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第三章 コルマノン大騒動
85 銀の卵
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「……成長か」
背中を魔力の弾丸で打ち抜かれて膝をついているバロットは、シルヴァを見上げてそう小さく笑った。それとほぼ同時に、シアンが彼の背後に歩み寄って首元に槍を突きつける。鎌となっていた『液状武装』を今度は槍に変化させたのだろう。
「そうだな……。お前を言い表すなら、『金の卵』ならぬ『銀の卵』だ。もったいねぇなぁ……?」
「随分と余裕だね」
シルヴァは低くそう言うと、虚無の短銃の銃口をバロットの眉間に向けた。後ろにシアン、目の前にシルヴァがいつでも攻撃を加えられるように構えているというのに、バロットはその状況を悲観するどころか、どこか楽しそうにしているのだ。
何かがおかしい。この男からは危機感というものが感じられない。何か見逃していることがあるのか。
「……っ! 屋上に向かって近づいて来る足音がある……!」
シアンの獣耳がピクリと動いた。人間の耳では聞こえないような微小な音を感知したようだ。恐らくそれは階段を駆け上がってきている足音。そしてその音の主は十中八九――。
「あの女か……」
バロットとペアを組んでいた女。確かサラと呼ばれていた赤毛の女で、彼女は刀を武器にしていた。シルヴァはその刀という単語で、バロットに蹴られた際に血刀を手放してしまっていたことに気づき、屋上で転がっていたそれを『支配』の力で手元に戻す。
「どうする? サラ嬢がここに来るが……その前に、俺を殺っといた方が平和じゃあねぇかなァ」
シアンの言葉を聞いていたのはシルヴァだけではない。その二人の間にいたバロットにも、それは伝わっていた。
彼はそれを知るや否や、さらに楽しそうにシルヴァを見つめる。その瞳に映っているのは歪な好奇心。常人とは思えないほどに快が込められたその視線には、不気味さまでもをシルヴァに感じさせた。
シルヴァは舌打ちをしてバロットの胸倉を掴んで寄せると、銃口の先をバロットの額に押し付ける。
「貴方の目的はなんだ? 指図したのは誰だ? 早く言え!」
彼らがライニー家の刺客だということはシルヴァにも推測できていた。しかし比較的安全に問えるこの場面で、確かな証拠を得たかったのもあり、シルヴァはバロットにそのような愚問をしたのだ。
「だからてめぇは『銀』止まりなんだぜ……?」
銃口を突きつけられたのにも関わらず、バロットは再び噴き出した。そしてさらに、その態度に瞳を細くしたシルヴァの短銃を持つその手を自らの手で握ると、その銃口をより自分の額へと押し付けてみせる。ニヤリと歪んだ笑みと共に。
「殺れねぇだろ……? 分かるぜ……その肝っ玉、ブルブル震えてんだろ。このてめぇの腕の脈がとても元気じゃあねえか」
「……っ!」
シルヴァはそのバロットの過剰に押し出した態度に、一時だけだが、ほんのちょっとの瞬間だけだが、腰が引けてしまった。
この状況でさらに相手を煽るなんて、とてもじゃないが常軌を逸脱している。シルヴァはそんな自分の命の行先を顧みないバロットの行動が、とても異質である異種の恐怖を感じていた。そしてごくんと息を呑み、かすかに思考する。
――撃てないのは事実だ。僕はこの引き金を、無防備でひざまずいているこの男に引くことはできない。その手さえ震えていないものの、心臓は嫌な冷たさを発しながら、きつくドクドクと鼓動しているのを感じているからだ。苦しく、喉の奥底から冷たい息吹のような吐き気がのぼってきているのを、確かに感じている。僕には、この男を殺す勇気がない。
つまるところ、バロットの言うことは真実だったのだろう。バロットに向かって放たれた数発の魔弾。しかしそれらは、決してバロットの急所を打ち抜かなかった。打ち抜けなかった。
だからこそ、そのバロットの真実を射た言葉はシルヴァに混乱を招いていた。
「さァ……来るぜ。女狐が」
そうやって動揺するシルヴァを前にして、バロットは楽しそうに笑っていたのだった。
赤い妖狐の足音が、着々と近づいてきていた。
背中を魔力の弾丸で打ち抜かれて膝をついているバロットは、シルヴァを見上げてそう小さく笑った。それとほぼ同時に、シアンが彼の背後に歩み寄って首元に槍を突きつける。鎌となっていた『液状武装』を今度は槍に変化させたのだろう。
「そうだな……。お前を言い表すなら、『金の卵』ならぬ『銀の卵』だ。もったいねぇなぁ……?」
「随分と余裕だね」
シルヴァは低くそう言うと、虚無の短銃の銃口をバロットの眉間に向けた。後ろにシアン、目の前にシルヴァがいつでも攻撃を加えられるように構えているというのに、バロットはその状況を悲観するどころか、どこか楽しそうにしているのだ。
何かがおかしい。この男からは危機感というものが感じられない。何か見逃していることがあるのか。
「……っ! 屋上に向かって近づいて来る足音がある……!」
シアンの獣耳がピクリと動いた。人間の耳では聞こえないような微小な音を感知したようだ。恐らくそれは階段を駆け上がってきている足音。そしてその音の主は十中八九――。
「あの女か……」
バロットとペアを組んでいた女。確かサラと呼ばれていた赤毛の女で、彼女は刀を武器にしていた。シルヴァはその刀という単語で、バロットに蹴られた際に血刀を手放してしまっていたことに気づき、屋上で転がっていたそれを『支配』の力で手元に戻す。
「どうする? サラ嬢がここに来るが……その前に、俺を殺っといた方が平和じゃあねぇかなァ」
シアンの言葉を聞いていたのはシルヴァだけではない。その二人の間にいたバロットにも、それは伝わっていた。
彼はそれを知るや否や、さらに楽しそうにシルヴァを見つめる。その瞳に映っているのは歪な好奇心。常人とは思えないほどに快が込められたその視線には、不気味さまでもをシルヴァに感じさせた。
シルヴァは舌打ちをしてバロットの胸倉を掴んで寄せると、銃口の先をバロットの額に押し付ける。
「貴方の目的はなんだ? 指図したのは誰だ? 早く言え!」
彼らがライニー家の刺客だということはシルヴァにも推測できていた。しかし比較的安全に問えるこの場面で、確かな証拠を得たかったのもあり、シルヴァはバロットにそのような愚問をしたのだ。
「だからてめぇは『銀』止まりなんだぜ……?」
銃口を突きつけられたのにも関わらず、バロットは再び噴き出した。そしてさらに、その態度に瞳を細くしたシルヴァの短銃を持つその手を自らの手で握ると、その銃口をより自分の額へと押し付けてみせる。ニヤリと歪んだ笑みと共に。
「殺れねぇだろ……? 分かるぜ……その肝っ玉、ブルブル震えてんだろ。このてめぇの腕の脈がとても元気じゃあねえか」
「……っ!」
シルヴァはそのバロットの過剰に押し出した態度に、一時だけだが、ほんのちょっとの瞬間だけだが、腰が引けてしまった。
この状況でさらに相手を煽るなんて、とてもじゃないが常軌を逸脱している。シルヴァはそんな自分の命の行先を顧みないバロットの行動が、とても異質である異種の恐怖を感じていた。そしてごくんと息を呑み、かすかに思考する。
――撃てないのは事実だ。僕はこの引き金を、無防備でひざまずいているこの男に引くことはできない。その手さえ震えていないものの、心臓は嫌な冷たさを発しながら、きつくドクドクと鼓動しているのを感じているからだ。苦しく、喉の奥底から冷たい息吹のような吐き気がのぼってきているのを、確かに感じている。僕には、この男を殺す勇気がない。
つまるところ、バロットの言うことは真実だったのだろう。バロットに向かって放たれた数発の魔弾。しかしそれらは、決してバロットの急所を打ち抜かなかった。打ち抜けなかった。
だからこそ、そのバロットの真実を射た言葉はシルヴァに混乱を招いていた。
「さァ……来るぜ。女狐が」
そうやって動揺するシルヴァを前にして、バロットは楽しそうに笑っていたのだった。
赤い妖狐の足音が、着々と近づいてきていた。
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