傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

86 囚われた男

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「そうだ……。確かに僕は貴方を殺せない」

 せせら笑うバロットに、シルヴァは瞳を閉じて静かに言う。しかしそれは冷静なそれであり、違う言動をシルヴァに期待していたバロットは眉をひそめた。

「なら、仕舞うだけだ・・・・・

「――ッ!」

 シルヴァは彼に手をかざすと、『支配』の力を手繰り寄せ、バロットを中心にして『支配』の空間を形成した。ハーヴィンとの戦いにおいて、決死の中でシルヴァが創った、全ての物体が動きを止めることを強制されられる、物理的な完全静止空間――『支配の箱ヘルシャフト・カステン』。シルヴァはその中へ、バロットを閉じ込めた。

「これは……」

「……僕の推測に過ぎないが、貴方は僕の『支配』の力に対し、抗う術を持っている。だがそれは、直接貴方が僕に『支配』された場合のみ、発動できるものとみた」

「……『支配』、か」

 シルヴァの推論に、バロットはそう小さくぼやくと、それ以降は何も喋ることはなかった。

 『支配の箱ヘルシャフト・カステン』は対象を絶対静止空間で包囲する。それは全てが静止する領域の壁。バロットを直接支配下におくわけではなく、その周囲の空間を支配するために、前に彼を支配したときにシルヴァが吐血したようなことは起こらない。それがシルヴァの見解だった。そしてそれは間違ってはいなかったようだ。事実、今シルヴァは謎の痛みなどを感じないのだから。

 だがその技の性質ゆえに、バロットの呼吸が行える分の空気は、その箱の中で『支配』されていない僅かの量しかないのだ。それを無駄に喋って消費するというのは悪手である。

 つまるところ、バロットのその沈黙は正しい。けれど、その正しさに至るまでの道筋が不明瞭すぎる、とシルヴァは思った。彼は『支配の箱ヘルシャフト・カステン』の仕組みを知らないはずだ。勿論、箱の中の吸える空気が少ないことも。そんな状況下で無言という選択を取れているのは、悪運の強さ故だろうか。

「とりあえず、この人は捕まえた。……もう一人は」

「今ここで迎え撃つ、ってことだね」

 バロットの背後から刃を向けていたシアンは、シルヴァの言葉を悟ると、刃を収めて彼の隣へ移動する。シルヴァはうなずいて、血刀を構えた。

「……僕の『支配』の力の大半は、今あの男を捉えるのに使ってしまっている……」

「……分かった。私が肝ってわけね」

「そうだね。……くれぐれも、命の危機を感じたら逃げて欲しいけど……。そこは君の判断に任せる」

「了解」

 二人の意思疎通が終わったところで、丁度サラの気配が屋上まで上がってきた。シルヴァとシアンの目の前にある、鉄の扉。その壁の向こう側には下の階へ続く階段があり、今そこにはサラがいるのだろう。

 どう出てくるかは分からない。けれど、彼女が二人の目の前に出てくることは確かだ。シルヴァは息を呑んで、未だに扱える『支配』の力を準備し、血刀を握りなおして『虚無の短銃セフル・ラサーサ』の引き金に指をかけた。

「……くるっ!」

 シアンの引き締まった声が隣から聞こえる。

 途端に、目の前の扉が、いやその階段を覆う四角形の建物が吹き飛んで、中から一つの影が飛び出してきた。砂埃が舞う中、シルヴァは腕で目を少しかばいながらも、上に跳んだその影を目で追う。

 隣のシアンは、その影が上に跳んだと分かるや否や、地面を蹴った。空中に跳ぶその影を目掛けてジャンプし、鎌となった『液状武装』を握りしめる。シルヴァもそのシアンの背中を見ながら、『支配』の力を構えた。

 空中へと飛び出したシアンはサラの影へ向かって鎌を振るう。その瞬間、金属と金属がぶつかり合って、甲高い音が鳴り響いた。同時に、その衝撃によって砂埃が逃げるように晴れる。

「っ!」

 それは一瞬の邂逅だった。シアンの鎌とサラの刀、その二つはぶつかり相殺し合うと、その衝撃で二人は前後に反発する。サラは階段横の貯水槽の上へ、シアンはシルヴァの背後、すなわち手すり近くの屋上へと着地した。

「……まさか、とは思ったけど。本当に捕まってるとはね」

「……」

 シルヴァの『支配の箱ヘルシャフト・カステン』に囚われ、動けずにいるバロットを貯水槽の上から見下ろし、ぼそりとサラは呟く。それを聞いたバロットは少し恥ずかしそうに笑ったようだった。

「――ッ」

 その余裕をシルヴァは見逃さない。サラが乗っている貯水槽からには穴が穴が空いていた。先ほどの戦闘でシルヴァの魔弾が空けた穴が。

 シルヴァは『支配』の力で、貯水槽の中にまだ残っている水を支配下においた。そしてそれを、小さく空いた穴から勢いよく飛び出させる。

「!?」

 その勢いは途中で小さな穴を壊し、大穴を開けるほどだった。轟音と共になだれ出てきた水にサラは驚いて、その貯水槽から飛び降りる。

「……っ!」

 サラが貯水槽から飛び降りたその瞬間は格好の的といえよう。身動きのできず、ただ落下しかできない空中。それをシルヴァの『支配』する水流が捕らえることなど、できないはずがない。

 飛び降りたさらの左右から、その体を押しつぶすが如く水流を挟む形でぶつける。手ごたえはあった。サラは水流にもまれながらも脱すると、その下へと膝をついて着地した。

「面倒な能力……」

 そしてサラはシルヴァを睨んだ。余裕そうだけれど、確かにダメージは入った感覚はあった。シルヴァは先ほどの水流を、今度はサラの上から注ぎ落としにかかる。

「!」

 上から滝のように注ぎ落ち、膝をつくサラを押しつぶすかの如く着水する水流。けれど、そこにさっきのような手ごたえはなかった。シルヴァは不審に思ったすぐ後に、その『支配』の対象を変える。

 今の水流落としで飛び散ったいくつもの水滴。その空中に霧散した無数の小さな水の粒に、『支配』の力を作用させる。それは以前にもやった、砂埃を支配して敵を感知するようなものだ。砂か水か、その違いしかない。

 その『支配』された水滴はすぐに敵を感知した。シルヴァの左前。そこに視線を向けるも、何もいない。しかし宙に舞う小さく目に見えないほどの水滴は、確かに人がこちらへ駆けてくるのを感知している。屋上の床は水びたしである状況で、その上を走った際に生じる水しぶきや、その音をシルヴァの感覚は捉えていないのに、だ。

 水滴で感知した人の形。それはすぐにシルヴァの目の前まで迫ってきて、棒状のものを振るう。シルヴァは視覚と聴覚では捉えられないそれを恐れ、素早く身を引いて躱した。

 その瞬間、確かに目の前を何かが通った風を感じる。

「くそっ……!」

 やはり何かが、いや、あのサラという女が目の前にいるのだ。しかしそれを五感で捉えることはできていない。

 となると、考えられることはある程度絞られる。

「シルヴァ!」

 目に見えないサラと対面しているシルヴァの背後から、シアンの声が聞こえた。彼女はシルヴァの背後から跳んでくると、シルヴァの目には何も映っていない虚空を目掛けてで鎌を振るう。その場所は、まさしく水滴が人型を感知している場所だった。

 再び響く金属音。同時に今まで何もなかった場所にサラの姿が現れた。

 ……いや、現れたという表現は微妙に違う気がする。"サラがいたことをようやく認知できた"ような、頭の透明なもやが晴れたような感覚。

「くぅ……!」

 刀で相殺された鎌を見て、シアンは再び鎌を振るうも、至って簡単そうにサラの刀捌きに翻弄されて、すぐに弾かれてしまう。そんな中、シルヴァは『虚無の短銃セフル・ラサーサ』を構え、引き金を引いた。

 大きな音と共に発射される魔弾。それをすぐ感知したサラは、斬り合っていたシアンを刀で弾き少し吹っ飛ばす。それからすぐに自らへと放たれた魔弾を斬ろうと刀を振りかぶった。

「――」

 その魔弾には、さっきと同じくシルヴァの『支配』の力が込められていた。サラの刀が魔弾を真っ二つに斬ろうとした瞬間、魔弾はその刀の刃をよけるようにして軌道を変える。

 それを認識したサラはその瞳を大きく見開いた。

「曲がる……っ!?」

 刀を躱した魔弾は、再び軌道を変えてそのままサラ目掛けて飛んでいく。魔弾を斬りにかかるということは、すなわち魔弾を刀のリーチの中へと入れるということ。つまり、魔弾とサラとの位置関係は極めて近くにあり、

「い……っ!」

 それは避けるのには近すぎる距離だった。シルヴァの放った魔弾はサラの右肩へと命中し、サラは吹っ飛ぶ。

 背中を水浸しの床につけてもなお滑り、バロットが囚われている『支配の箱ヘルシャフト・カステン』の一辺の壁にぶつかって、彼女の体は止まった。

 それを『支配の箱』の中から見ていたバロットは、すぐそこで倒れ込んだサラうぃ見下ろすと、からかうようにせせら笑う。

「みっともねェな」

「……アンタがそれ言う?」

 バロットに笑われたサラは、透明な壁に閉じ込められているバロットをぎろりと睨みつけたのだった。
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