傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

文字の大きさ
上 下
73 / 119
第三章 コルマノン大騒動

71 暗

しおりを挟む
 明かりの消えた街中。そこに溶け込むかのように、『食事処-彩食絹華』は一階の明かりも消えて、暗くしんと静まっていた。明かりのついている二階だけが、その暗闇から隔離されているようだ。

 その店の向かいにあるレンガ風の高い建物。その三階の、今は使われていない一室。そこは明かりすらついておらず、家具といえば申し訳程度に床へうっすらとついた埃のカーペットだけ。そんな土臭い場所で、一つの影が明かりのついた向かいの店の二階を窓から見下ろしていた。

「……男の方は相変わらずいるみたいだ」

 夜の闇よりも真っ黒な瞳で『彩食絹華』の二階を見下ろしていた男――バロットは同室にいるもう一人の女に知らせるようにぼやく。その女は窓の下で腰を下ろし、ぼーっと暗い天井を見つめていた。

 その女の様子を横目で見ると、バロットはため息さえもつかず、慣れた様子でその女の隣に腰を下ろし、窓の下の壁に背をつける。

「もう一人はいるか分からねぇな」

「……カウンターの向こう、厨房で小柄の女がいたわ。多分そいつでしょ」

 その女性――サラは赤毛を垂らしながら、面倒くさそうに言ってのけた。それを聞いたバロットはもう一度立ち上がり、窓から下の明かりのついた部屋を見下ろす。

「少しはやる気を出してくれねーかな」

 さらに「いつものことだけど」と小さくバロットは付け加えた。バロットとサラは少なくても、以前にも一緒に仕事がしたことがあるようで、お互いにその性格はある程度分かっているようだ。故に、その苦言も以前にも受けたのだろう。サラはその小言に全く反応せず、じっと座っていた。

 数分後。二つある二階の窓の内に、片方の明かりが消えた。少し遅れて、もう片方の明かりも消える。

 それを見たバロットはサラの方を見ると、くいっと指で合図をした。それをサラは全く明かりのない夜の一室にも関わらず、しっかりと認識してうなずいてから立ち上がる。そしてサラはそのままバロットの隣へと歩み寄り、窓から店を見下ろした。

「……なんというか、『汚い方』呼ばわりも納得しちゃいそうになるの」

 しゅん、と落ち込んだ雰囲気でくらく沈んだ金色の瞳で、サラは悲しそうに言う。

 それを聞いたバロットは、隣にいる彼女の横顔をちらりと見るが、すぐに視線を戻した。それからしばしの沈黙の後、少し気まずそうに口を開く。

「んだよ。毎度毎度、お前はくだらねぇことを気にするんだな」

「……」

 そのバロットの言葉には感情の起伏がほとんどのないものの、その内容は相手を煽っているものと思われても仕方のなかった。今日の『彩食絹華』での夕食で、バロットがサラに『汚い方』と呼んだ時のように、サラがバロットに噛みつき返してもおかしくはない。

 けれど、サラが選んだ答えは沈黙。その卑屈な態度にバロットは少し舌打ちをした。

「昔の方が面白かったな」

 ぼそりと呟かれたそれは、今までに言ったことのない、一見平凡なバロットの感想だった。ただ、それは二人の間においては『平凡』とは大きくかけ離れていた。そして、言った本人であるバロットはそれをしっかりと理解している。だから、バロットはこう・・なることをなから見越していて、その結果を勿論受け入れるつもりだった。

 闇の中で、サラの腕がバロットの胸ぐらへ伸びていき、そのまま掴むと窓へ叩きつけた。その衝撃により、窓に多少のヒビが入る。

 窓に叩きつけられたバロットの淀んだ黒い双眼が捉えたのは、サラの暗闇に光る金色の狐目。それは怒りに燃えて歪んでいた。

「本気で言ってんなら殺す」

「……そうだよ、それで良い」

 サラがぶつける憤怒の感情に、バロットはまるで何も感じていないようにさらりとそう言ってのけた。サラは一拍遅れて、自分の行動と口走った言葉に気づいて、乱暴に彼から手を離す。

「……どういう意味?」

「まんまの意味だ。限りなく本能に近い理性を抑えたところで、ただのその場しのぎにしかならねぇ」

 バロットの淀んでいて変わりもしない不変な瞳に気圧けおされたのか、サラはビクリと肩を震わせて慌てて後ずさった。大きな動作に伴い、床に落ちていた埃が虚空にぶわりと舞う。

 そんな彼女を見つめて、それからまた眼下の店へと視線を移したバロット。そしてすぐに踵を返し、出口へ向かいながら、バロットは先ほどと変わらない声色でサラに言った。

「殺すな、生け捕りだ。行くぞ」

 それを聞いたサラは少量の汗を頬に流して、両手を胸の前に持ってくる。しかしそれは瞬間的なことで、すぐにその腕を振り払ってバロットの後を追ったのだった。
 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺おとば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

処理中です...