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第三章 コルマノン大騒動
73 装い
しおりを挟むシルヴァはひとまず両手を上げて、反逆の意思はないと示す。右手には『虚無の短銃』が握られているが、首元にナイフを突きつけられいる状況では流石に役に立たない。
それに――シルヴァは自分にナイフを突きつけている男を見る――シルヴァの前にいる男からは、ただならぬ威圧が放たれている。凍えるほどに冷たくて、それでいてドス黒い瞳がシルヴァを映していた。
「……目的は」
「連れていく。お前と、もう一人」
「……!」
シルヴァの視線は驚いて腰を抜かしたように布団の上に座り込んで、こちらを見上げているドルフへ向けられる。そんな彼に対し、シルヴァを襲撃した男は全く持って無反応だ。
つまり、今考えられる『もう一人』が誰かというのは。
「――っ! 分かった! 僕たちは抵抗しない! だから、ドルフさんたちには手を出すな!!」
その『誰か』が誰を示しているのか、結論にたどり着いたシルヴァは真っ先にそう叫んだ。しんと静まった真夜中の一室で、シルヴァ一人の叫びを妨害するものはない。当然、隣の部屋にも届いたはずだ。
男が侵入した際に、シルヴァの耳は他の音も捉えていた。普通ならば見逃してしまう程、小さく些細な音。それは隣の部屋から聞こえてきた。
「……」
侵入者の男はじっとシルヴァを見定めるかのように目を細めると、右手の『虚無の短銃』を取り上げる。シルヴァはそれを黙って見過ごした。
恐らく、侵入者は二人組。ドルフの部屋に入ると同時に、隣のニーナの部屋にも侵入している者がいるのだろう。これはシルヴァのほとんど根も葉もない推測であるのだけれど、それにも関わらず、シルヴァはその推測に対してどこか確信を得ていた。
その一つの理由として、彼は『もう一人』と言っていたこと。シルヴァ以外の一人。ドルフにはノータッチであることから、それに該当するのは隣の部屋にいるシアンかニーナ。恐らくシアンだろう。二人狙うなら一人よりも二人で襲撃した方が不透明なイレギュラーも少ない……のではないだろうか。シルヴァの個人的な見解であるし、やはり根拠と呼べる根拠はない推測だが。
「僕をどうするつもりですか」
「……おい、そこの男。何か羽織るものを持ってこい」
侵入者の男は立ち位置をシルヴァの背後に回るのと同時に、シルヴァの質問を完全に無視した。侵入者の男に指示されたドルフは恐れを顔に出しながらも、唾をのんで男の指示に従う。
ドルフは緊張に満ちた硬い足取りでタンスに向かい、中からハンガーにかかっていたこげ茶色のコートを取り出した。それを握りしめると、後ろからナイフを突きつけられたシルヴァのもとへ行き、手渡す。
「……羽織ればいいんですよね?」
「……」
「いてっ……」
シルヴァは背後でナイフを構える男に軽い調子で問うも、無言のままナイフの柄の部分で軽くどつかれた。無駄口は慎めということだろうか。全く余裕のない態度――否、ここはシルヴァに余裕を与えない立ち回りというべきだろう。どんな相手であれ、油断を見せず隙を与えない徹底ぶりだ。シルヴァは黙ってコートを羽織る。
この時点では、まだシルヴァの『支配』する能力で抵抗できることはできる。しかし、暗く戦闘員でもないドルフがいる比較的狭い部屋でおっぱじめるのは危険だ。だから、侵入者がシルヴァを殺そうとしない限り、まだ抵抗はしない。
男はシルヴァに『連れていく』と言い、わざわざドルフのコートを着させた。ということは、必ず外にシルヴァ達を連れ出すはずだ。その時が狙い目。反撃のチャンスということだ。
シルヴァは余裕を装いながらも、内心でゴクンと息を呑んだのだった。
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