63 / 119
第三章 コルマノン大騒動
61 シルヴァ、少し乱心する
しおりを挟む
「さて、私はここらでお暇させていただきます」
そう言って立ち上がったのは、さっきの貴族『ライニー家』の男の付き人として着たディヴィだった。
彼はそのままドルフの後ろを通り、畳のエリアから出て靴を履く。そして立ちながらトントンとつま先で地面を叩いて靴を足にはまらせると、ふとまだ畳にいる三人を振り返った。
「申し遅れましたが、さっき来た男は『アント・ライニー』。ライニー家当主『ステフ・ライニー』とその妻『リスチーヌ・ライニー』の一人息子です。覚えておいた方がよろしいかと」
「……うん。アント、ステフ、リスチーヌ……」
それを聞いたシアンは三人の名前を小さく呟きながら、覚えるように左手の人差し指、中指、薬指を右手の人差し指で重ねる。
デイヴィが言った『ライニー家』の親子。恐らくそれは貴族『ライニー家』の一つの親子にすぎず、その中心の家系はまだ王国にいるのだろう。ここで彼らに顔を覚えられたりしたら、ちょっと面倒ごとに尾ひれがつくかもしれない。
「私からも何か手を尽くしてみますが……」
「……それは厳しいだろう。アンタは奴さんたちのご機嫌を損なわないように気を張るぐらいでいい」
困ったように笑うディヴィにドルフはばっさりと言ってのけた。
確かにドルフの言う通り、ディヴィのような役人が貴族に物申すのには無理がある。役所にとって、『ライニー家』のような大きな貴族は客単価が最上の客でもあるのだ。つまるところ、税金をたくさん払ってくれるので、無為にすれば運営が成り立たなくなってしまうということ。
故に、貴族に向かって大きく出るわけにはいかないし、貴族の言うことを鵜呑みにするとまではいかなくとも、ある程度は容認する必要がある。
「そういうわけ。僕たちは僕たちで何とかするからさ」
「そう言っていただけると……。何か動きをつかめれば、また報告しますね」
ディヴィはシルヴァの言葉を受けて、ちょっとほっとしたような、でもどこか申し訳なさを含んだ笑みを浮かべた。それから額や頬に流れる汗を再びポケットのハンカチで拭くと、そのまま一礼して店を出ていった。
三人だけが残された畳の席。すでにそこにいないディヴィに続き、ドルフも立ち上がる。
「そういえばご飯、まだだったろ? また作り直すからさ、今日のお礼もかねて食べていってくれよ」
「ありがとうございます」
にやりと笑って二人を見下ろすドルフに、見下ろされた二人は笑ってお礼を言った。そのままドルフは畳を下り靴を履いて厨房の方へ消えていった。
ついに、畳の席はシルヴァとシアンの二人だけになる。
そんな中で、シアンはシルヴァを肘で軽くつついた。
「ねぇねぇ。そういえばさ、さっきは言い損ねちゃったけど」
「うん?」
獣耳をぴくぴくと嬉しそうに揺らしながら、体をシルヴァの方へ傾けるシアン。シルヴァは密着しそうなシアンの体に、ちょっとドキマギしながらも平静を装って聞き返した。
「ここのお店の料理、とっても良い匂いがするの。まだ作ってる過程だったけど、絶対おいしい料理がくるよ!」
そしてシアンはそのままシルヴァの体にもたれかかった。
「そ、それは楽しみ」
シルヴァはそう答えながらも、シアンの体が自分の体にもたれかかった瞬間に、自分の体臭や口臭は臭わないだろうか、とかそういう心配が色々と頭の中をグルグルとかき混ぜたあと、そのまま疾風で通り過ぎていった。
そんな心配が出てきた焦りからか、心なしか汗が出てきた気がする。シルヴァは今までになかった状況を前に、確実に混乱していた。
「し、シルヴァ?」
心配そうに下からシルヴァを覗き込んでくるシアン。シルヴァにはその彼女の青い瞳がいつもよりも綺麗で、しかも自分を溶け込んでしまいそうに思えて、思わず首を左右にブンブンと振り、煩悩を払いのける。
「大丈夫……大丈夫」
シアンに言ったはずの言葉。しかしそれは暗に、シルヴァ自身へ言い聞かせた言葉でもあった。
――無意識というものは、意識している側からすると耐えがたいものがある。そしてそれに耐えきれなかった場合には、無意識の相手を傷つけてしまう恐れが十分にあるのだ。
シルヴァはシアンに嫌われたくなかった。だからこそ、色々と沸き立つものを抑えて平常を装い続けたのだった。
そう言って立ち上がったのは、さっきの貴族『ライニー家』の男の付き人として着たディヴィだった。
彼はそのままドルフの後ろを通り、畳のエリアから出て靴を履く。そして立ちながらトントンとつま先で地面を叩いて靴を足にはまらせると、ふとまだ畳にいる三人を振り返った。
「申し遅れましたが、さっき来た男は『アント・ライニー』。ライニー家当主『ステフ・ライニー』とその妻『リスチーヌ・ライニー』の一人息子です。覚えておいた方がよろしいかと」
「……うん。アント、ステフ、リスチーヌ……」
それを聞いたシアンは三人の名前を小さく呟きながら、覚えるように左手の人差し指、中指、薬指を右手の人差し指で重ねる。
デイヴィが言った『ライニー家』の親子。恐らくそれは貴族『ライニー家』の一つの親子にすぎず、その中心の家系はまだ王国にいるのだろう。ここで彼らに顔を覚えられたりしたら、ちょっと面倒ごとに尾ひれがつくかもしれない。
「私からも何か手を尽くしてみますが……」
「……それは厳しいだろう。アンタは奴さんたちのご機嫌を損なわないように気を張るぐらいでいい」
困ったように笑うディヴィにドルフはばっさりと言ってのけた。
確かにドルフの言う通り、ディヴィのような役人が貴族に物申すのには無理がある。役所にとって、『ライニー家』のような大きな貴族は客単価が最上の客でもあるのだ。つまるところ、税金をたくさん払ってくれるので、無為にすれば運営が成り立たなくなってしまうということ。
故に、貴族に向かって大きく出るわけにはいかないし、貴族の言うことを鵜呑みにするとまではいかなくとも、ある程度は容認する必要がある。
「そういうわけ。僕たちは僕たちで何とかするからさ」
「そう言っていただけると……。何か動きをつかめれば、また報告しますね」
ディヴィはシルヴァの言葉を受けて、ちょっとほっとしたような、でもどこか申し訳なさを含んだ笑みを浮かべた。それから額や頬に流れる汗を再びポケットのハンカチで拭くと、そのまま一礼して店を出ていった。
三人だけが残された畳の席。すでにそこにいないディヴィに続き、ドルフも立ち上がる。
「そういえばご飯、まだだったろ? また作り直すからさ、今日のお礼もかねて食べていってくれよ」
「ありがとうございます」
にやりと笑って二人を見下ろすドルフに、見下ろされた二人は笑ってお礼を言った。そのままドルフは畳を下り靴を履いて厨房の方へ消えていった。
ついに、畳の席はシルヴァとシアンの二人だけになる。
そんな中で、シアンはシルヴァを肘で軽くつついた。
「ねぇねぇ。そういえばさ、さっきは言い損ねちゃったけど」
「うん?」
獣耳をぴくぴくと嬉しそうに揺らしながら、体をシルヴァの方へ傾けるシアン。シルヴァは密着しそうなシアンの体に、ちょっとドキマギしながらも平静を装って聞き返した。
「ここのお店の料理、とっても良い匂いがするの。まだ作ってる過程だったけど、絶対おいしい料理がくるよ!」
そしてシアンはそのままシルヴァの体にもたれかかった。
「そ、それは楽しみ」
シルヴァはそう答えながらも、シアンの体が自分の体にもたれかかった瞬間に、自分の体臭や口臭は臭わないだろうか、とかそういう心配が色々と頭の中をグルグルとかき混ぜたあと、そのまま疾風で通り過ぎていった。
そんな心配が出てきた焦りからか、心なしか汗が出てきた気がする。シルヴァは今までになかった状況を前に、確実に混乱していた。
「し、シルヴァ?」
心配そうに下からシルヴァを覗き込んでくるシアン。シルヴァにはその彼女の青い瞳がいつもよりも綺麗で、しかも自分を溶け込んでしまいそうに思えて、思わず首を左右にブンブンと振り、煩悩を払いのける。
「大丈夫……大丈夫」
シアンに言ったはずの言葉。しかしそれは暗に、シルヴァ自身へ言い聞かせた言葉でもあった。
――無意識というものは、意識している側からすると耐えがたいものがある。そしてそれに耐えきれなかった場合には、無意識の相手を傷つけてしまう恐れが十分にあるのだ。
シルヴァはシアンに嫌われたくなかった。だからこそ、色々と沸き立つものを抑えて平常を装い続けたのだった。
0
お気に入りに追加
670
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺おとば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる