傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』

50 液状武装

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 テーブルの上に零れ広がっていく透明な液体。それは水よりも粘着性があって、無臭だった。
 いきなりのアレンの行動にシルヴァはためらわず口を開く。

「いきなり何を……」

「まあ見てなって」

 アレンはそう言って笑うと、溢れ出て大きくなっていく小さな水たまりの上に手をかざす。
 すると、その液体は一つ波紋を起こした後、広がるのをやめてそのまま固まった。

 それを見たアレンは安心したようにほほ笑んだ。そして言う。

「これは武器なんだよ」

「……武器?」

 シアンが不思議そうに言うと、アレンはその液体の中へ手を入れそうになるが、寸前で腕を止めた。
 それからシルヴァとシアンを交互に見て、その視線をシルヴァに定めると問う。

「うーん……。シルヴァ、これシアンにあげてもいいかな?」

「うん? 別にいいけど……。危ないものじゃない、よね?」

 武器と言っていたのでシルヴァは不安そうにアレンを見つめ返した。

 先ほど、アレンはその『武器』と言った液体を『世界に世界に一つという代物』と豪語したのだ。それはつまり、シルヴァやシアンが知りえるはずもない未知なものであるということ。

 しかし、『武器』というならば少し欲しいと思っていたところだった。シルヴァには『支配』という武器がなくとも戦闘を可能にする異能があるが、シアンには半獣人として人間以上の身体能力があるといえど、それだけでは十分とは言い難い。

 だから『武器』を貰えるならば願ったりかなったりだ。それはシルヴァだけでなく、本人であるシアンも思っていたことのようで、彼女は不安げであるものの、真剣味のある目つきでその液体を見つめていた。恐らくアレンもそう考えて、シアンへ渡すことにしたのだろう。

 アレンはそんなシルヴァの不安そうな言葉を聞いて、苦笑いを浮かべる。

「これは『液状武装』とか製作者は呼んでいたものでね。まあ呼び名は適当だったみたいだけど、中身は適当なんかで済ませるほどありきたりなものじゃない」

「武装?」

「そう。これは姿を自由自在に変えることのできる武装なんだ。ある時は剣、ある時は盾……あらゆる形状に適用できる魔力の帯びた特殊な液体。もちろん、その武器に変化させた液体は鉄よりも固く凝固する」

「おぉ……」

 アレンの説明に二人は感嘆して思わず口を開けた。聞いてみる限りはかなり特殊であるけれど、他の一般的な武器とは段違いの汎用性を持つようだ。シルヴァはちょっとその武器に興味が出てきて、シアンに促した。

「面白そうだし、ぜひやってみてよ。僕はいいからさ」

「え? そ、そう? 使ってみてもいいかな? 私もどういうものなのか、ちょっと楽しみだったんだ」

 へへへ、と笑うシアン。そんな中で、それを見ていたアレンが二人の間に入るように、忠告をする。

「でもちょっと制限があってね。この武装の持ち主をその人の魔力で登録するんだけど、一度認識させるとそれっきりなんだ」

「ってことは、今私が使ったとしたら、今後私にしか扱えない、専用武器になるってこと?」

「そういうこと」

 シアンは申し訳なさそうにシルヴァを見る。今度はシルヴァが苦笑する番だった。

「大丈夫だよ。僕には『支配』があるし」

「えへへ。じゃあお言葉に甘えるね」

 シアンは笑って液体の方へ目をやった。彼女の様子を見るに、かなりその『液体武装』を気に入ったようだ。獣耳も楽しそうに揺らしている彼女を見て、シルヴァは少しほんわかする。

「じゃ、持ち主登録してみようか。シアン、その液体に手を浸からせてみせて」

 アレンの言葉にシアンはうなずいて右腕を出す。そして手を広げて、机の上に垂れている液体へと全部を浸けた。
 すると、液体に紫色の線が走り、突然に透明な液体に光が灯る。かと思ったらすぐに元の透明な液体へ戻り、ただの水のように再び広がり始めた。

 そのままポタポタとテーブルから床に垂れていく液体。シアンはその光景を見て、どうすればいいか分からずあたふたしていると、アレンはその様子を見かねて言った。

「もう認識は終わってるはずだ。もう自由に変化させられるはず」

「え……?」

 シアンはひとたび目をぱちくりさせる。それから例の液体に目を戻して、念じるように瞳を揺らした。

「……!」

 直後『液体武装』に不可解な波がひとつ立つと、瞬時にそれがテーブルや床から浮き上がり、シアンの右手へと集っていく。それはどんどん形を成していき、ついには剣の形を模してシアンの手に収まった。透明だったそれは、いつしか黒い物体へとなっている。

「おー! 面白いね、これ」

「だろう?」

 シルヴァが剣へ変形する液体を見て興奮すると、アレンは満足そうに腕を組んでうなずいた。
 そして当の本人であるシアンも、一瞬だけ目を見開いて驚いていたが、次の瞬間には嬉しそうに笑って、自らの手の中に納まったそれをペタペタと触り始めた。

「冷たくてスベスベしてる……。結構硬そう」

「あっ、刃の部分は想像通りちゃんと剣になってるから、切れるようになってるから気を付けて」

 興味深く触って感触を確かめているシアンに、アレンは注意を促していく。

 シルヴァも、楽しそうに『液体武装』を触れるシアンを遠巻きに眺めながら、見たこともないような物質に変化したそれを観察していた。
 見た目は光沢のあって、黒曜石のように真っ黒。そしてしっかりと想像通りに変化させたことに、ちょっとその仕組みに興味が出てきた。

「すごいね……。どんな仕組みなの?」

「分からない。製作者は変わり者でね……。もうその武装には興味がなくなったようで、俺も気になって聞いたんだけど、聞いても興味なさそうに唸るだけでさ……」

「……」

 シルヴァはそれを聞いて何とも微妙な顔をした。
 世紀の大発明を行ったと言われる人物のほとんどが奇怪な人物だったと聞く。なかなかどうして、『液体武装』の製作者も例にもれなかったようだ。まあなんというか、凄い人なのだけれど、関わりたくはないかな、とシルヴァは内心小さく微笑んだ。

「まあ、でも」

 シルヴァはちらりとシアンを視界の端で見つめる。
 今度は盾、槍などの武器に『液体武装』を変化させている彼女の姿はとても楽しそうだった。

「楽しそうだし、感謝しないとね」

 シルヴァはそう呟いて楽しそうに笑ったのだった。
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