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第一章 傀儡使い、獣耳少女に出会う
第一章幕間『貴公子は見た!』①
しおりを挟むそれはシルヴァがゴルドを下し、シアンと共に宿屋へと向かった後の話。
シルヴァがその場を去った後も、ノル、セカイ、マハの三人は茫然と立ち尽くしていた。
まさか、自分たちが見下していた存在であったシルヴァがあんなに強いとは思っていなかったのだ。町で巻き起こったシルヴァとゴルドの戦闘により巻き起こった喧騒が、三人はとても遠くから聞こえるもののように錯覚していた。
「あはは、ゴルドさん負けっちゃったんだ」
そんな白けた三人の雰囲気に、気楽そうな声を上げながら入ってくる人物が一人。
それは黒くもふもふがついた服に、黒いズボンをはいた金髪の男だった。
彼のいきなりの介入に困惑する三人を無視して、彼は倒れている囚人服を着た無精ひげの男――ゴルドのもとへ向かう。
ゴルドの前についたと思うと、彼はその場でしゃがみ込んだ。そして彼の体に手をかざして、
「ビリっと」
「――っ! うおっ!?」
その手から、微弱な電流が流れてゴルドへと放たれた。気絶していたゴルドに電流が回り、失っていた意識がその刺激により回帰する。
電流を受けて目を覚ましたゴルドは驚いた声を上げて、体をビクリとはねさせた。そしてその後、仰向けの体勢に戻ったと思うと、ぼーっとその状態でゴルドは空を見始める。
それを見た黒い男ははあ、とため息をついた。
「……何してんすか」
「いやなぁ……俺、また牢屋の中にいたんだけどよぉ……」
「また捕まったんですか……はぁ」
ゴルドの全く悪びれない様子に、黒いもふもふの彼は再びため息をつく。
それをシルヴァを陥れた三人は疎外感を感じながら見つめていた。その視線に気づいたのは黒い彼ではなく、ゴルドだった。
ゴルドは起き上がると、自分たちを見つめているその三人へと話しかける。
「なんか用か?」
「……ひっ」
ゴルドに軽く見られただけで、三人の中の一人であるセアイは怯えて尻餅をついた。他の三人も起き上がってきたゴルドに、あからさまな恐怖を色が浮かんでいる。
その脅えた三人に首を傾げるゴルド。黒い彼はそのやり取りを見てまたまたため息をついた。
「貴方の戦闘を間近で見てたんですよ。そりゃ怖いわ」
「ふーん。で、なんでお前がいるんだ? マルコス」
ゴルドは無精ひげを触りながら、黒いもふもふをつけた金髪の男――マルコスへ聞いた。青い瞳のマルコスは何かを言おうと口を開く。
――と、その前に。
「いたぞ!」
不意に、町の中心部からたくさんの鎧を着た兵士たちが押し寄せてきた。マルコスはその光景に思わず閉口し、彼の穏やかな物腰からは考えにくいが、少し怒った顔でゴルドの胸倉をつかむ。ゴルドは胸倉を掴まれているのにも関わらず、怒るどころかどこか楽しそうだった。
「貴方、今回は過去一番にやらかしましたね」
「これには事情があってな。俺、すげえ少年を見つけたんだ! ケンカ吹っ掛けたんだが、なんとそいつに負けちまったんだよ! 俺がだぜ!」
「知ってます。見てましたから」
ゾロゾロと兵士たちが集まってくる中、それを気にしていないかのように二人は会話をしていた。
その兵士の大群が押し寄せて来たために、ゴルドに脅え切っていた三人はお互いに顔を見合わせ合うと、その場からソロリと逃げ出そうとする。しかしそれをマルコスが見逃さなかった。
「あのぉ、そこのお三方?」
「へっ?」
マルコスはゴルドを手から離し、背を向けて去ろうとしていた三人へと子をかけた。
マルコスに話しかけられるとは持っていなかったのだろう。三人はその場で止まり、一斉にマルコスの顔を見た。
その間にも、やってきた兵士たちはその五人を囲んでいく。ゴルドとマルコスはともかく、ノル、セカイ、マハの三人は目に立って焦り始めた。
「黙れ! 止まれ! 両手を頭の後ろに!」
五人を囲った兵士たちの中でも、その隊を指揮できるであろう階級の高そうな兵士――恐らく兵士長が五人へと高らかに指示した。三人はともかく、マルコスまでもが三人へ向けた言葉を一旦区切り、それに従う。
一方、ゴルドは楽しそうに自らを囲んでいる兵士を見回していた。そんな彼にマルコスは軽くひじ打ちをし、睨みつけることにより、ようやくゴルドもそれに従った。
「よし、まずは貴様から……っ!」
五人が大人しく指示に従ったところで、兵士長が自ら顔の確認のために五人へと近づき、最初にマルコスの顔をよく覗き込んだところでハッと驚き後ずさる。
そして震える声で、振り絞るように言ったのだった。
「な、ま、マルコス様……! なぜこのような……!」
「こんにちは、兵士長さん。お仕事お疲れさまです」
「い、いえ! もったいないお言葉であります! 全員、敬礼ッ!」
兵士長の驚き、そしてマルコスという名前。その二つの要素から、他の兵士たちも察したのだろう。兵士長の敬礼指示にも、すぐさま反応して敬礼をした。
それを見たマルコスは、嬉しくも困ったように笑いながら言う。
「とりあえず、腕を下ろしても?」
「勿論であります! 不敬を働き申し訳ございません!」
「ふぃ~、こういう恰好あんまり好きじゃないから助かったぜ」
「ゴルドさん、貴方は腕を下ろしちゃダメだよ」
「そ、そうか」
兵士長の言葉に素直に従ったゴルドであったが、その対象はもちろんマルコスだけだ。それをマルコスはゴルドにはっきりと伝えると、ゴルドは少し残念そうにしながらも律儀に再び腕を頭の後ろに回す。
そしてそれを見て小さく笑うマルコス。そんな彼に、兵士長は遠慮しながらも、自らの職務を果たさなければならないという意思で、マルコスに言った。
「ところでマルコス様。ただいま、この町ではとある二人の戦闘によって、建物や道が破壊され、その後始末と原因解明に我々は追われてまして」
「うん。知ってますよ。それに、犯人もね。偶然見てたので」
「ほ、それは本当でありますか!?」
マルコスの発言に、思わず嬉しそうに感情的に聞いてしまった兵士長。しかしすぐさまゴホン、と咳ばらいをして先ほどまでの堅い雰囲気へと戻した。
マルコスはそんな兵士長の少しおちゃめなところに苦笑いを浮かべながらも、その答える。
「戦闘行為をしたのはこの男と、もう一人の少年。けど、今回の件はこの男が一方的に少年を襲った、っていうだけで、これは少年の正当防衛ですかね。過剰なところ見られるけれど」
そう言ってマルコスは遠くの建物を見つめる。その建物というのは、シルヴァがゴルドに吹き飛ばされた行先の建物であり、半壊していた。マルコスの視線に倣い、兵士長もその建物へ目線を向ける。そしてすぐにマルコスへと戻した。
「その男と少年、ですか。ですが我々の情報ですと、その二人は牢獄から脱獄した者であるらしく、破壊活動以外にも罪に問われるものがありまして」
「投獄、ねぇ」
兵士長の言葉を聞いて、マルコスの視線が今まで黙っていた三人へと向けられる。そのマルコスの視線に、彼らは目線をあえて反らして知らないふりをした。
マルコスは兵士長へ視線を戻すと、聞いた。
「その少年、もしかして投獄されたばかりだったり?」
「ええ。なんでも、町のすぐ近くで放火したとか。放火はこの町だと重罪です。不意の出来事だったとしても、許されざる蛮行です」
「……ふーん。でも、もしそれが冤罪だったりしたら……?」
「何……?」
「ひっ」
マルコスが危ない笑みを浮かべて、もしもの可能性を提示した。その発言に兵士長は訝し気に目を細め、彼らの肩がビクリと動いた。
マルコスは続ける。
「聞いてしまったんですよ。その少年がこのア……ゲフン、大男――まあゴルドと言うのですが――を倒したあと、そこにいる三人の男女と話しているのをね」
「話、ですか」
マルコスの発言に、兵士長はぴくりと眉を顰める。その眉の動きと連想するように、会話の蚊帳の外にいた例の三人の肩がピクリと吊り上がった。
その不可解な驚きをマルコスの瞳が見逃すはずがない。その様子で先ほど盗み聞きした話に信ぴょう性を確かめたマルコスは兵士長に告げる。
「ええ。どんな話をしていたのか、話の流れでご想像できているのでは? 少年が彼らに嵌められたってことを」
「――今日の放火事件、現場に行ったものがいたな! 出てこい!」
「ハッ!」
五人を囲っている兵士たちの中で、一人が兵士長の声に反応して一歩踏み出した。それからその兵士は兵士長に向かって手で敬礼をすると、兵士長がそれにうなずく。
兵士長の許しが出たところで、その名乗りを上げた兵士が一歩前に踏み出し、姿勢をピシッと正す。
その兵士に兵士長は問いただした。
「あの三人に見覚えがあるか?」
「はい! 第一発見者であり、例の少年とパーティを組んでいた冒険者であります! 特にその彼から事情を聴き、例の少年を投獄したに至ります」
「少年から話は聞いたのか?」
「いえ、それは明日に予定しておりました」
「……」
兵士長と兵士のやり取りを見て、マルコスは表面上はにこやかな表情を作りつつも、内心ため息をついた。
加害者である彼の言葉を一切取り上げず、速攻で投獄なんていくらなんでも理不尽すぎる。まずはその犯罪行為が本当に起こったことなのか、そしてその犯人候補がいるのならば、本当にその者が犯人なのか確定できるほどの客観的な証拠があるのか。その二点を揃えなくてはいけない。
弁明も許さず、『とりあえず』という形で犯罪者と同じ檻の中に入れるのは蛮行だ。まずは『推定』犯罪者を見張るための部屋か何かを作り、そこへ『推定』犯罪者を入れて逃亡や証拠隠滅を防ぐ。その間に現場の様子、目撃者からの証言、物的証拠集め、それから本人からの弁明の聴取を行い、その後それらを統合して判決を下すのが理にかなっているはずだ。
それを多くの町が、『古き伝統』という大きな障害を前に、実行できていない。マルコスはこのような旧式な悪しき流れを見る度に、ため息がこぼれてしまう。
「マルコス様、確かに貴方様の言葉には立場故の責任がつくものと考えております。しかし、証拠が貴方様の証言だけ、となりますと、信頼はあっても信ぴょう性にはかけてしまうものがありまして……」
「では、彼らから直接、事情を聴いてみればいかがでしょうか? ちょうど、そこにいますし」
怯えて縮こまる三人をマルコスは指を指した。彼の指に従い向けられた兵士長の視線に、三人はビクリと再び震える。
マルコスはただ闇雲に彼らへの事情聴取を進めたわけではない。マルコスは密かにゴルドと少年が戦う様子を近くから観察していた。
そしてそれは勿論、少年がゴルドを下した後までしっかりと見つめていたのだ。少年が彼ら三人に向かって冤罪の『後始末』を頼んだこと。彼らはゴルドを下した少年の力に怯えて、それをブンブンと必死に首を縦に振って了承したこと。
「すみませんが、聴取をさせてもらうが……」
「……く、来るな!」
男女三人の中で、唯一の男が背中の剣を引き抜いて、歩み来る兵士長に牙を向いた。その様子を見た兵士長と、その周囲にいる兵士たちが一瞬にして彼らに対し敵意を露わにする。
「ハッハッハ! アホだなあ!」
ゴルドがそれを見て、手を後ろに組んだまま口を大きく開けて笑い出した。
マルコスは心の奥底で「お前が言うな……」と毒づきながらも、彼の意見には大きく同意する。この状況で、彼の力量で、あの兵士の量を片づけるのには無理があるだろう。
「剣を収めろ! でなければ――」
「うるさいッ! マハ、行けッ! セカイ!」
「ええ!」
最初に兵士たちへ剣を抜き牙をむいた戦士――ノルが、後ろで縮こまっていたノルと呼ばれた女の弓者を掴み、前に押し出した。されるがままに前に引きずり出されたマハに対し、もう一人の仲間――女魔法使いのセカイはうなずいて杖を振った。
「詠唱! 物体着火!」
セカイによって唱えられた魔法『物体着火』は対象を少しばかり爆発させ、炎上させるという初歩的な魔法だ。それをセカイは、ノルの指示通りに躊躇なく、なんとマハに対して放ったのだった。
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