだろうさ」

 騎士長はまだ侮蔑の視線を私に向けてる。
 うぅむ。マヘリアの事とはいえ、その視線を向けられるのは気に入らないわね。

「とにかくだ。我々も命令を受けた身だ。連れ戻さねばならない。大人しく、ついてこい」

 騎士長の命令を受けて他の騎士たちが再び私を捕まえようと前に出る。

「お断りだと言ったでしょう!」

 その前に、私は落ちている剣を拾った。それはアベルが叩き落としたものだ。
 かなり重たい。本物の剣なんて持ったことがないけど、こんなものよく振り回せるわね!

「おい、お前」

 ざわついたのは炭鉱夫側だった。
 意味不明な行動をとる私に驚いたことだろう。

「やめておきたまえ、レディ。子供が振るえるものではない」

 逆に、小娘が弱弱しい腰つきで剣をひろっても騎士たちは恐れなかった。
 小馬鹿にした視線を向けてくるだけ。
 でも、私は何も騎士たちとやり合おうってわけじゃない。

「私は、戻らないわよ。戻ってたまるものですか」

 そういいながら、私は剣で自らの金髪を力ずくで切り裂いた。あまり切れ味がよくないせいか、ぶちぶちと引き抜かれるような感覚もあったけど、気にしない。

「むっ、う?」

 その行為にさすがの騎士長も目を丸くしていた。
 私は剣を捨てると、切り取った金髪をかざす。

「マヘリアという女は崖から落ちて、獣に食われて死んでいた! 遺体は見るも無残ゆえに、尊厳の為、髪の毛だけを切りとって持ち帰った。それならば、言い訳もつくでしょう!」

 同時に私は身に着けていた宝石類も剥ぎ取り、騎士たちに投げつける。

「あんたたちの女にでも渡すがいいわ! とにかく、私は戻らない。帰らない。私は国に追放された女。戻ったところで破滅の未来。昨日のあの時点で貴族の少女は死んだのよ!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...