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第一章 傀儡使い、獣耳少女に出会う
第一章幕間『貴公子は見た!』②
しおりを挟む「ァ……ッ!」
突然のことにどうすることもできず、そのまま『物体着火』の餌食となり、小さな火花をまき散らした後にマハは炎上した。その姿にうろたえたのは、皮肉にも彼女の仲間であったはずのノルとセカイではなく、彼らを囲んでいた兵士たちであった。
「ち、鎮火せよ!」
兵士たちは古き伝統に縛られていようが、根本的には善人だ。目の前で人が燃やされたとなれば、当然そいつを助けることを優先する。
そして、その兵士たちの注意から一瞬でも逃れることのできた二人は、すぐさま困惑する兵士たちの間を通り、その場を全速力で走り去って行った。
その後姿を見て、マルコスはゴルドに耳打ちをする。
「あれ、卑怯だとは思いませんか? 仲間に罪を押し付けた挙句、また他の仲間を生贄にして逃げましたけど」
「……これでも俺には自覚があるんだぜ? 俺の欲求は善人のそれじゃねぇってことぐらいな。だから善人ぶって悪人に悪口を言うことは――」
「彼らを捕まえられれば、罪が軽くなるかも……?」
「――やってやるぜ!」
マルコスの口車に乗せられ、ゴルドは満面の笑みで地面を踏みしめた。マルコスはその様子を見て、フッと小さく笑うと軽く地面を蹴る。
ゴルドはその脚力でまずは兵士の群れを飛び越えた。それから逃げる二人の背中を見据えると、今度は地面と平行になるような軌道で飛び出す。
地面を踏みしめた。地面は割れ、その脚力の強さがにじみ出る。ゴルドは目にも止まらない速さで、逃走した二人に追いついた。
「よう!」
ゴルドはそのまま二人を追い抜くと、彼らの前に着地し振り替える。着地した際にその衝撃のあまり地面が割れて、その音と振り返った大男の形相に、ノルとセカイはその場で尻餅をついた。
「悪いが、俺のために捕まってくれや」
ニヤリと悪い笑みを浮かべるゴルド。彼の強さを二人は知っていた。だから絶望して戦う気も起きていない。
しかしゴルドは違う。彼はこの二人のことを知らない。
故にこれは不幸な事故のようなもので、
「――ッ!」
ゴルドがノルの胸倉を掴むと、そのまま持ち上げた。それから彼を頭から地面に叩きつける。ノルは頭から地面にぶつかり瓦礫を飛ばしながら、強大な力をそのまま受けていくらか地面にめり込んだ。
それだけだったらまだよかったものの、地面には水道管が埋まっていたようだ。その深さまで彼の頭がめり込んだわけではないが、その衝撃は伝わっていたようで、その水道管にヒビが入ったのか、地面に彼が突き刺さった部分から水があふれてきた。
ブクブクと溢れ出てきた水の中から、彼の口から出たものと思われる息が浮かんでくる。それと同時に、ゴルドの鼻に汚臭が漂ってきた。
ゴルドはどうやら、下水を掘り当ててしまったようだ。故に彼は、地中から溢れる下水に頭を突っ込んでいるという図になる。ゴルドは我ながらその不幸に手を合わせた。
「ひっ……!」
その様子を見ていたセカイが、その場からさらに逃げ出そうとする。しかしその先に立ち、彼女の退路を塞ぐ者がいた。――マルコスだ。
「止まってくれますか?」
穏やかな物言いのマルコス。そんな彼の様子から、まだ逃げられる余地があると判断したセカイは、他の逃走ルートを目で探した。要はセカイはマルコスを軽く見ていたのだ。こいつはちょろいと、そう思ったのだろう。
「そうですか」
しかし彼は見た目ほど甘くはない。確かにマルコスは少し幼い印象を持たれる顔立ちをしているけれど、その中身は醜悪ではないとしても甘くはない。
マルコスは残念そうに眼を閉じると、右手を前に出した。そして人差し指からバチチ、と火花を散らす。
「……っ!」
「おやすみなさい」
それを見たセカイは自分が何をされるのか、大体の見当はついたようだ。怯えた様子を見せるが、マルコスはそれで止めるわけがない。
そのままマルコスは彼女に軽い電流を流すと、そのまま気絶させた。堅い地面の上に倒れた彼女を前に、ふうとマルコスは息を吐く。
そして、
「うわぁ」
ゴルドが掘り当てた下水が、汚臭を放ちながらマルコスの足元まで流れてきたのだ。マルコスは咄嗟に足を上げると、下水が来ないところまで軽く避難した。
もちろん、倒れたセカイは置いたままなので、彼女の顔面は下水につかり、その服にも下水が着々と染み込んでいった。
そんな悲惨な様子を見て、マルコスは思わず手を合わせた。
「助かりました、マルコス様」
事が終わり、下水の臭いをプンプンと放つノルとセカイが兵士に連行されていく。それを傍らに、マルコスとゴルドは兵士長と面向かって話していた。
「いえいえ。一段落ついて何よりです」
「……それで、つかぬ事をお聞きしますが、その大男とは何やら関係がおありのようで……」
兵士長はちらりとゴルドを見る。その視線を受けたゴルドがちょっと遠慮気に笑った。
そんなゴルドにマルコスは疲労のたまったため息をつくと、兵士長に向かってほほ笑んだ。
「……実を言うと、彼は用心棒のようなものでして……。まあ問題しかない輩なんですが、従順でウマも合う……故に、休暇中に突然いなくなった彼を探しに来たのです。そしたら……」
「この街で、脱獄した彼と出会った、と」
そして今度は兵士長だけでなく、マルコスの視線までもがゴルドに向けられた。その二つの視線に対しても、ゴルドは変わらず遠慮がちな笑みを浮かべる。
「私の配慮が足りませんでした。彼がこういうアホ……ではなく問題を抱えていることは明白でしたし、彼から目を離さなければ犯罪を起こし、投獄されることもなかった。こんな体たらくを晒しておいて何なのですが、彼はどんな罪を犯したのですか?」
「えぇ……。それが……暴行なのですが……」
兵士長が軽く目を反らした。マルコスはそんな彼の様子に少し疑問に思うと、兵士長はすぐに言葉を紡ぐ。
「その、獣人と人間の関係はご存じですよね……? 彼は男数人に暴行を受けていたクォーターの獣人を見かねて、それで」
「……その男数人を半殺しにした、と? なるほど、確かにこれは自己防衛のためではない。単なる暴行罪だ」
「ええ。……その獣人というのが、私の娘とよく遊んでくれていた少女でしてね。彼には、なんというか、確かに罪人であるのですが、少し情けの情もありまして……」
「なるほどなるほど。罪名やその時の状況をすぐに言い出せたのはそういうことでしたか」
兵士長の言葉に、マルコスも難しいと頭をひねった。ゴルドのやったことは人道的にとれば正義かもしれない。しかし法律からするとグレー、それに黒に限りなく近い。
「その少女は身寄りもない、いわば難民でして……。今は看守が引き取っているようですが……」
「あァ、その看守、半殺しにされてたぜ?」
「え?」「は?」
突然のゴルドの介入。さらにその内容があまりにも意外なところをついていたので、兵士長とマルコスがまたまたゴルドを見つめた。今度は敵意を含めた、特にマルコスからの視線はさらに鋭いものとなっていた。これ以上やらかしたというのか、という怒りの感情が込められていたのは火を見るより明らかだ。
そんな二つの――特にマルコスの――視線に対して、ゴルドは今度は弁明するかのように手をパーにして胸の前に持ってきて、左右に振った。
「えっ、俺じゃねぇぜ? みんなで脱走することになったんだが、脱獄中にその看守がその少女を火で炙ったり、馬乗りになって殴りつけたりすんのに遭遇してよぉー」
「……それは、本当か? その少女は、どうなった?」
「間違いないねぇ。ほら、俺と殺り合った例の少年。あいつがキレて殴りかかったのをきっかけに、皆で半殺しよ。その後はその少年がその少女を連れてったぜ」
「……そういえば、彼は少女を連れていたな」
ゴルドの言葉に、マルコスが少し前のことを思い出しながら呟いた。
それを聞いた兵士長は怒りと不安が入り混じったような神妙な顔をするのだった。
ともあれ、最終的には放火の罪は三人による、特にノルとセカイの冤罪であるとほぼ認められた。そして看守による少女への暴行も調査をするとのこと。
そしてゴルドの件であるが、
「……俺、さっきので罪をチャラにはできないのか」
「そうだな。貴様の罰を決めるのは私ではない。この町の『ルール』だ。……まあ、それを考慮しても真犯人逮捕への協力という手柄がある。……この町に数日居座ることになるが、再び投獄されることはないだろうな」
という、とても寛容な処罰に終わった。マルコスもこれには少し安心した。
そして後に分かったのだが、ノルとセカイはもう一人の仲間――セカイによって燃やされた女――であるノルも脅して無理やりパーティに入れていたことが判明し、さらに罪が重なったようだ。マルコスはあの二人のことを思い出す度に、なんだか汚水の臭いが漂う気がして何だか嫌だった。不潔なり。
「で、ゴルドさんはその少年を勧誘した、と」
「ああ。断られちまったけどな」
「当たり前でしょ! 何やってんですかもう!」
宿の一室でゴルドの『してやったり』な顔に、マルコスは思わず声を荒げたのだった。
第一章幕間『貴公子は見た!』 〆
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