傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

文字の大きさ
上 下
86 / 119
第三章 コルマノン大騒動

84 魔弾

しおりを挟む
「――ッ!」

 シルヴァは笑みを浮かべるバロットに対し、すぐさま手に持った虚無の短銃セフル・ラサーサの引き金を引いた。同時に体の中から力が奪われ、それらは『弾丸』に姿を変えてバロットに向けて発射される。

 バロットは後ろに跳び去りながら、一本のナイフを放たれた弾丸と相殺されるべく投げた。しかしシルヴァの弾丸はナイフを真正面からかち割り、勢いを緩めずバロットへと向かっていく。それを見据えながら、バロットは鉄の手すりに両足をつけ着地した。

「魔力を充填する銃か」

 バロットはそう言いながら瞬時に手すりに手をつける。同時に夜の暗闇の中に溶け込みそうな鈍い色の手すりは、その姿を完全に闇夜へ溶かした。――バロットの能力、『透化』が使われたのだろう。

 しかしその光景をシルヴァは不思議に思った。
 今更そんなことしたところで、戦況は変わらない。魔の弾丸は一秒もしないうちにバロットを貫き、吹っ飛ばすだろう。足場の手すりを透明にしたところで、どうすることも――。

 バロットは透明になった手すりを掴み、正面を向く。前には弾丸。もう数センチまで迫っていた。

「……っ!」

 その直後、バロットの姿が消える。そしてシルヴァの脇腹に入る激痛。それがバロットによる蹴りであったことに気づいたのは、吹っ飛ばされ貯水槽の下の支えの棒に体を打ってからだった。

 そのままバロットの姿はシルヴァの視界の中からも消える。――違う、消えたように見えるほど速く移動したのだ。

 この状況でバロットが高速で移動した訳。シルヴァはそれを高速化した頭の回転で理解し、すぐさま『支配』の異能を発動させた。

「後ろっ……!」
「!」

 シアンを狙って背後から彼女を奇襲したバロット。その蹴りはシルヴァにしたように彼女の脇腹へヒットすると思われたが、鈍い金属の音と共にその想像は裏切られる。

 バロットの死角からの蹴りを、シアンは自らの鎌で防いでいた。足をがっしりと構え、その蹴りの衝撃をどうにか受け止めている。その彼女の防御に、バロットもかすかに表情を変えた。恐らく彼女の『未来視』が発動し、奇襲を読み取ったのだろう。

 この時だ。シルヴァは『支配』の力を作用させた。

「くっ!」

 明後日の方向から微かに、唸り空気を斬る音がバロットへと近づいてきていた。それにバロットは寸でのところで気づき、その場所から体が弾かれるように動かしたが、少し遅かった。

 シルヴァの『支配』の力によって、制御され戻ってきた虚無の短銃セフル・ラサーサの魔弾がバロットの頬をかする。その弾はそのままシルヴァの上にある貯水槽を打ち抜き、その空いた穴から水が吹き出した。

「まだだ……!」

 シルヴァはよろめきながらも立ち上がり、再び虚無の短銃セフル・ラサーサの引き金を、今度は二回引いた。それはシルヴァの体から力――もとい、バロットの言っていたことが正しいとするなら、シルヴァの体から魔力を徴収し、それを弾に還元しかえて放った。

 しかし、その発射を見ていたバロットが、その弾に当たるはずがない。先ほどのように、その速い動きでそれらを優にかわすと、シルヴァへと屋上に滴った水を踏みしめながら駆け出した。外れた弾丸がバロットの能力によって消えた手すりのどこかを打ち抜き、金属音が響く。

「――っ!」

 さっきシルヴァの『支配』によって帰ってきた、一つの弾丸。それはバロットへの攻撃の意図も含まれていたが、それだけではない。

 あの弾丸はバロットの頬をかすめたあと、貯水槽を打ち抜いた。その結果、中の水が屋上へと溢れ出る結果となった。そしてその水は屋上を薄く張り、その上を駆けるものを音と飛沫で表すレーダーとなる。

 バロットの動きは速い。しかし二つの飛沫と音さえ分かればいい。その二つを感知できれば、その行く先を粗方予想できる。シルヴァは彼の行動に合わせ、自らの虚無の短銃セフル・ラサーサを握りしめた。そして、それに魔力をこめる。

「――っおおお!」
「なっ……!」

 今度は蹴りではなく、ナイフを手に持って刺しにかかったバロットの攻撃に、シルヴァは手の中にある虚無の短銃セフル・ラサーサを持ち替え、弾を発射する細長い場所であるフレームとバレルのところを掴み、グリップの部分でバロットへ殴りかかった。

 それはバロットのナイフとかち合い、お互いに相殺される。その勢いのまま、再びナイフで切りかかるバロット。一方シルヴァは振り下ろした虚無の短銃から手を離した。そのまま地面へと投げ出される短銃。それでもシルヴァは銃を持っていた手ではなく、もう片方の素手でバロットに殴りかかった。――この時、シルヴァの手から離れた虚無の短銃に、シルヴァは『支配』の力を込めていた。

 間髪入れず、シルヴァの手から離れた短銃から、闇を切り裂く火花が散る。シルヴァの『支配』の力によって、空中で引かれた引き金。そしてその引き金によって放たれた魔弾はバロットの持つナイフの刃を打ち抜き、それを砕いた。刃を失ったバロットの動きが一旦止まる。そんな武器で差し掛かっても意味はないと瞬時に悟ったのだろう。が、その判断は間違いだった。何故なら、バロットにはシルヴァの拳が迫っていたのだから。

「ぐ……っ!」

 シルヴァの拳がそのまま振るわれ、バロットに命中した。バロットの頬にシルヴァの渾身の拳が直撃し、彼はそのまま吹っ飛ぶ。そしてその先にいるのは、鎌を構えたシアン。

「これで……っ!」

 シアンは鎌を振りかぶる。バロットはそれに気づき、忌々しそうに噛みしめた。

「こんなとこで……っ!」

 バロットは吹っ飛んだままの状態で、懐から新たなナイフを取り出すと、それを屋上の床に突き刺して無理やり体の動きを緩めた。しかしそれだけでは止まるはずがない。突き刺したナイフが傾き、バロットの体がシアンの方へ吹っ飛びながら地面に落ちていく。

 それでもバロットは突き刺したナイフを手から離すと、再びナイフを取り出す。そして再び地面へと突き刺した。今度は完全に体を止めることに成功したが、その位置はシアンの鎌のリーチの内だった。

「……っ!」

 振り下ろされるシアンの鎌。バロットはそれでもあきらめず、ナイフを持った手に力を入れて、そのナイフを握る手を唯一の視点として、逆立ちをする。そしてそのまま体を前に倒して、ギリギリ鎌のリーチから逃れ、シアンの攻撃を躱した。

 体をしならせ、なんとかそのまま立ち上がったバロット。しかし彼は気づいていなかった。背後から近づく、二つの風を斬る音に。

 金属を打ち抜く二つの音。それに気づいて後ろを振り向こうとするバロットだったが、もう遅い。

「がっ……!?」

 シルヴァの『支配』によって操られ、戻ってきた二発の魔弾がバロットを背中から射抜いた。これはバロットをけん制するために、彼の視界の中でシルヴァが放った二発の弾丸だ。シルヴァは撃った時から、その二つの弾丸に『支配』の力を込めていた。

「なっ……!」

 背中を貫かれ、水の張った屋上に膝をつくバロット。そんな彼を見下ろしながら、シルヴァはゆっくりと歩いて近づいた。

「さっきぶりだけど、さっきとは違かったでしょ?」

 バロットは怪我を負った背中を抑え、そんなシルヴァを見上げる。その視線を受けて、シルヴァはさっきバロットがシルヴァ達にやってみせたように、薄く笑って見せた。

「よく分からないけど……。最近の僕は、自分の『成長』を感じられるんだ。そして今も、貴方のおかげで『成長』できた」

 以前、『オルレゾー』でゴルドという無精ひげの男と戦った時と同じ感覚を得ながら、シルヴァはそう言って虚無の短銃の砲口をバロットに向けたのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺おとば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...