傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

115 コルネリアの最期

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 ――コルネリアは『ルトブルク』の女性兵士だ。加えて、ただの一般兵というわけではない。

 生まれ持っての類稀な才能と、多大な努力を重ねた結果、ルトブルク軍の小隊副隊長にまで登り詰めた秀才である。当然ながら、ヘルネヴァルト総力戦にも駆り出された。そして――。

「……っ!」

 ――コルネリアは高速で飛んできた刃付きブーメランを寸でのところで躱した。しかしブーメランは投げると戻ってくる。コルネリアはその帰りの軌道を見切り、腕に装備していた機械籠手アムル・フェヒターの隠しブレードを露わにし、そのブーメランを弾き返した。

 『ヘルネヴァルト総力戦』に送り込まれた、コルネリアが副隊長を務める第二部隊。もっぱら、その戦争の最中である。が、コルネリアは焦りを隠せない。

 始まりは、次なる攻撃へ備えつつ敵軍からの襲撃を迎え撃つために、野営地を作っていた時だった。

 突然にして見張りの二人が破裂。それが敵襲であると誰の目からも明らかだった。各兵は武器を取り、戦術書通りフォーメーションを組んで敵軍を迎え撃つ。その手筈は完璧だったはずなのに。

 突然の地面の崩落。そして山もないのに自軍を襲う土砂崩れ。一気に自軍の陣営は乱れた。

 その後、何とか土砂の濁流が収まり、個々で再起して今に至る。

 戦況は誰がどう見ても劣勢であった。いや、そもそも戦況を冷静に判断する時間さえない。周囲は仲間の兵士による阿鼻叫喚に塗れ、敵の目視すら難しかった。

「アッアッアァッァッ……!」
「母上……わたしは……」
「ひっ……! 腕に! 腕から蛆が……!」

「くそっ……!」

 パっとあたりを見回し、その凄惨なる状況に思わず毒を吐く。

 得体のしれない精神汚染、または幻の類か。

 ある者は棒立ちになったと思うと嘔吐し倒れ、ある者は親しい物に懺悔を捧げつつ自害、ある者は見えないナニカに体を寄生され、極稀に異常を見られない兵士が首を飛ばされる――。

 完全に戦況を掌握されていた。さらにコルネリアは悪い予感を察知していた。

「副隊長! 貴様は無事のようだな」

 ふと、男の低い声がした。コルネリアはふと声の方を見る。そして苦しい顔で言った。

「とんでもない相手に目を付けられましたね……。少なくても異能持ちが三人はいるでしょう」

 その声の主は隊長であるグードル。初老の男だ。目の下の十字の傷がとても痛々しい相貌をしているが、今の状況で気にしている場合ではない。

「加えて、悪いことに我々はどこかへ誘導されている……。隊の進行を修正しようも、それもままならぬ。故に」

 グードルは飛んできた一本のナイフを自らの手で受け止め、握力で粉々に押しつぶした。それから手のひらに赤い魔方陣を展開する。

「コルネリア、貴様は撤退しろ。そして本部へ情報を流せ。我らは残り戦闘を続行する」

 ――橙の閃光が暗闇に煌めく。そして刹那、周囲が爆発に包まれた。魔法による爆破を実行したグードルは、使い終わった手のひらの魔方陣を収束させる。

「久々な我の独擅場だ。貴様は邪魔だ」
「……了解」

 無駄な口を叩くほどの余裕がなかった。コルネリアはグードルに背を向き、右腕の機械籠手に内蔵されたワイヤーを遠くの木へ向かって射出しつつ、そのまま駆け出した。

 すでに小隊は機能不全に陥っていた。グードルは隊を捨てる判断をしたのだ。コルネリアへ敵の情報を本部へ持ち帰るという大役を任せ、自らは隊と共に戦場へ朽ちる――そんな覚悟をした男に、感謝も激励も不要だろう。

 だがコルネリアとて、自分の行く末は悟っていた。木の枝へと括り付けたワイヤーを機械籠手の動力で引き戻す。その力で高速で森の中を移動しようとしたコルネリアへ、一閃の刃が襲い掛かった。

「――っ!」

 途切れるワイヤー。地面へ投げ出される自分の体。くるりと地面を転がり、衝撃を受け流した。

 ギリギリ刃はかわしたが、移動手段のワイヤーは斬られてしまった。コルネリアはすぐさま腰を上げ、周囲を警戒する。そんな彼女の上の枝には一羽のフクロウが止まった。

「……」

 フクロウすら枝の上に止まれるほど静かな環境。すぐ近くでは仲間たちの阿鼻叫喚が響いているのに。コルネリアは推測する。これも相手の異能が噛んでいるのだろう。

 神経を研ぎすまし、索敵を開始――

「……っ!」

 する隙すらない。突然現れる腕。左腕の機械籠手でそれを切り裂いたが、手ごたえはない。コルネリアはあたりを見回すけれど、腕もなければその体も見えない。けれど、微かな気配は感じ取れた。

 幻かと思ったが、それは違うはずだ。コルネリアは異能による幻術に対してある程度の耐性を訓練で身に着けていた。幻にかかれば、"かかった"事に気づくはず。

「っ!」

 コルネリアは両手に青い魔方陣を展開し、一瞬にして周囲半径5メートルほどを凍結させた。機械籠手に刃やワイヤーとは別に搭載された魔法石の恩恵で、素早くそして強力に対応の魔法が発動する仕組みだった。

 コルネリアは未だに警戒を解かない。解くべきではない。

 幻ではないとするなら、迷彩か何かで自分の姿を風景に隠しているのかと思ったが、それも違った。姿を隠しているだけなら、今の魔法で氷像となっているはずだ。

 しかし気配はまだ近くに感じる。5メートル以内にはいなかったとはいえ、敵は近くに潜んで――

「ア」

 ――潜んでいた。
 コルネリアの脳は、『振動』によりぐちゃぐちゃにかき乱され、機能しなくなった。白目をむいた彼女はその場で膝をつき、倒れる。



「オイ、離れろよ透明男」
「へいへい」

 虚空に浮いた一本の腕。それはコルネリアの頭に触れた腕でもあった。

 そこから瞬き程度の時を経て、二人の人影が急に現れた。――否、現れたのではない、視えるようになったのだ。

「いい線いってたのになぁ、可哀そうに」

 バロットが数秒前まではコルネリアだったはずの物にそうやって笑いかけた。隣にいる暗い緑髪の女――ウィスペルはしゃがみこむと、倒れた遺体の顔をクイっと動かして確認する。

「外傷は頬に切れ口ひとつ。完璧な駒だ」
「へっ。丁度良いのがいてよかったなァ」

 ――バロット。異能は『透化』。自らと周囲の者や場所を不可視にするだけでなく、接触すらもすり抜けさせる。
 この異能により、コルネリアの眼前で周囲に放たれた凍結魔法を"すり抜けた"。共に透化していたウィスペルも。

 ただすり抜けさせるには、その物体または者とバロットが接触し続けなくてはならない。単純な透明化ならば一度触れただけで効果はある程度続くが、すり抜けの効果はなくなる。

「丁度良いのがいてもらわなきゃ困る。お前に触れられるのは不快だったから」

 ウィスペルが不快そうにぼやく。だから実際のところ、ウィスペルの肩にバロットが触れ続けていた。

 そんな彼女にバロットは苦笑した。

 ――ウィスペル。異能は『振動』。魔力を伴わず、物質虚空問わずに指定した空間を振動させることができる。この異能でウィスペルはコルネリアの脳内のみをトロトロの肉汁にした。

「こっちが成功したのはミリアにも伝わってる。向こうの戦場に戻るぞ」

 バロットが上の枝にとまるフクロウを見て、ウィスペルにそう告げた。彼女は「言われなくても」とバロットの事など気にする様子もなく、そそくさと歩み始めていた。

 バロットは自分に合わせるつもりなど微塵もない彼女を後姿を見て、やれやれと両手を上げるのだった。

 ――その背後で、脳みそを失ったコルネリアの指がピクリと動く――。





「……憑依完了」

 戦場とは少し離れた場所で、シェルムは全神経を異能に集中させていた。その背後ではミリアが黙って立っている。

「動かせます。第二の目はどうしますか」
「……捨てろ、もう要らん」

 ミリアに言われ、シェルムはフクロウの『憑依』を外した。

 ――シェルム。異能は『憑依』。地面からは独立している神羅万象の体を乗っ取ることができる。物であれ、者であれ、条件さえ合えば問答無用で奪い取れるのだ。

 コルネリアの上の枝にとまったフクロウは、シェルムが憑依した"目"の一匹。ミリアへ戦況を伝えるためのものだ。

 そしてシェルムは今、コルネリアだったものに『憑依』した。これで彼女の体だったものを自由に動かせる。

「さて……仕上げといくか」

 ミリアは青い瞳でそう告げたのだった。
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