30 / 119
第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』
28 演じ
しおりを挟む
林の中を、二人の男たちは進んでいた。
落ち葉と枝を踏みながら、深い林の中を虎視眈々を見つめている。鎧を身にまとったその雇われ兵たちは、ある目標を必死に探しているのだ。
彼らは一度、その目標であるカレンを攫うことに失敗している。
彼らの雇い主の口からは直接話されていないが、もう一度の失敗は許されないという暗黙の了解が彼らの直感を支配していた。
だから彼らは、注意深く木々の合間をギンギンとした目つきで睨み、見落としのないようにずんずんと進んでいく。
彼らの行く先に、猫耳の少女が仁王立ちをしているとも知らずに。
「……」
シアンは結界の内側からその二人組を見ていた。
結界の内側にいるシアンは外側から見えないようになっている。それ故、こんなに堂々と真ん前にいても、彼らの視界にはシアンが映っていないのだ。
そして、シアンはただ考えもなしに二人組の行く先で仁王立ちをしているわけではない。
彼女の視線は、二人がそれぞれ腰に携帯している、剣に向いていた。カレンを襲っていた人たちは槍を携帯していたが、今目の前にいる雇われ達はどうやら剣を扱う者のようだ。
「……」
彼らは一歩ずつ、結界へと近づいて来る。
刻々と、シアンが彼らを襲うまでの時間が迫ってきている。
シアンは緊張で思わず息を呑んだ。
私は非力だ。でも、役に立ちたい。その心意気だけは、人一倍なんだ。
ゆっくりと歩いていた二人組はとうとう、シアンの前に到達する。
そして、彼らが知らず結界の中に踏み込む一歩――その動作の開始の瞬間に、シアンの腕が動いた。
「――!」
まずは彼らの腰に携えてあった剣を引き抜き、そのまま後ろへと放り投げた。
そんな結界の中からの奇襲。
その奇襲は結界の外側にいる彼らたちからすれば、見えない何かに剣を抜かれ、一瞬のうちにその剣は消えてしまった、という体験として処理される。
それは摩訶不思議な事態として混乱を呼んだ。困惑し、歩みを止める二人。その判断が命取りだ。
シアンは半獣人特有の身体能力を存分に使い、彼らの頭上を跳んで超えて、背後を取った。
その着地の際に落ち葉を踏んだ音で、二人組にシアンの存在が気づかれる。
しかし、その時はもう遅い。
「――くうっ!」
シアンは後ろから二人の鎧を抱き、前方へ飛び込んだのだ。何せ鎧は重い。蹴りなどでは動かせないのだろう。
だからシアンは、不意をついて背後を取った後、全体重と地面を蹴った勢いを利用し、二人分の鎧を前方へ押し出した。
後ろから突然に飛びつかれるなんて、雇われの二人組が想定していたはずもない。そのまま二人は、シアンに飛びかかられて、前のめりに倒れこむ。
そして、彼らはあと一歩で結界に入れるという位置にいたのだ。
その場所から押し出されれば、距離的にも完全に結界の中へ入ることになる。
これで、二人組を結界を認知させずに、防音効果のある結界内へ押し込むことができた。一応、第一段階は成功だ。
押し込んだシアンは、そのまま彼らの前に飛び、そのご尊顔を拝見する。
「き、貴様! 何者だ……!」
前方にシアンを見つけた二人は、警戒しつつ立ち上がり、拳を構える。ここはすでに結界の中。どれだけ大きな声を出そうが、外には聞こえない。
だからこれで、結界に接触することのないルートを通る襲撃者たちの他の組が、戦闘音で彼らの異常に気づくことはなくなった。
シアンも、戦闘態勢に入った二人を前にして、身を低くとって構えた。
そして無言でにらみ合う中で、一歩ずつじりじりと後退していく。
それに倣い、その二人組も一歩ずつじりじりと前進する。
雇われの二人からすれば、シアンはいきなり現れて、武器を消し飛ばしたという、とても奇異な存在として認識されていた。
故に、武器のないこの状況でシアンに襲い掛かるというのは、とても無謀なことに思われているのだ。だから、彼らは思うように攻めることができず、様子見でシアンとの距離を保っている。
シアンもシアンで、鎧を着た男二人に勝てるような力は持っていない。
だから、こう後退するしかなかった。変に戦おうとして弱いことがバレてしまえば、お終いなのだ。
シアンはその二人の前で『得体の知れない強者』を演じることで、けん制していた。
シアンが動かなければ、二人も動かない。じりじりとけん制し合う中で、経過していくのは時間のみ。
そしてその時間は――。
「……っ!」
突然、地面へと伏せた雇われの二人組。
彼らは、まるで抗うことのない重力のような力に押さえつけられているかのように、プルプルと体を振るえせている。
それを見たシアンはふう、と安心して息をついた。
「時間、稼いだよ」
「ああ、助かった。ありがとう」
そこに現れた男。
それはすでに襲撃者たちを支配下に置き、シアンの持ち場へ駆けつけたシルヴァだった。
「どう? 私だって、役に立つでしょ?」
頬に伝う汗をぬぐいながら、シアンは気丈に笑ったのだった。
落ち葉と枝を踏みながら、深い林の中を虎視眈々を見つめている。鎧を身にまとったその雇われ兵たちは、ある目標を必死に探しているのだ。
彼らは一度、その目標であるカレンを攫うことに失敗している。
彼らの雇い主の口からは直接話されていないが、もう一度の失敗は許されないという暗黙の了解が彼らの直感を支配していた。
だから彼らは、注意深く木々の合間をギンギンとした目つきで睨み、見落としのないようにずんずんと進んでいく。
彼らの行く先に、猫耳の少女が仁王立ちをしているとも知らずに。
「……」
シアンは結界の内側からその二人組を見ていた。
結界の内側にいるシアンは外側から見えないようになっている。それ故、こんなに堂々と真ん前にいても、彼らの視界にはシアンが映っていないのだ。
そして、シアンはただ考えもなしに二人組の行く先で仁王立ちをしているわけではない。
彼女の視線は、二人がそれぞれ腰に携帯している、剣に向いていた。カレンを襲っていた人たちは槍を携帯していたが、今目の前にいる雇われ達はどうやら剣を扱う者のようだ。
「……」
彼らは一歩ずつ、結界へと近づいて来る。
刻々と、シアンが彼らを襲うまでの時間が迫ってきている。
シアンは緊張で思わず息を呑んだ。
私は非力だ。でも、役に立ちたい。その心意気だけは、人一倍なんだ。
ゆっくりと歩いていた二人組はとうとう、シアンの前に到達する。
そして、彼らが知らず結界の中に踏み込む一歩――その動作の開始の瞬間に、シアンの腕が動いた。
「――!」
まずは彼らの腰に携えてあった剣を引き抜き、そのまま後ろへと放り投げた。
そんな結界の中からの奇襲。
その奇襲は結界の外側にいる彼らたちからすれば、見えない何かに剣を抜かれ、一瞬のうちにその剣は消えてしまった、という体験として処理される。
それは摩訶不思議な事態として混乱を呼んだ。困惑し、歩みを止める二人。その判断が命取りだ。
シアンは半獣人特有の身体能力を存分に使い、彼らの頭上を跳んで超えて、背後を取った。
その着地の際に落ち葉を踏んだ音で、二人組にシアンの存在が気づかれる。
しかし、その時はもう遅い。
「――くうっ!」
シアンは後ろから二人の鎧を抱き、前方へ飛び込んだのだ。何せ鎧は重い。蹴りなどでは動かせないのだろう。
だからシアンは、不意をついて背後を取った後、全体重と地面を蹴った勢いを利用し、二人分の鎧を前方へ押し出した。
後ろから突然に飛びつかれるなんて、雇われの二人組が想定していたはずもない。そのまま二人は、シアンに飛びかかられて、前のめりに倒れこむ。
そして、彼らはあと一歩で結界に入れるという位置にいたのだ。
その場所から押し出されれば、距離的にも完全に結界の中へ入ることになる。
これで、二人組を結界を認知させずに、防音効果のある結界内へ押し込むことができた。一応、第一段階は成功だ。
押し込んだシアンは、そのまま彼らの前に飛び、そのご尊顔を拝見する。
「き、貴様! 何者だ……!」
前方にシアンを見つけた二人は、警戒しつつ立ち上がり、拳を構える。ここはすでに結界の中。どれだけ大きな声を出そうが、外には聞こえない。
だからこれで、結界に接触することのないルートを通る襲撃者たちの他の組が、戦闘音で彼らの異常に気づくことはなくなった。
シアンも、戦闘態勢に入った二人を前にして、身を低くとって構えた。
そして無言でにらみ合う中で、一歩ずつじりじりと後退していく。
それに倣い、その二人組も一歩ずつじりじりと前進する。
雇われの二人からすれば、シアンはいきなり現れて、武器を消し飛ばしたという、とても奇異な存在として認識されていた。
故に、武器のないこの状況でシアンに襲い掛かるというのは、とても無謀なことに思われているのだ。だから、彼らは思うように攻めることができず、様子見でシアンとの距離を保っている。
シアンもシアンで、鎧を着た男二人に勝てるような力は持っていない。
だから、こう後退するしかなかった。変に戦おうとして弱いことがバレてしまえば、お終いなのだ。
シアンはその二人の前で『得体の知れない強者』を演じることで、けん制していた。
シアンが動かなければ、二人も動かない。じりじりとけん制し合う中で、経過していくのは時間のみ。
そしてその時間は――。
「……っ!」
突然、地面へと伏せた雇われの二人組。
彼らは、まるで抗うことのない重力のような力に押さえつけられているかのように、プルプルと体を振るえせている。
それを見たシアンはふう、と安心して息をついた。
「時間、稼いだよ」
「ああ、助かった。ありがとう」
そこに現れた男。
それはすでに襲撃者たちを支配下に置き、シアンの持ち場へ駆けつけたシルヴァだった。
「どう? 私だって、役に立つでしょ?」
頬に伝う汗をぬぐいながら、シアンは気丈に笑ったのだった。
0
お気に入りに追加
670
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺おとば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる