116 / 119
第三章 コルマノン大騒動
114 ヘルネヴァルト総力戦
しおりを挟む
八年前。ヘルネヴァルト総力戦。
それはグルテールとルトブルクの国境近くに存在する、グルテール領の『ヘルネヴァルト』という森林地帯を巡って、二つの国の軍事力がぶつかり合った戦争だった。
その森林地帯は歪な魔力がよくよく観測されていた曰はく付きの場所。その空間の魔力濃度から、一部で『聖地』とも呼ばれていた森でもある。
当時でさえ、ヘルネヴァルトはグルテール領として成り立っていた。けれど、ルトブルクはそれを否定。所以はグルテール成立時代にまで遡る。
この世界は五つの国に分かれている。『グルテール君主国』『軍事要塞国家ルトブルク』『カルヴィエッラ球状星団国』『キンネ・ホグ諸島連邦』『次元精霊国家エルジセルバ』。その中で最も若い国が『グルテール』であった。
グルテール成立時、今のような軍事色が見えなかった――かつては『要塞国家ルトブルク』と名乗っていた――ルトブルクはグルテールへの友好の証と発展を祈り、『ヘルネヴァルト』を貸し与えた。
ここまでは両国とて認めるところだ。しかし今後の史料に隔たりが現れ、それが亀裂となりヘルネヴァルト総力戦は勃発する――。
「グルテールはその後、正式にヘルネヴァルトをルトブルクより譲り受けたと主張。反してルトブルクはヘルネヴァルトの返還を強く希望」
木の根本に小さく腰掛ながら、未だに年若さの面影を持つ白髪少年は語る。
「二国は静かに対立し、ヘルネヴァルトを巡って……」
「おうおう分かった分かった。すごーく分かった。で、」
その少年の発言を両手を挙げて遮る男が一人。そいつは血の付き汚れた数々のナイフを地面に置いて、それを順番に布で拭いていた。
「知ったところで俺たちのやることは変わらねぇ。いい加減慣れた方がいいぜ」
「……慣れろったって……僕はこんな……」
白髪の少年はぎゅっと膝小僧を抱き寄せた。最後のナイフを拭き終わった男は軽く手の中でそれを遊ばせると、笑って言う。
「言い訳しても仕方ねぇだろ。実際にお前はここにいる。どうしようもねェのさ」
手の中で遊ばせていたナイフ。ふと、それが暗い昏い森の風景に溶けていき、消えていった。その男――バロットは拭き終わったナイフを懐にしまうと、立ち上がった。
膝を抱え、丸くなっている少年は声を震わせる。
「理不尽だ……なんで僕が……孤児院に帰りたい……」
「……」
少年が寄り添う木の反対側から、立ち上がったバロットはちらりと彼を見た。体を小さくして、震わせている彼の姿は小動物を蜂起させる。硝煙と血と、ピリつく暑さとは無縁の存在だった。
と、そんな不格好な二人の世界にまた異なる声が被さった。バロットの視線はその声の主に移る。
「時間だ」
暗闇から、いや、暗闇を引き連れてその人物は姿を現した。変哲もない黒い短髪に、冷涼な青い瞳の女だった。その人物が二人の前に繰り出した途端に、空の星々は闇に逃げる。木の葉はくすぶるのを止めた。バロットは口を閉じ、震える少年はピタリと静止する。
「先行組が敵小隊と接触。その後、作戦通りに後追組と入れ替わった。今はサラの幻とカーテルの精神干渉で内部混乱を引き起こしつつ、作戦通りの場所へ誘導している。今からその敵小隊を先行組と我らで挟み、一部以外を殲滅する。バロット」
彼女の青い瞳がバロットを捉えた。彼は唇を綻ばせてうなずくと、彼女が来た方向へとぬるりを歩き始めた。
次に女性はしゃがみこんでいる白髪の少年へと目を向ける。少年は恐る恐るその青い瞳を見上げていた。
「み、ミリアさん……」
バロットへ指示を出した女性――ミリアはその怯えた小動物のような少年をただただ青く透き通った瞳で見下ろす。暗闇が漂う中で、彼女の青い瞳だけが静かに輝きを保っていた。
ミリアはそのまま無表情に告げる。
「立て。生きるために、お前はお前の仕事をしろ」
そこに少年の逃げ道などはない。そもそも、眼前にある将来への道が全て茨の道だった。背後には奈落への穴という、ある種の"逃げ道"が存在したが、その少年は決して振り向こうとはしなかった。
「生きたいだろ?」
それをミリアは察していたのかは分からない。けれど、その少年が歩むべき道の歩き方を知っていた。
「なぁ? ――シェルム」
その少年――シェルムは拳を握り締め、歯を噛み締めた。
それはグルテールとルトブルクの国境近くに存在する、グルテール領の『ヘルネヴァルト』という森林地帯を巡って、二つの国の軍事力がぶつかり合った戦争だった。
その森林地帯は歪な魔力がよくよく観測されていた曰はく付きの場所。その空間の魔力濃度から、一部で『聖地』とも呼ばれていた森でもある。
当時でさえ、ヘルネヴァルトはグルテール領として成り立っていた。けれど、ルトブルクはそれを否定。所以はグルテール成立時代にまで遡る。
この世界は五つの国に分かれている。『グルテール君主国』『軍事要塞国家ルトブルク』『カルヴィエッラ球状星団国』『キンネ・ホグ諸島連邦』『次元精霊国家エルジセルバ』。その中で最も若い国が『グルテール』であった。
グルテール成立時、今のような軍事色が見えなかった――かつては『要塞国家ルトブルク』と名乗っていた――ルトブルクはグルテールへの友好の証と発展を祈り、『ヘルネヴァルト』を貸し与えた。
ここまでは両国とて認めるところだ。しかし今後の史料に隔たりが現れ、それが亀裂となりヘルネヴァルト総力戦は勃発する――。
「グルテールはその後、正式にヘルネヴァルトをルトブルクより譲り受けたと主張。反してルトブルクはヘルネヴァルトの返還を強く希望」
木の根本に小さく腰掛ながら、未だに年若さの面影を持つ白髪少年は語る。
「二国は静かに対立し、ヘルネヴァルトを巡って……」
「おうおう分かった分かった。すごーく分かった。で、」
その少年の発言を両手を挙げて遮る男が一人。そいつは血の付き汚れた数々のナイフを地面に置いて、それを順番に布で拭いていた。
「知ったところで俺たちのやることは変わらねぇ。いい加減慣れた方がいいぜ」
「……慣れろったって……僕はこんな……」
白髪の少年はぎゅっと膝小僧を抱き寄せた。最後のナイフを拭き終わった男は軽く手の中でそれを遊ばせると、笑って言う。
「言い訳しても仕方ねぇだろ。実際にお前はここにいる。どうしようもねェのさ」
手の中で遊ばせていたナイフ。ふと、それが暗い昏い森の風景に溶けていき、消えていった。その男――バロットは拭き終わったナイフを懐にしまうと、立ち上がった。
膝を抱え、丸くなっている少年は声を震わせる。
「理不尽だ……なんで僕が……孤児院に帰りたい……」
「……」
少年が寄り添う木の反対側から、立ち上がったバロットはちらりと彼を見た。体を小さくして、震わせている彼の姿は小動物を蜂起させる。硝煙と血と、ピリつく暑さとは無縁の存在だった。
と、そんな不格好な二人の世界にまた異なる声が被さった。バロットの視線はその声の主に移る。
「時間だ」
暗闇から、いや、暗闇を引き連れてその人物は姿を現した。変哲もない黒い短髪に、冷涼な青い瞳の女だった。その人物が二人の前に繰り出した途端に、空の星々は闇に逃げる。木の葉はくすぶるのを止めた。バロットは口を閉じ、震える少年はピタリと静止する。
「先行組が敵小隊と接触。その後、作戦通りに後追組と入れ替わった。今はサラの幻とカーテルの精神干渉で内部混乱を引き起こしつつ、作戦通りの場所へ誘導している。今からその敵小隊を先行組と我らで挟み、一部以外を殲滅する。バロット」
彼女の青い瞳がバロットを捉えた。彼は唇を綻ばせてうなずくと、彼女が来た方向へとぬるりを歩き始めた。
次に女性はしゃがみこんでいる白髪の少年へと目を向ける。少年は恐る恐るその青い瞳を見上げていた。
「み、ミリアさん……」
バロットへ指示を出した女性――ミリアはその怯えた小動物のような少年をただただ青く透き通った瞳で見下ろす。暗闇が漂う中で、彼女の青い瞳だけが静かに輝きを保っていた。
ミリアはそのまま無表情に告げる。
「立て。生きるために、お前はお前の仕事をしろ」
そこに少年の逃げ道などはない。そもそも、眼前にある将来への道が全て茨の道だった。背後には奈落への穴という、ある種の"逃げ道"が存在したが、その少年は決して振り向こうとはしなかった。
「生きたいだろ?」
それをミリアは察していたのかは分からない。けれど、その少年が歩むべき道の歩き方を知っていた。
「なぁ? ――シェルム」
その少年――シェルムは拳を握り締め、歯を噛み締めた。
0
お気に入りに追加
670
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺おとば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

捨てられた転生幼女は無自重無双する
紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。
アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。
ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。
アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。
去ろうとしている人物は父と母だった。
ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。
朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。
クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。
しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。
アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。
王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。
アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。
※諸事情によりしばらく連載休止致します。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる