傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

104 赤き渦

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 シアンは地面を蹴った。ジェランダは走り出したシアンに向かい、薙刀を振るってけん制する。

 シアンはそれを滑り込んでかわし、その勢いでジェランダの懐へ潜り込んだ。立ち上がる際に乗じて、液状で地面に溜まっている『液状武装』を右手で触れて魔力を流し込んでみた。

 手が触れた瞬間に、シアンの魔力を認識した『液状武装』はすぐさま彼女の思い描く武器へと変形する。飛ぶように右手に宿ったそれは、刃部のあるメリケンへと姿を変えた。

「なっ……!」

 刃部付きメリケンを装備したシアンの拳が、ジェランダへと迫った。彼女は危機一髪、体を反らして顎にぶち込まれたアッパーを回避する。それから一気に距離を取ろうと後退しながら薙刀を振るった。

「させない……!」

 シアンは彼女に距離を取らせまいと、彼女へと迫る。距離を詰めながら『液状武装』をまた刀へと変形させ、薙刀を斬り上げた。

「……!」

 薙刀の柄の部分が切断され、刃が地面に落ちる。それに動揺したジェランダの動きが鈍った。シアンはその瞬間を見逃さない。

「ここっ!」

 右手に持つ刀を振りかぶる。最中、左手も右手に添えながら、刀を大きな鎚へとさらに変化させた。そしてそれをジェランダの胴体にぶち込んだ。

「ぐっ……!」

 シアンは重くのしかかるような重圧を両腕に感じながらも、鎚を振り切る。

 ジェランダはそのまま吹っ飛んで屋敷の壁に激突し、爆音と共に屋敷の壁が壊れて砂埃が舞った。

「はぁ……はぁ……」

 シアンは鎚の下を地面につけると、そこに手を付けて寄り掛かる。荒い息を整えつつ、自らの手で吹っ飛ばしたジェランダの方を見た。そして実感する。

「勝った……やっと……!」

 薄くなった砂埃の隅に見えているのは、ジェランダの動かなくなった腕。彼女はすでに戦闘不能であろう。シアンは小さな微笑みを浮かべると、その場でへたりと座り込む。

 ようやくだった。シルヴァと共に旅をして、ようやく一人で何かを成し遂げられた。それが何よりも、シアンの心の中で自分の存在を支える支柱となっていく。

「シアン……!」

 ふとシルヴァの声が聞こえた。シアンはハッとして顔を見上げて周囲を見渡す。それから自分を探している銀髪の青年を見つけると、途端に安堵感が自分の内に広がって、シアンは深く息を吐いた。

 安堵の温度につかっている両足に力を入れて、シアンは立ち上がる。鎚に変化していた『液状武装』を指輪に戻すと、シルヴァの方へ手を振った。

「シルヴァ! 大丈夫?」
「ああ……! 僕の方はもう片付けた」

 お互いに駆け寄り、無事を確認し合う。特に大きな怪我もないシアンを見たシルヴァは短く息を吐くと、その視線を屋敷に向けて言った。

「シェルムはバロットだかが相手するだろうから、僕らのやるべきことは一つ」
「ディヴィさんの捜索?」
「そう」

 シアンの意見にシルヴァはうなずいた。シアンも同じくして屋敷の方へ視線を向ける。

 そもそも、この屋敷に足を踏み込んだのはディヴィの手がかりを得るため。結果、現時点で手がかりどころか、身柄までもが手の届くところにあると判明しているのだ。

 後はディヴィを救い出す。それで、この一件は粗方終わりを告げるのだ。これで最後、という事実に実感が持てないシアンだったが、拳を握りしめて気合を入れる。

 ――と、その瞬間だった。

「……っ!」

 地面が大きく揺れた。ある一方から、生暖かい突風が二人を攫うように吹き込んだ。

 シアン、シルヴァの表情が一気にこわばる。シルヴァはほとんど反射的にその風の吹いて来る方へと体を向け、原因を探ろうとした。しかし、シアンの"本能"はそれを是とはしなかった。

 シアンの中で、その行為はとても嫌な予感がしたのだ。獣耳がピリついていた。こんなことをしている場合じゃない、と。根拠はないが自信と安心がその本能が導いた感情には付随していた。

 故に、シアンはシルヴァへと飛びついて、その体を地面に倒し込んだ。

「シアンっ! 何を……」

 シルヴァが驚きの声を上げようとして、息を呑む。

 さっきまでシアンとシルヴァが立っていた場所を、大きな岩石が一瞬にして通り過ぎ、屋敷へと着弾したのだ。被弾した屋敷は大きな音を立てて、大地を揺らし、崩壊の兆しを見せるかの如く、雪崩のように一部が崩壊した。

「ごめん……ありがとう……!」
「いや……でも、"なんでこんなことが"」

 あのままつっ立っていたら、二人とも岩石に潰されていただろう。その事実に身震いしながら、シルヴァはシアンへとお礼を言った。シアンはその感謝の言葉を確かに嬉しく暖かく感じながらも、それだけ考えることができず、曖昧な返事を返す。

 あの大岩はどうしてこちらに吹っ飛んできたのだろう。吹っ飛んできた、ということは、"それを投げた何か"があるはずだ。シアンは起き上がって、今度こそ突風の原因を探る。

「……っ!」

 そして、獣耳により一層ピリついたものが走った。鳥肌のようなものが悪寒となってシアンの全身へと広がっていく。

 一拍遅れてシルヴァは立ち上がり、シアンが見たものを改めて目にした。シルヴァもシアンほどのものを感じてはいないようだったが、その異質さに息を呑んだ。

「なん、だ……あの、赤い渦・・・は……!」

 二人の視線の先にあったもの。それは一人の、白い髪の青年を中心に渦巻く赤い渦。そこを中心に地面は割れ、芝生のかすが舞っていた。

「……ふざけんな」

 そしてその青年――シェルムと対峙していたバロットが、腕で顔を隠しながら、そう呟いたことをシアンの耳は捉えたのだった。
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