94 / 119
第三章 コルマノン大騒動
92 背負う結果
しおりを挟む
「ディヴィさん、役所にも自宅にもいなかったらしくて、今父さんが探してる。私はシアン達が帰ってくるかもしれないから、ってことでここに残ってたんだけど」
ディヴィとは、昼頃『彩食絹華』でライニー家のアホ息子とシアンが遭遇した際に、そのアホ息子の案内役をしていた男だ。この町の役人であり、ライニー家に何か動きがあれば知らせてくれる、と約束してくれた味方でもある。
「……探ってるのがライニー家にバレた、ってことかも」
シルヴァは舌打ちと共にそう呟く。今日の襲撃も、ディビィは掴んでいたのかもしれない。それを知ってしまったことが原因なのか、はたまた違う原因なのかは定かではないが、それ故にディヴィはライニー家に捕らわれたという可能性も否定できないだろう。
「……どっちにしろ、こうなった以上は僕らも腹をくくらなきゃいけないか」
少し考えた後に、シルヴァはそう言って立ち上がった。彼女ら二人の視線が立ち上がったシルヴァへと向けられる。
「今からライニー家に行く。もう遅すぎるかもしれないけど」
「遅すぎるって……」
シルヴァの言葉にニーナが反応した。シルヴァはその返答をあえてせず、ただニーナに視線を返す。そこでシルヴァの『遅そすぎる』といった発言を生み出した最悪の推測を彼女も察したのか、少し視線を下へ向けて押し黙った。
ただ、その推測できる最悪の結果というのは、本当に『最悪』の場合であって、それが現実であるとは限らない。しかしシルヴァはもうこのところ、何だかよくない選択ばかりをしている気がしていた。無責任に困っている人達に入れ込んで、その結果が今だ。
果たしてその今が、『シルヴァ達が関わらなかった、もしもの今』よりもマシになっているのだろうか。ふとそんな思いが、シルヴァの脳裏に湧き上がってきていた。
「そ。じゃ、行こう」
シアンも立ち上がり、シルヴァよりも少し低い視線から彼の瞳を見つめる。そしてニコっと笑ってみせた。
「私は君についてくよ」
「……」
彼女の笑みを見て、シルヴァは不意にみぞおちの深くに冷たいものを押し付けられた感覚に陥る。そしてそれが、自らが背負っていた責任感であると理解して、密かに唇をかみしめた。
シアンを『オレルゾー』から連れ出したのは紛れもなくシルヴァ自身であり、そしてこの場所でライニー家と対立することになったのもシルヴァに直接的な原因があるのではないだろうか。
それはシルヴァがシアンに押し付けたものではなく、シアンが自ら決めたことであり、その選択による現在の状況に対する責任はシルヴァにあるとは言えないかもしれない。
それでも、シルヴァは考えてしまった。
――もし、シルヴァがシアンを連れ出さなければ。
こうなってはいなかった。
殺し屋もどきを送ってくる人達と、危険な対峙をする必要もなかった。
結局のところ、シルヴァは尻込みしていた。初めての経験ばかりだった。
自らの意思で、生と死の境が見えるような不明瞭な今を選択すること。
そしてその選択には、シアンという一人の命が付いて来ること。
『支配』の力が成長する前はこんなことはしなかったし、そもそもできる立場でもなかった。脆弱な冒険者時代は同じ弱い立場の冒険者とパーティを組んで、小さく細々と生きていた。
そこに危険と隣り合わせな選択を迫られる機会はなかったし、結果が自己の判断に直結する場面も極めて少なかった。
『傀儡使い』という役職で生きてきたけれど、今考えてみると対して何も考えずに生きていた過去の自分自身こそが、面白くもない傀儡だったのかもしれない。
「シルヴァ?」
立ち上がり、急に押し黙っているシルヴァにシアンは不安そうに首を傾げる。
その仕草を見て、シルヴァは口元を緩ませた。
こんなシアンの姿は、彼女があのまま『オルレゾー』いたら一生見られなかったかもしれない。
恐怖のストッパーがかかり、言葉を言うことでさえも不自由だった、牢獄にいたシアンの姿が、目の前にいるシアンの背後にうっすらと浮かび上がった。しかしそれは今のシアンとは似ても似つかないもので、その二つの面影が重なることはない。
――これも結果だ。シルヴァは拳を握りしめる。
今の状況がたとえ好ましくない結果を導くことになるかもしれないけれど、まだ結果は確定していない。その未来が来るかは、今次第なのだ。まだ変えられる範疇にある。
「行こうか」
シルヴァはシアンの手を取り、彼女の青い瞳を真っすぐと見返した。
彼女こそが、彼女をあの町から連れ出したシルヴァの結果。無感情な少女が、今では表情をコロコロと変える年相応の少女となった。それは本人の心情の変化や努力もあってこそだけれども、シルヴァの働きかけがあったこそであると言い切っても、驕りではないだろう。
「……うん」
いきなり手を握られたシアンは恥ずかしそうに俯き、小さな声でそう返答した。小さなランプの明かりが、微かに赤らめたシアンの頬を照らしていた。
ディヴィとは、昼頃『彩食絹華』でライニー家のアホ息子とシアンが遭遇した際に、そのアホ息子の案内役をしていた男だ。この町の役人であり、ライニー家に何か動きがあれば知らせてくれる、と約束してくれた味方でもある。
「……探ってるのがライニー家にバレた、ってことかも」
シルヴァは舌打ちと共にそう呟く。今日の襲撃も、ディビィは掴んでいたのかもしれない。それを知ってしまったことが原因なのか、はたまた違う原因なのかは定かではないが、それ故にディヴィはライニー家に捕らわれたという可能性も否定できないだろう。
「……どっちにしろ、こうなった以上は僕らも腹をくくらなきゃいけないか」
少し考えた後に、シルヴァはそう言って立ち上がった。彼女ら二人の視線が立ち上がったシルヴァへと向けられる。
「今からライニー家に行く。もう遅すぎるかもしれないけど」
「遅すぎるって……」
シルヴァの言葉にニーナが反応した。シルヴァはその返答をあえてせず、ただニーナに視線を返す。そこでシルヴァの『遅そすぎる』といった発言を生み出した最悪の推測を彼女も察したのか、少し視線を下へ向けて押し黙った。
ただ、その推測できる最悪の結果というのは、本当に『最悪』の場合であって、それが現実であるとは限らない。しかしシルヴァはもうこのところ、何だかよくない選択ばかりをしている気がしていた。無責任に困っている人達に入れ込んで、その結果が今だ。
果たしてその今が、『シルヴァ達が関わらなかった、もしもの今』よりもマシになっているのだろうか。ふとそんな思いが、シルヴァの脳裏に湧き上がってきていた。
「そ。じゃ、行こう」
シアンも立ち上がり、シルヴァよりも少し低い視線から彼の瞳を見つめる。そしてニコっと笑ってみせた。
「私は君についてくよ」
「……」
彼女の笑みを見て、シルヴァは不意にみぞおちの深くに冷たいものを押し付けられた感覚に陥る。そしてそれが、自らが背負っていた責任感であると理解して、密かに唇をかみしめた。
シアンを『オレルゾー』から連れ出したのは紛れもなくシルヴァ自身であり、そしてこの場所でライニー家と対立することになったのもシルヴァに直接的な原因があるのではないだろうか。
それはシルヴァがシアンに押し付けたものではなく、シアンが自ら決めたことであり、その選択による現在の状況に対する責任はシルヴァにあるとは言えないかもしれない。
それでも、シルヴァは考えてしまった。
――もし、シルヴァがシアンを連れ出さなければ。
こうなってはいなかった。
殺し屋もどきを送ってくる人達と、危険な対峙をする必要もなかった。
結局のところ、シルヴァは尻込みしていた。初めての経験ばかりだった。
自らの意思で、生と死の境が見えるような不明瞭な今を選択すること。
そしてその選択には、シアンという一人の命が付いて来ること。
『支配』の力が成長する前はこんなことはしなかったし、そもそもできる立場でもなかった。脆弱な冒険者時代は同じ弱い立場の冒険者とパーティを組んで、小さく細々と生きていた。
そこに危険と隣り合わせな選択を迫られる機会はなかったし、結果が自己の判断に直結する場面も極めて少なかった。
『傀儡使い』という役職で生きてきたけれど、今考えてみると対して何も考えずに生きていた過去の自分自身こそが、面白くもない傀儡だったのかもしれない。
「シルヴァ?」
立ち上がり、急に押し黙っているシルヴァにシアンは不安そうに首を傾げる。
その仕草を見て、シルヴァは口元を緩ませた。
こんなシアンの姿は、彼女があのまま『オルレゾー』いたら一生見られなかったかもしれない。
恐怖のストッパーがかかり、言葉を言うことでさえも不自由だった、牢獄にいたシアンの姿が、目の前にいるシアンの背後にうっすらと浮かび上がった。しかしそれは今のシアンとは似ても似つかないもので、その二つの面影が重なることはない。
――これも結果だ。シルヴァは拳を握りしめる。
今の状況がたとえ好ましくない結果を導くことになるかもしれないけれど、まだ結果は確定していない。その未来が来るかは、今次第なのだ。まだ変えられる範疇にある。
「行こうか」
シルヴァはシアンの手を取り、彼女の青い瞳を真っすぐと見返した。
彼女こそが、彼女をあの町から連れ出したシルヴァの結果。無感情な少女が、今では表情をコロコロと変える年相応の少女となった。それは本人の心情の変化や努力もあってこそだけれども、シルヴァの働きかけがあったこそであると言い切っても、驕りではないだろう。
「……うん」
いきなり手を握られたシアンは恥ずかしそうに俯き、小さな声でそう返答した。小さなランプの明かりが、微かに赤らめたシアンの頬を照らしていた。
0
お気に入りに追加
670
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺おとば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる