傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

64 二つの眼

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 ドルフとニーナが料理を運んできた。シアンはそれを見て嬉しそうに手を合わせ、獣耳をピクピクと左右に揺らす。

「お待ちどうさまです」

 ドルフはその厳つい強面を綻びさせて、テーブルの上に料理を置いた。

 ニーナも少し神妙な顔つきをしながら料理を置く。その際にちらりと二人の方へ目を向けるも、そこに先ほどの気まずい空間がないことに気づき、内心胸を撫でおろした。それと同時に、その急激な雰囲気の変化を少し疑問にも思ったようだったが。

「唐揚げ定食と温玉うどん、です」

「どうも」

 ドルフの言葉にシアンはまた嬉しそうに返答する。

 そして料理と一緒に置かれた箸を持つと、手を合わせた。そして食べ始めるというところで、隣のシルヴァから何も反応がないことに気づく。

 彼の反応が薄いことに気づいていたのはシアンだけではない。料理を運んできたドルフやニーナもそれに気づいていた。
 彼ら二人もシルヴァの様子を不思議に思いながら、畳の上に上がる。

 それからついに気になった三人の中で、ドルフが彼に声をかけた。

「……どうしました?」

「……はっ」

 声かけと同時にドルフはシルヴァの肩を叩く。そこまでしてようやく意識を回帰させたシルヴァは、はっとして顔を上げた。

 そして目の前の光景を見て、状況をなから飲み込めたシルヴァは苦笑いを浮かべる。

「すみません……。なんでもないです……。ありがとうございます」

 シルヴァはそう言いながらテーブル越しに座る二人に軽く頭を下げた。それから両手を合わせ、隣のシアンに倣って箸に手をつける。

 と、そんなシルヴァにシアンはあえてちょっと寄り掛かって見せた。さっきのことを思い出し、少しドキリとしたシルヴァをシアンはジト目で見上げると、シルヴァにしか聞こえないほど小さな声で言う。

「ふーん……?」

 シアンの瞳に含まれたある種の圧。それはシルヴァを押しつぶすほど大きなものではなかったが、確かにシルヴァに届いている。

 彼女がシルヴァにかけている圧力――否、『期待』というべきか、その中身はシルヴァにもちろん伝わっていた。

「……なんでもなくはないです、はい」

「えへへ……」

 目を閉じて観念したようにシルヴァが言うと、シアンは獣耳を垂らし嬉しそうに、けれど少し恥ずかしそうに笑った。

 そんな二人を怪訝そうに見るドルフとニーナ。
 シルヴァはそわそわするシアンの隣で、一人赤面したのだった。







「許せない……!」

 豪華な内装の施された一室で、血のにじんだ包帯を体中に巻いている、歯の抜けた若い男――アントはそう叫びながら白いテーブルを力強く叩いた。

 その部屋には入り口に二人の執事、部屋の壁際に取り付けてある暖炉のそばに二人のメイドが立っている。

 部屋の中心に設置されているテーブルの周りのイスに座っているのは、アントとヒゲの生やした大きな腹の男――ステフ・ライニー、そしてやせ細った顔つきに金色の眼鏡をかけている女――リスチーヌ・ライニーだけだった。

「落ち着け、我が息子よ」

 いきり立つアントを父親のステフはテーブルに肘をつきながら宥める。その近くに座るリスチーヌも、彼の発言に便乗するように大きく咳ばらいをした。

 そんな両親の様子にアントは怒りの恨み言を喉の奥にしまい、拳を震わせながらもなんとかこらえた。それを見たステフは満足そうに自分のヒゲを撫でる。

「こういうこともあると思って、すでに準備しておるわ」

 ステフはそのままヒゲを触っていた手で、テーブルの上にある銀色のベルを鳴らした。
 その音が部屋の中に響くと、入り口のところにいた執事の一人が一礼の後、静かに退室する。それを見たステフは満足そうに鼻息をたてた。

「奴らの命も、今宵終わる」







 それは、ステフたちのいる部屋とは四部屋も離れた部屋だった。

 ベルの音を聞いて退室したその執事は、その部屋へ向かっていた。彼はその部屋のドアの前に着くと、緊張した面影でごくんと唾をのむ。
 意を決したところで、執事は右手でノックをした。

「失礼します。お仕事です――」

 ドアを開け、暗がりのある部屋に入った執事はその場で頭を下げて一礼する。

 ――直後、執事の体がいつの間にか閉まったドアに見えない力で押し込められ、磷付にされた。

 見えない力に押し付けられた執事は苦しそうに嗚咽を漏らす。
 それを見ていたのは、屋敷にある理由でステフ・ライニーに招待され、その客間で待機していた二人の男女のギラついた瞳だった。





「前の戦争で活躍した『英雄』だ」

 執事の去った一室で、ステフは唇をいやらしく上に曲げて言う。

「もっとも、今となっては……」

 ステフはそのまま、銀色のベルの横に置いてある、赤ワインの入ったグラスを持ち上げた。その香りをしばらく嗜むと、一口だけワインを飲んだ。それからそのグラスをテーブルの上に置く。

「ただの『大量殺人鬼』だがな」
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