傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

76 刹那の赤

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「いって……」

 シルヴァの『支配』によって倉庫の中へ吹き飛ばされた男――バロットは、舞い上がった何かの粉に悪態をつきながら立ち上がった。バロットが突っ込んだ倉庫は小麦粉か何かを保管しているところだったらしく、拍子にその袋が破けて中は白く煙っている。

「……あれは異能か?」

 小麦粉が辺りに舞う中、バロットはゆっくりと歩きながら目を細めた。

「『操作』……いや、それよりも上位の……いうなれば『支配者ルーラー』近いな……。久々に希少レアな異能だ」

 そう言い、彼はどこか楽しそうに笑みを浮かべたのだった。







 赤い長髪の女――サラはシルヴァ達の方へゆっくりと歩いて近づいてきていた。それに向かって構えるシルヴァに、シアンは小さく耳打ちをする。

「……あの二人が家に来た時、私の耳でも近づいて来る音が感知できなかった。あんなに静かだったなら、私の耳で少しぐらいは、例えば二人の人間が屋根伝いを渡る音とかの、そういう外の音が聞き取れるはずなのに……」

「つまり、隠密行動に、背中に気をつけろ・・・・・・・・ってことか」

「うん……。かなり手慣れてる・・・・・と思う」

 シアンはごくんと、その小さな喉を静かに鳴らした。シルヴァは恐る恐るといった感じで、ちらりと背後を見る。あの倉庫から男の方はまだ出てきていない。

 その一瞬だった。シアンの声が耳をつんざく。

「シルヴァッ!」

「――ッ」

 火花が散る。
 弾かれるように視線を前に戻したシルヴァの前には、シルヴァに向かって長い刀身を持った太刀を振りかざすサラと、それを槍で受け止めるシアンの姿があった。

 シルヴァはそれを見て、すぐさま腕を差し出し『支配』をサラにぶつけた。

「くっ……」

 サラは小さなうめき声をあげて、少し吹っ飛んだ。今回は完全に『支配』の力がサラに入ったわけではなくて、正確にはサラの体を弾いただけであり、いうなればかすっただけだ。さっき吹き飛ばせたほどの威力はなく、数メートル吹っ飛ばせただけでサラは尻餅すらつかずに持ちこたえた。

「ごめん……っ! けどまた一瞬で……!」

 シルヴァは差し出した右腕を下ろして、その不気味な疑問に背筋を凍らせる。シアンも槍を構えなおし、その矛先をサラへ向けた。

 シルヴァが後ろを警戒して振り向いた時間は一秒にも満たない一瞬。振り向く前にサラがいた地点は十メートルは離れていた。そこから走り出したとしても、あんなに速く接近し斬りかかるなんて不可能だ。

「私は見てたけど……一瞬で移動してる、っていうのは違うかも」

 じり、と足をずらし姿勢を低くしながらシアンは言う。シルヴァもそれを聞いて、今度ばかりは見逃すまいとサラをじろりと睨んだ。

「物理的な移動はしていない……けど、サラは実際移動している……。ハーヴィンの『蜃気楼』とはまた違う、空間跳躍に見せかけた何かってことか」

「……っ!」

 シルヴァがシアンの意見をもとに考えられるサラの能力をまとめると、シアンはずらした足で地面を蹴って、吹っ飛ばされたばかりのサラへと駆け出して行った。

 突然のシアンの特攻にシルヴァはたじろぐも、シアンはそれを見越していたかのように駆けながら叫んだ。

「私が前に出る! シルヴァは後ろでこの人のカラクリを見破って!」

「なっ……! く……っ!」

 シルヴァはシアンの突然誘発した危険な行動に対して何か言いたい気持ちをぐっと抑え、シアンの背中とサラをじっと見つめた。

 ここで取り乱しては、シアンの危険な行動を無謀な行動へと貶めることに繋がる。ここで一番ダメなことはこのチャンスを乱心で取りこぼすことだ。

 彼女に危険な前衛を任せ、自分は後方でそれを見守る。とてもかっこ悪いことだけど、それを嫌がって彼女の邪魔をすることはもっとかっこ悪い。

 シルヴァは絶対見逃さない、サラの持つ能力のカラクリを見定めるため、ほんの一瞬も見逃さない覚悟で意識を集中させる。

「――っ」

 シアンの槍の射程距離がついにサラを補足した。シアンは駆けながら、平然な姿で歩いて来るサラ目掛けて槍を右下から突き上げる。

 ――しかし。

「……えっ」

「ぐ……は……ッ!」

 シアンの槍は空を切り、代わりにシルヴァの目の前で血飛沫が飛び散った。そしてそれが自分の血液であると知ったのは、左腕を襲う激痛と視界の端でたなびいた赤い長髪を目視した、その刹那の後だった。
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