傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

93 屋敷

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 門は開いていた。

 バロットとサラは並んで開いていた門を通り、タイニー家の屋敷の庭へと足を踏み込んだ。

 大きな庭には明かりを持った数人の使用人と、それらに囲まれている数人が待機していて、歩いて屋敷の庭へと入ったバロットとサラはいくつもの瞳に晒される。

 その視線を気にせず、二人は庭の真ん中よりも幾分屋敷側にある噴水を挟んで、屋敷の玄関に佇む見覚えのある人達の前まで歩き、そこで止まった。

「随分な出迎えだなァ……。えっと、名前なんだっけか」

 大げさに手を広げながら、その軽い仕草からは考えられないほど、重くドス黒い光のない瞳で彼らを見つめる。

 その視線の先にいたのは、横に並ぶ数々の使用人の真ん中にいる、ライニー家当主『ステフ・ライニー』だった。彼はバロットの視線と言葉を受けると、機嫌が悪そうにその老いて色が抜けた髪をちょんと指ではじく。

「任務一つこなせない貴様が、そのような口を叩けると思っているのか? 例のガキ共はどうした?」

 バロットはステフの言葉を聞くや否や、小さく鼻で笑った。そして言う。

「……勢いあまって殺しちまったのさ。あいつらは二人とも、瓦礫の下敷きさ」

 バロットはそう言ってやれやれ、という風に手を額に当てた。この発言には半分の真と半分の嘘が混じっている。バロットは手を額に当てたままちらりとステフの表情を窺った。

 暗闇の中、ランプの明かりに照らされたステフの顔。全く動じていないその表情に、バロットは小さく舌打ちをする。
 
「そいつァよかった……。どうしてかっつーと」

 ステフが右腕を上げる。と、同時にステフの横に立っていた一列の使用人たちが、一斉に一歩前に出た。そして携帯していた、各々の武器に手をかける。それは帯刀された剣であったり、背中に背負った弓や杖だったり、各々で違っていた。

「――貴様らを処理する口実ができた」

 そのステフの声によって、使用人のそれぞれが自らの武器を一度に抜く。これが意味することはすなわち、ステフが自ら雇ったはずのバロットとサラを、何らかの理由で消すことにしたということだ。その"何らかの理由"というのは、バロットにもサラにも何となく検討はついていた。

 バロットは自分たちに向けられた数多の殺意を前に、とても面倒くさそうに顔を下に向ける。隣のサラもため息をつきながら、彼へ耳打ちをした。

「バレてる」
「知ってる。あのおっさん、生きてるかなぁ」

 無感情にそう返しながら、バロットは袖の中から両手にナイフを装填する。サラも彼に合わせて、腰の刀に手を伸ばして構えた。

 それらの行動は自然そのものだった。この状況はまさしく突拍子もないステフによる裏切りであり、本来ならばどよめきの声ぐらいは上げてもよいはずである。それなのに、この二人は混乱も焦りもせず、ただ自らの武器を手にした。否応なく、ためらいもなく、裏切りに対して全面的に受けて立つ、そんな何とも好戦的な選択を息もつかせぬ刹那の瞬間に選択したのだ。

 そんな二人の選択を見たステフは面食らった表情をし発汗するも、すぐさま立て直した。そして二人に向かって叫ぶ。

「こっちには"A級冒険者"二人と、貴様らの同期がいる! 無駄な抵抗すんじゃねぇよ!」

 ステフの叫びは夜に低くこだましたけれど、その叫びの対象となった二人の注意は全く持ってステフには向いていない。

 ステフの隣にいる"A級冒険者"――冒険者のランクは低い順でE~Aとランク付けされ、最上がA上のSとなっている。つまり、A級冒険者というのは、一番手に続く二番手の強さということだ――の二人にも、その脇に並ぶ数十人の使用人にも、彼らの関心を引き付けることはできていなかった。

 その視線は、ただ二人の前にそびえるライニー家の屋敷の、屋根の上に向いていた。雲に隠れつつある満月をバックに、屋根の上で座ってステフ達のやり取りを見ていた若い白髪の青年は、ふらりと立ち上がる。

「お待ちかね……! お楽しみの時間だァ!」

 その白髪も青年――シェルムは微笑みで顔を歪ませて、屋根の上から飛び降りた。ステフ達の前に着地すると、手のひらに魔方陣を展開する。

 魔方陣からは紫色の槍が精製され、シェルムはそれを強く握って前に差し出した。

「勝ちか負けか……ッ! キヒヒッ! さぁて、"マヌケ"はどっちかなぁ……!?」

 そう笑いながら叫んだシェルムは地面の蹴る。軽く跳躍したシェルムは魔方陣で作り出した槍で、目の前にあった噴水の水を真っ二つに裂きながら、バロットとサラの目の前に単独で躍り出た。

「お前らが"マヌケ"になるのさ!」
「随分と派手になったな……」
「……きもい」

 ハイテンションなシェルムに対し、冷めた対応のバロットとサラは迎撃の構えをとり、自らの武器を握りしめたのだった。
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