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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』
23 後ろめたさはどこから
しおりを挟む死はいつだって不平等だ。
なあ、そうだろう。
だから、少しぐらい足掻いたって、いいじゃないか。
静かな、言い換えれば重苦しい雰囲気のリビングで、シルヴァとアレンは向かいあって座っていた。
シルヴァの頭の中は、さっきのことでいっぱいだった。
リビングを出る時、自分へ向けられたシアンの視線。その視線が、どうしても頭から離れない。
それは敵意には至らないが、シルヴァに不服を訴えているかのような視線だった。
あの時。アレンが襲撃時のシアンの立ち位置はどこなのか、というような疑問を口にした時。
シルヴァはシアンの言葉を遮り、彼女を戦力の外へ追いやった。シアンの意見を言わせず挫かせて、危険から遠ざけた。
さすがにシアンの言おうとしたであろう言葉は理解している。シルヴァと一緒に戦いたい。彼女はそう言いたかったのだろう。
『冒険者になりたい』と町を出たときにも言っていたし、その後の張り切りから見るに、さっきの立候補はその延長戦ともいえる。
しかし、シルヴァはそれを知っていたからこそ遮った。もちろん理由もないのに遮ったわけではない。
シルヴァはテーブルに肘をつき、頭を抱えた。脳裏に浮かぶ光景が、眼球の裏を刺激する。
――シアンが戦うというイメージをする度に、彼女が看守に馬乗りになって殴られている場面が浮かんでくるのだ。
厄介なことに、その映像は思考を揺さぶる。彼女を戦わせる中で、またあの見たくもない光景が目の前で繰り返されてしまうのではないか、とその不安が考える度に脳内で巻き上がった。
シアンを戦闘に参加させるべきではない。
それがシルヴァが最後にたどり着いた結論だ。
シルヴァとアレン。二人きりのリビングはとても静かだった。アレンはさっきのことへそれ以上は言及せず、ただ口を閉ざしている。
シルヴァにとって、そんなアレンの気遣いともとれる行動は、ありがたくもあり、少し痛くもあった。
しばらくすると、キッチンの方へ行っていたカレンとシアンがお茶を持って帰ってきた。
「お茶を持ってきましたよ」
カレンは淡い金髪をなびかせ、ティーセットをテーブルの上に置いた。そして四つのカップの中に湯気の沸き立つ紅茶を注いでいく。
「ありがとう」
アレンはそれを見てカレンへ笑いかけた。カレンもそれに頷き返す。
そういうやり取りの隅で、シルヴァはカレンではなくシアンの動向を見ていた。シアンがリビングを出る前のことがとても気がかりで、ちらりと視線を彼女の方へ向ける。
シアンはカレンの後ろについてきていた。カレンがカップに紅茶を淹れ始めると、シアンは彼女の後ろから離れてシルヴァの隣へ寄る。
シアンはそのままシルヴァの隣のイスに座った。
カレンの手により、紅茶が淹れられた四つのカップがそれぞれの席の前に置かれていく。
カップを全員分に配り終わったあとで、カレンがはっとした表情で呟いた。
「ミルク忘れちゃった」
それからアレンの方へ駆け寄り、彼の肩を叩く。
カレンに叩かれたアレンは、ちょっと驚いたようにカレンの方を見た。カレンはあざとく指を口の前に持ってきて、アレンに言った。
「一緒に来て?」
「……うん? 一人で行けばいいんじゃ……?」
「一緒に来て?」
「うーん……?」
アレンは困ったようにカレンを見返す。そのまどろっこしい態度に少し面倒くさくなったのか、カレンは無理やり彼の腕を取った。
「とにかく一緒に来なさい!」
「へっ!?」
ぐいっと無理やり立たされ、そのままリビングから消えていくアレンとカレン。
シルヴァが口を出す暇もないような一瞬のうちにカレンにアレンが連れていかれてしまった。脈略もない二人の離脱に、少し頭が混乱する。
「……シルヴァ?」
隣から風鈴よりも透き通った声が聞こえた。
シルヴァはその声の主であるシアンへ顔を向ける。
「どうしたの?」
シルヴァはシアンに聞き返す。本来は必要のないはずの返答だ。何故なら、シルヴァはシアンが何を言おうとしているのか、粗方推測できていた。
それでもシルヴァは意地悪く『聞き返した』。
シアンはそんなシルヴァの言葉と態度によるけん制をもろともせず、屈折のない真っすぐな瞳で見つめ返す。
シルヴァは自らを映す彼女の青い瞳に、我知らず見入ってしまった。慌ててその思いを振り払う。
シアンはそのままシルヴァを見つめていた。淀むことのないその視線に、何だか自分の知らないことを見透かされているような気がして、シルヴァは妙に後ろめたくなる。
「君にとって、私ってもしかして邪魔なのかな?」
「――」
予想外のことを言われて、シルヴァは面食らう。
シルヴァの瞳にはぼんやりと、シアンの真剣な眼が映っていた。
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