傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

文字の大きさ
上 下
62 / 119
第三章 コルマノン大騒動

60 ライニー家

しおりを挟む
 『食事処-彩食絹華』の入り口の戸は閉まっていて、そこには『休業』という看板がかかっていた。

 その店の中は嵐が過ぎさった後のように静かな雰囲気に満ちている。

「ライニー家?」

 さっきまでシルヴァ達か座っていた畳の席。そこには今、シルヴァ、シアンと続いて、この店の料理人であり店主の男――ドルフが向かい合って座っており、その隣にはさっき店内で暴れていた男の付き人として来ていた男――ディヴィがいた。

「ええ……。私どもも、困っておりまして」

 小太りのディヴィはポケットから出したハンカチで汗を拭きながら、苦い笑いを浮かべる。

「先日、この町『コルマノン』に越してきた貴族です。町中に新しく大きな屋敷を建てて、そこに住み始めたのです。自らの身分のコネと金をバラ撒きながら」

 さきほどずぶ濡れになっていた女性店員のニーナは料理人ドルフの娘であり、今は店の二階で着替えている。どうやら彼らは普段は一階で店を開き、二階で生活しているようだ。いわゆる、二階は居住スペースというところか。

「つまるところ、奴らは引っ越してきた途端からイキリ散らしてるってことね」

 シルヴァはため息をつきながら彼らの言ったことを簡単に要約した。その言葉にドルフとディヴィは困ったようにうなずく。
 ディヴィは語った。

「ええ……。私は町の役人なのですが、越してくる前に王国の方から彼らを優遇しろ、と釘を刺されましてね……」

 そう言いながら頭をかくディヴィに、その隣に座って腕を組んでいるドルフはため息をつく。

 まあよくある職権乱用ならぬ、貴族の思い上がりによる弊害だろう。『貴族の思い上がり』だけならまだ良いが、それに王国からのお墨付きがつけば、ただの自惚れではなくなる。その態度に王国という大きなバックがあるせいで、ただの『思い上がり』は事実になってしまった。

「大変だね……」

 シアンは目と獣耳を伏せる。

 さっきの出来事の中で彼女の帽子は脱げてしまった。だから今、シアンは帽子を膝の上に乗せている。
 再び帽子を被らないのは、恐らくこの状況下でシアンの『獣耳』について悪い言及をするようなことはないと判断したからであろう。

「……貴方たち、悪いことは言わない。この町から早く出た方がいい」

 ディヴィはハンカチをしまい、二人を真剣な表情で見据える。
 その視線を受けて、シアンは二人へ聞いた。

「やっぱ、その貴族に嫌われた人がひどい目にあったりしたの?」

「……いや、違う」

 その質問に答えたのはさっきまで黙っていたドルフだった。それに続くように、シルヴァが言う。

「多分、その前例がないんだね。貴族の反感を、僕たちみたいに真っ向から買った人は今のところ出ていない」

「そういうことだ」

 シルヴァの言葉にドルフはそういってうなずいた。その隣に座るディヴィも困ったように薄ら笑いを浮かべる。

 正直、彼らの言葉だけではさっきの顔面が崩れた男を含む貴族『ライニー家』がどれほどの権力を持っているかは計り知れない。しかし、もしもの事態を想定して、想像よりも一回り程危険であると考えておいたほうが良いだろう。

 ただ、シルヴァには少し思うところがった。シルヴァはちらりと隣に座るシアンを見る。真剣な表情をしているが、焦りなどの感情は少なくても外見からは把握できない。

 その横顔を見てシアンも同じ感覚に陥っているとシルヴァは推測した。
 シルヴァとシアンが感じている『感覚』。それは危険に対して鈍くなっているということ。いわゆる『油断』に近い感情だった。

 二人は昨日、ハーヴィンを筆頭に、それとは漠然と次元が違うアレンと殺陣傀儡の圧を目の当たりにしていたのだ。ハーヴィンクラスでさえ、普通に生きていれば遭遇できないぐらいの規格外な強者だったはずなのに、それ以上のものを見てしまった。

 故に、二人の中で『危険』の基準がほんのそこらの貴族程度に対してでは揺るがない。『ライニー家』が雇っているであろう私兵か何かが襲い掛かってこようとも、恐らくハーヴィンを相手にする方がつらいだろうし。

「……まあ、『何をされるか分からない』という点では看過できないね」

 シルヴァはそんな思いを抱きながらも、手を顎の前につけた。どれだけこちらに分があるとみても、やはり前例がなく具体的なことが分からないとなると、ちょっと不安になる。

 そんなシルヴァの隣で、シアンは彼に向かって口を開いた。

「シルヴァ、思ってること言ってもいい?」

「いや、たぶん僕も……」

 同じことを思ってるよ、と言いかけたところでその言葉を飲み込んだ。そしてすぐに言い直す。

「どうぞ。ぜひとも」

「うん。あのさ、私たちが今日ここを去ったとしたら、さっき押しかけてきた貴族の怒りはどこに行くのかな? このお店の人たちに向かっちゃいそうじゃない?」

「……そうなる可能性は高いな」

 シアンの言葉を聞いて、シルヴァはそれに肯定する。同時に、シルヴァとシアンの基本的な考え方の違いが少し垣間見えた気がしたのだった。

 シルヴァの考えとして、まずは身の安全を考えて思考を進めていた。自分の感じている余裕とその危険性。
 しかしシアンは、恐らくそういう感覚も持ち合あせていたのだろうけれど、シルヴァが保身を考えているころ、彼女は自分たちではなくドルフやニーナたちの、つまり他人の心配をしていたのだ。

 自分よりも他人。その思考がシアンには根付いている。シルヴァにはとても真似できない優しさだ。

 けれど、そうやってシアンに対して誇りのようなものを感じる反面、シルヴァはシアンにもう少し自分のことも大切にしてほしいと思った。そのシアンの思考回路の根本は生まれや境遇が関わってきているのだろう。獣人という、差別の対象となって軽蔑され蔑まれていく中で、無意識化に自分の存在がぞんざいになってしまっているのかもしれない。

 そこまで考えたシルヴァだったが、頭を振ってとりあえずその思考は振り払う。今考えるべきことではない。しかもこれはシルヴァがそう思っているだけのものであり、必ずしもそうとは限らないのだ。

 シルヴァは話題を、シアンの言ったお店に対する人的被害に対して切り変えた。

「うーん。こういうのは元を絶つ、っていうのが一番安全だと思うんだけど……」

「……それは厳しいですなぁ……」

 それができればすでにやっているだろう。ディヴィの苦い表情の返答を見て、どうしたものかと再び悩んだ。

「とりあえず、今日この町を出るのは悪手っぽいよね」

「うん」

 シルヴァは軽く息を吐きながら、後ろへと姿勢を緩く乱した。隣のシアンも彼に倣って、肩の荷を下ろしたかのように姿勢を軽くする。

「……すまないな。この店に入ったばかりに」

 そんな二人にドルフは申し訳なさそうに言った。ぎょっとしてシルヴァは姿勢を戻して反論する。

「いやいや、貴方が謝ることじゃない」

「それは分かってはいるんだがな。でもこの状況じゃ、お客さん、アンタらは完全に巻き込まれなくてはならないじゃないか」

 ドルフの言葉に二人は一瞬見合わせるが、その後すぐに小さく笑った。

 ドルフの言う通りだ。どうであれ、このままこの問題を野放しにて去ることはできそうにない。それはとてもかっこ悪いことだし、もし全てを放棄して去ったとしたら、そのことを長い間ひきずって生きることになる。要するに、とても後味が悪くなる。

「あくまで善意だけどね。ま、こればかりは仕方ないさ」

 シルヴァがそうやって笑みをドルフとディヴィに向ける。その笑みを受けた二人は、つられるようにして小さく微笑んだのだった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺おとば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...