傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

56 落ち込む

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「……んん」

 肩を落とし心底反省しているシルヴァの前で、シアンは咳ばらいをして再び姿勢を正し、正座しなおした。

 シルヴァはそんな彼女をちらりと、申し訳ないという気持ちではち切れそうになりながらも見る。シルヴァの視線を受けたシアンは、ちょっとうろたえた後に、視線をメニューの描かれた板へ向けて指をさした。

「シルヴァは何にする?」

 えへへ、と気まずそうに笑うシアンを見て、シルヴァはさらに心苦しさで押しつぶされそうになる。彼女は彼女で、シルヴァの発言にちょろく調子を崩されており、まるでひと欠片も傷ついていないのだが、そんなことをシルヴァは知るよしもない。

 シルヴァは肩を落としながら、軽く品目を横目で見据える。それからすぐに応えた。

「どんより……うどんより」

「……何言ってるの? うどんでいいの?」

「温玉うどん……」

 ぼそぼそと元気なくぼやくシルヴァに、今度はシアンが怪訝そうな目で彼を見つめる。シルヴァはそんな彼女の視線を受けて、流石に気を持ちなおそうと、まずは姿勢を正した。それからシアンと面向かうと、瞳を閉じて息を吐くと、また瞳を開ける。
 そして軽い微笑みを浮かべながら、シアンに聞いた。

「シアンは何にするの?」

「私? 私ね、唐揚げ! 唐揚げ定食かなー!」

 質問を受けたシアンはすごく楽しそうに、にこーっと笑って答える。そんなシアンがシルヴァにはとても眩しく見えた。
 獣人であるシアンを取り囲む差別。それを前にしても、シアンは笑っている。そんな彼女の気丈さは、シルヴァにはないものだ。

 だから、なのだろうか。自分が周りからいわれもない風評でけなされる。その状況の中で、確かに笑える彼女の姿は、シルヴァにはとても痛々しく思えてならなかった。

「そう……。店員さーん!」

 シルヴァは小さく笑って、カウンターの方へ手を上げる。
 シルヴァの声に連れられて、さっきの女性店員が二人の席の近くまで歩いてきた。

「はい。ご注文がお決まりでしょうか?」

「唐揚げ定食と温玉うどんで」

「温玉うどんの麺には『硬め』と『普通』がありますが……」

「うーん。『硬め』でお願いします」

「かしこまりました。こちらおしぼりです。それではしばしお待ちくださいませ」

 二人の前におしぼりを置いて、店員は言われたメニューをエプロンのポケットの中に入れていた伝票に書き込んだ。そして一礼すると、その伝票を持ってカウンターの方へ消えていく。

「シルヴァは麺は『硬め』が好きなの?」

「一応。そこまで拘りがあるわけじゃないけどね」

「ふーん。私もね、『硬め』が好きだよ!」

 えへへ、と愉快そうに笑うシアン。それを見てやはり責を感じ、両手で顔を覆いかぶすシルヴァ。

 健気だ。

 そう思いつつ、自らの浅はかさに心の中でのたうち回るシルヴァであった。
 そんな彼も、はたから見れば両手を顔につけて、そのまま固まっているようにしか見えないわけで、それを見ているシアンは心配そうな顔でシルヴァに尋ねる。

「えーっと……大丈夫?」
 
「……ごめん。ちょっと外す」

 大きな瞳を僅かに細めて首を傾げるシアンを前に、意識を現実へと回帰させたシルヴァは頭を下げて立ち上がった。それからよろよろと歩き出し、畳のゾーンから出て、一段下にある自分の靴を履く。そしてそのまま店のお手洗いへと向かったのだった。

「……?」

 シルヴァの考えているほどそこまで落ち込んでいるわけでもなく、それどころかシルヴァのひょんな一言によって、かなり上機嫌になっていたシアン。
 彼女はシルヴァの不可解な行動に、ただただ疑問符を浮かべていたのだった。
 

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