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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』
52 至高の朝
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結局、その地下室で一夜を過ごした一行。四人分の布団も用意されていて、さすがに風呂には入れなかったが、三人それぞれ快適な就寝ができた。
「……そういえば、ハーヴィンの部下たちはどうなったのかな?」
アレンが用意してくれた朝食を三人が食べている中、シアンが眠たげな眼でそう呟いた。
そういえば、ハーヴィンは私兵を持っていた。シルヴァやシアンによって倒れた私兵もいたが、ハーヴィンの憑依の余波により倒れた私兵もいて、なかなかと犠牲者は多かった気がする。死人は出ていないと願いたい。
そんなシアンの疑問に、アレンは何の凹凸もなくさらりと返した。
「俺たちが気にすることじゃないでしょ。あいつらは自ら雇われることを了承したんだし、その過程で潰れようがそいつの責任さ」
「随分と手厳しいね」
「まあな。そう割り切らないとキリがないから」
苦笑交じりのシルヴァの指摘にも、平然として答えるアレン。
アレンもアレンで、冒険者時代に色々な出来事に直面してきたのだろう。含蓄がある、というべきか。そういうことに関して、アレンのそんな素早い判断と共に繰り出される言葉には、なかなかの説得力が滾っている気がした。
そんなこんなで、朝食も取り終えた。
雑談をしながら食後の紅茶を呑み終えたシルヴァは、シアンへと目を向ける。シアンはその視線に気づいて、うなずいた。
シアンにも伝わったところで、シルヴァは席を立つ。それに倣ってシアンも立ち上がった。
そんな二人を見上げて、アレンは手短に言う。
「もう行くの?」
「うん。世話になったね」
アレンがシルヴァに向かって手を差し伸べる。それに対してシルヴァは笑ってその手を握り返した。
「俺の方こそ世話になった。いつかまた、君たちと会えたらいいね」
アレンはそう言って、シルヴァの瞳を見つめる。それを受けて、シルヴァはふわりと考えていた。
彼と会ってから色々な出来事があった。それでも、アレンと出会った未だ一日しか経っていないのだ。時間の流れというのは、その密度によって体感的に変わってくるものらしい。個人的にはもっと多くの時間を彼と一緒に過ごしていると思っていた。改めて考えると、かなり短い付き合いだった。
シルヴァの手からアレンの手が離れる。シルヴァはそれを色々と浮かぶ考えと共に見つめていた。
アレンという強者でさえ到達できなかった、死者を蘇らせるということ。それは太古からの人々の願望だったともいえる。それが今の今まで、アレンでさえ達成できなかったとするならば、やはり人間というのは世界に蔓延る生死の循環には逆らえないのかもしれない。
「シアンも、姉貴と仲良くしてくれてありがとうね」
「……うん。こちらこそ」
アレンの手がシアンへと伸びる。姉貴、という言葉にピクリと獣耳を震わせたシアンは、少し瞳を濡らしながらも、最終益には笑顔でその手を取った。
そうだ。二人が世話になったのはアレンだけではない。一時的で不安定だったカレンからも、受け取った大きなものがある。それはシルヴァとシアン、二人だけだったら気づくのが遅れていたか、そもそも気づけなかった二人の仲の相違。それを教えてくれたのが、カレンだった。
「それで、これからどこに行くの?」
シアンと手を離し、アレンは二人を見つめて言った。
それを聞いたシアンは何か口を開こうとするが、すぐにやめてシルヴァの方を見る。
アレンと会う前――街を出た直後では、シルヴァは獣人と人間が共存するという町、『サンレード』へ向かうことを目標としていた。だから道のり的に、次に向かう先は『コルマノン』だったはずだ。
けれど、
「そうだね。『コルマノン』に行って、それから……」
シアンの瞳が少し心配そうにシルヴァへ向けられていた。シルヴァはそのままアレンへ言ってのける。
「五大都市のひとつ、『カルカイム』に向かおうかなあ、って思ってる。冒険者業が盛ん、って聞いたことがあるからね」
「……!」
それを聞いてシアンは瞳を見開き、嬉しそうに獣耳をピンと立たせた。シルヴァは横目で彼女を見ると、ニヤリと笑って見せる。
「そう」
アレンは少し口惜しそうな表情をしていたが、瞳を閉じて自らの紅茶の入ったカップを飲み干した。
そして立ち上がると、先の口惜しそうな表情とは打って変わって、にこやかに笑って二人を出口へと手で導く。それから、一礼して言った。
「どうぞ。良い旅を、ね」
地下室を出ると、朝の光が二人に降り注いだ。シルヴァは思わず快晴の空に手をかざす。
空はいつも以上に雲一つない青い空なのに、地上には家の残骸が散らばる非日常的な光景が広がっていた。それを見てシルヴァは昨日の出来事が実際に目の前で起こっていたことなのだと改めて認識し、胸の奥にじわりと膨らんでいくものを感じていた。
「……あっ!」
ふいにシアンが短い叫び声をあげた。何事かとシルヴァが聞く前に、シアンは前へと駆け出していく。彼女が何かを見つけたようだ。
「……?」
シルヴァは不思議に思ってその後を続いた。
シアンは駆け出した先でしゃがんで、瓦礫の下にある何かを引っ張り出していたようだ。その時点でシルヴァは彼女のもとにたどり着き、背後からシアンが引っ張り出したものを覗き込む。
「それって……」
シアンが一生懸命瓦礫の下から引っ張り出していたものは、かつてシルヴァが彼女に買った黒い帽子だった。
思い返してみれば、街道上でシアンから預かった後、ずっとシルヴァが持っていた。そしてカレンに連れられアレンの家についたとき、流れでそのままアレン家にあった棚の上に置いて、そのままだったのだ。
「えへへ……。まさか見つかるなんてなあ……」
帽子に着いた砂埃を払って、シアンはそれを両手で持ち上げる。それから手の中で回転させて、帽子の損傷具合を確認していった。
それを後ろから立ち尽くして見ていたシルヴァはしばらくきょとんとしていたが、意識を回帰させると小さく笑う。そして言った。
「まだ使ってくれるの?」
「当たり前だよ」
奇跡的に、それほど損傷はなかったらしい。シアンは嬉しそうにその帽子を頭に被ると、「えへへ」と嬉しそうにほほ笑んだ。
「耳、蒸せたりしない?」
「蒸せたら外すよ」
シルヴァの言葉にシアンは返すと、その場で立ち上がった。
そしてシルヴァの方へ振り替えると、左手で帽子を押さえながらシルヴァに右手を差し伸べ、笑顔で言ったのだった。
「さ、次の町に行こうよ!」
第二章 大魔導書『神々の終焉讃歌録』 完
「……そういえば、ハーヴィンの部下たちはどうなったのかな?」
アレンが用意してくれた朝食を三人が食べている中、シアンが眠たげな眼でそう呟いた。
そういえば、ハーヴィンは私兵を持っていた。シルヴァやシアンによって倒れた私兵もいたが、ハーヴィンの憑依の余波により倒れた私兵もいて、なかなかと犠牲者は多かった気がする。死人は出ていないと願いたい。
そんなシアンの疑問に、アレンは何の凹凸もなくさらりと返した。
「俺たちが気にすることじゃないでしょ。あいつらは自ら雇われることを了承したんだし、その過程で潰れようがそいつの責任さ」
「随分と手厳しいね」
「まあな。そう割り切らないとキリがないから」
苦笑交じりのシルヴァの指摘にも、平然として答えるアレン。
アレンもアレンで、冒険者時代に色々な出来事に直面してきたのだろう。含蓄がある、というべきか。そういうことに関して、アレンのそんな素早い判断と共に繰り出される言葉には、なかなかの説得力が滾っている気がした。
そんなこんなで、朝食も取り終えた。
雑談をしながら食後の紅茶を呑み終えたシルヴァは、シアンへと目を向ける。シアンはその視線に気づいて、うなずいた。
シアンにも伝わったところで、シルヴァは席を立つ。それに倣ってシアンも立ち上がった。
そんな二人を見上げて、アレンは手短に言う。
「もう行くの?」
「うん。世話になったね」
アレンがシルヴァに向かって手を差し伸べる。それに対してシルヴァは笑ってその手を握り返した。
「俺の方こそ世話になった。いつかまた、君たちと会えたらいいね」
アレンはそう言って、シルヴァの瞳を見つめる。それを受けて、シルヴァはふわりと考えていた。
彼と会ってから色々な出来事があった。それでも、アレンと出会った未だ一日しか経っていないのだ。時間の流れというのは、その密度によって体感的に変わってくるものらしい。個人的にはもっと多くの時間を彼と一緒に過ごしていると思っていた。改めて考えると、かなり短い付き合いだった。
シルヴァの手からアレンの手が離れる。シルヴァはそれを色々と浮かぶ考えと共に見つめていた。
アレンという強者でさえ到達できなかった、死者を蘇らせるということ。それは太古からの人々の願望だったともいえる。それが今の今まで、アレンでさえ達成できなかったとするならば、やはり人間というのは世界に蔓延る生死の循環には逆らえないのかもしれない。
「シアンも、姉貴と仲良くしてくれてありがとうね」
「……うん。こちらこそ」
アレンの手がシアンへと伸びる。姉貴、という言葉にピクリと獣耳を震わせたシアンは、少し瞳を濡らしながらも、最終益には笑顔でその手を取った。
そうだ。二人が世話になったのはアレンだけではない。一時的で不安定だったカレンからも、受け取った大きなものがある。それはシルヴァとシアン、二人だけだったら気づくのが遅れていたか、そもそも気づけなかった二人の仲の相違。それを教えてくれたのが、カレンだった。
「それで、これからどこに行くの?」
シアンと手を離し、アレンは二人を見つめて言った。
それを聞いたシアンは何か口を開こうとするが、すぐにやめてシルヴァの方を見る。
アレンと会う前――街を出た直後では、シルヴァは獣人と人間が共存するという町、『サンレード』へ向かうことを目標としていた。だから道のり的に、次に向かう先は『コルマノン』だったはずだ。
けれど、
「そうだね。『コルマノン』に行って、それから……」
シアンの瞳が少し心配そうにシルヴァへ向けられていた。シルヴァはそのままアレンへ言ってのける。
「五大都市のひとつ、『カルカイム』に向かおうかなあ、って思ってる。冒険者業が盛ん、って聞いたことがあるからね」
「……!」
それを聞いてシアンは瞳を見開き、嬉しそうに獣耳をピンと立たせた。シルヴァは横目で彼女を見ると、ニヤリと笑って見せる。
「そう」
アレンは少し口惜しそうな表情をしていたが、瞳を閉じて自らの紅茶の入ったカップを飲み干した。
そして立ち上がると、先の口惜しそうな表情とは打って変わって、にこやかに笑って二人を出口へと手で導く。それから、一礼して言った。
「どうぞ。良い旅を、ね」
地下室を出ると、朝の光が二人に降り注いだ。シルヴァは思わず快晴の空に手をかざす。
空はいつも以上に雲一つない青い空なのに、地上には家の残骸が散らばる非日常的な光景が広がっていた。それを見てシルヴァは昨日の出来事が実際に目の前で起こっていたことなのだと改めて認識し、胸の奥にじわりと膨らんでいくものを感じていた。
「……あっ!」
ふいにシアンが短い叫び声をあげた。何事かとシルヴァが聞く前に、シアンは前へと駆け出していく。彼女が何かを見つけたようだ。
「……?」
シルヴァは不思議に思ってその後を続いた。
シアンは駆け出した先でしゃがんで、瓦礫の下にある何かを引っ張り出していたようだ。その時点でシルヴァは彼女のもとにたどり着き、背後からシアンが引っ張り出したものを覗き込む。
「それって……」
シアンが一生懸命瓦礫の下から引っ張り出していたものは、かつてシルヴァが彼女に買った黒い帽子だった。
思い返してみれば、街道上でシアンから預かった後、ずっとシルヴァが持っていた。そしてカレンに連れられアレンの家についたとき、流れでそのままアレン家にあった棚の上に置いて、そのままだったのだ。
「えへへ……。まさか見つかるなんてなあ……」
帽子に着いた砂埃を払って、シアンはそれを両手で持ち上げる。それから手の中で回転させて、帽子の損傷具合を確認していった。
それを後ろから立ち尽くして見ていたシルヴァはしばらくきょとんとしていたが、意識を回帰させると小さく笑う。そして言った。
「まだ使ってくれるの?」
「当たり前だよ」
奇跡的に、それほど損傷はなかったらしい。シアンは嬉しそうにその帽子を頭に被ると、「えへへ」と嬉しそうにほほ笑んだ。
「耳、蒸せたりしない?」
「蒸せたら外すよ」
シルヴァの言葉にシアンは返すと、その場で立ち上がった。
そしてシルヴァの方へ振り替えると、左手で帽子を押さえながらシルヴァに右手を差し伸べ、笑顔で言ったのだった。
「さ、次の町に行こうよ!」
第二章 大魔導書『神々の終焉讃歌録』 完
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