傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

55 帽子

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「いらっしゃい」

 がらがらがら、と戸を開けると、カウンターの向こう側にいたおじさんがシルヴァ達に向かって言った。恐らく料理人だろうか。奥の方にいた女性の店員がその声に反応し、シルヴァ達の方へ歩いて来る。

「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」

 目の前にやってきた女性店員は、にこやかに笑みを浮かべて席の方へ手を向けた。
 シルヴァは軽く腰を折って礼をし、シアンは少しそんな店の人たちを凝視すると、被っていた帽子をより深くかぶる。それを横目で見ていたシルヴァはそんな彼女の行動を疑問に思いながらも、席の方へ目を向けた。

 そこには通路とは一段ほど高くに畳の段があって、その上に座布団と低いテーブルが用意されていた。どうやらこのお店は一般的な椅子とテーブルを用いたレイアウトではなく、靴を脱ぎ畳の上で座って食べる感じのようだ。木造建築がメインの町ではこの店のように靴を脱いで畳の上で食事をすると、シルヴァは聞いたことがある。なるほど、この店はその文化をリスペクトしているみたいだ。

 シルヴァ達はその席に近づくと靴を脱ぎ、机を挟んで向かい合うかたちで座った。
 そのちょっと後に、女性店員が水の入ったコップをお盆に乗せて持ってきて、それらを向かい合って座る二人の前におく。

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びくださいませ。メニューはそちらからご覧ください」

 そう言って、その店員はカウンターの上にある壁の方へ手を向ける。
 二人がその誘導に従って壁を見ると、白い壁の上の方に文字の書かれた板がずらーっと並んでいた。店の看板と同じように、達筆な文字で黒く書かれている。

 店員がお辞儀をして去っていく中、シアンはシルヴァに言った。

「ねぇねぇ、なんかちょっと本格的なお店だね。私初めてだよ」

 そう言いながら料理の項目を嬉しそうに見ているシアン。シルヴァもそれに倣ってメニューを覗いてみる。

 料理品目は生姜焼き定食からうどんなどの麺類、さらにデザートまである。その名目の下に値段も書いてあるのだが、その料金は他と比較してもたいしてお高くはない。

 しかし雰囲気は高位で地味ながらもきらびやかなものが漂っている。窓を締め切り、代わりに天井には光を放つ『光魔石』を加工し埋め込まれていた。その明かりが涼し気な雰囲気の後押しをしている。

「そうだね」

 シルヴァも小さく笑って、店員が持ってきてくれた水に手を伸ばした。

 シアンを見ると、楽しそうにメニューを閲覧している。シルヴァはちょっとの間それを黙ってみていたが、さっき疑問に思っていたことを意を決して尋ねた。

「そういえば、なんで帽子を取らないの?」

「……それはさ、その」

 シルヴァの言葉を聞いたシアンは料理品目から目を離し、澄んだ瞳で彼を見つめた。
 そして、顔を反らして小さく言う。

「私、獣人だから……。君に迷惑かけちゃう」

「……あー」

 悲しそうに身を小さくするシアンを見て、シルヴァは考えの及ばなかった自分を心底憎んだ。

 『オルレゾー』の町でシルヴァ自身が目撃したことを考慮して、彼女の心情を全く量れていなかった。あの町を出てからすぐに出会ったアレンやカレン、ハーヴィンまでもが、シアンが獣人であることに対して攻撃的な姿勢をしなかったのだ。それがシルヴァの脇を甘くしたのかもしれない。

「えへへ……ごめんね」

 唇をかみしめるシルヴァに、シアンは力なく笑う。

 いやシアンに非はない。配慮が全く持って足らなかったシルヴァが駄目だったのであり、さらに言えば人間と獣人を隔てる世の中の仕組みそのものがいけないのだ。その人個人に間然かんぜんはない。
 シルヴァはすかさず立ち上がって、悲しそうなシアンへ助言を投げた。

「い、いや! 君が謝る必要なんてないよ! いつか世の中だって、獣人に理解を持つものに変わっていくんだしさ! シアンはかわいいから、すぐに偏見もなくなるって!」

 必死になってシアンを励まそうと、大きく腕を動かしながらシルヴァは語った。そんなシルヴァの語りに、シアンは彼から体勢を背ける。

 失敗だった……、と一人静かに肩を落とし、座布団の上に腰を下ろして、シルヴァは自らの不甲斐なさに思わずため息を。
 そんな彼の見えないところで、シアンは顔を赤く染めて、

「か、かわいい……かぁ……」
 
 と、静かに嬉しそうにニヤけていたのだった。 
 
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