傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

文字の大きさ
上 下
22 / 119
第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』

20 潜む悪意

しおりを挟む
 街道から少し外れた林の中。
 街道を通る人たちからは見えないであろうその場所で、二つの馬車が止まっていた。

 その目立たない場所で、リーダー格と思われる厳つい顔の男が腕を組んでその荷台に腰を掛けいた。その周りには彼を取り囲むように、鎧を身に着けた私兵たちが待機している。

 彼らは何かを待っているようだった。

 そんな中、林の奥からかしゃかしゃと音を立てて、私兵たちが現れた。厳つい男やその周りの兵が彼らに目を向ける。

「何があった?」

 その男が帰ってきた私兵たちへ問いただした。
 その言葉には表現できない濃厚な威圧が含まれており、その私兵たちは体をピクリと震わせる。その威圧に恐れながら、私兵たちの一人が口を開いた。

「れ、例の男との遭遇はできませんでしたが、その姉と思われる女には遭遇できました! ボスの目立ては正しかったようで……」

「なら、てめぇらはなんで手ぶらなんだ? それに、俺のよこした精霊馬はどうした?」

 ボスと呼ばれた男の鋭い相貌が帰ってきた私兵たちを貫く。その視線を直接受けた者はともかく、男の周囲で待機していた私兵たちまでもが、その迫力に嫌な汗を流した。

 視線に貫かれた私兵たちは、その場で崩れ落ちて、必死に頭を下げた。

「もっ、申し訳ありません! お、女を捕らえる寸前まではよかったのですが……!」

「急に、見えない力で吹っ飛ばされてしまい……! その時にボスからいただいた精霊馬も消えてしまって……!」

「……」

 その場で土下座をしながら顛末を告げていく私兵たちを、その男は黙って見下ろしていた。
 それからため息をつくと、ゆっくりと荷台から立ち上がる。そして膝を地面につけている私兵たちの方へ歩き出した。

「俺ぁ……高い金を積んで、わざわざてめぇらを雇ったんだよなァ……?」

「……!」

「ひぃっ……!」

 ドスのきいた声を出しながら、ゆっくりと歩み寄ってくる姿は、まさに恐怖でしかない。

 彼に雇われている私兵たちは、その男の力量が自分たちを遥かにしのぐと知っていた。だからなおさら、その姿が恐ろしくてたまらない。女をさらうことに失敗した私兵たちは、逃げることもできずに震える瞳でその男を見つめていた。

「別に、てめぇらをしばきてぇ訳じゃねえ……。なんせ、使用料として高い金を払ってんだ。何もしないウチに壊しちまったら、採算が取れねぇ……。なあ、そうだろ?」

「……は、はいィ!」

 男が私兵たちの前まで到達すると、その場でしゃがみ、先頭の私兵をのぞき込んだ。そののぞき込まれた私兵は、怯えながら彼の言うことを肯定する。

「だからよォ、冷静に考えんだ……。てめぇらが女を襲っている最中に吹き飛ばされたとするならば、『誰かが女を狙っていた』ことが向こうにバレたってことだ」

 男は私兵から目線を反らし、顎に手を当てて考える。

「バレたってことは何か対策をしてくるハズ。……例えば、どんなことをしてくると思う?」

 再び私兵へ男は視線を向けた。その黒く濁っているその瞳にのぞき込まれたその私兵は、咄嗟に答える。

「警察に、通報するとか……?」

「いいや、それはない」

 男はその私兵の回答をばっさりと即座に切り捨てた。そして独りごとのように呟きながら立ち上がる。

「奴はこの林のどこかに隠れてんだ。そんな目立つ存在を外部から連れ込むはずがねぇ。尾行でもされたら隠れてる意味がなくなるからな。ところで」

 男は私兵たちを見下ろした。さっきまでは先頭にいた私兵だけに向けられていた冷たく突き刺さる視線だったが、今度はその後ろにいる私兵たちにも向けられる。

 自分たちには向けられないであろうと、少し安心していた私兵たちはぴくりと肩を震わせた。

「てめぇらを吹き飛ばしたっつう奴の姿は見たか?」

「い、いえ……。本当に脈絡もなく……こう、見えない力に持ち上げられたような感じで、見る余裕なんて……」

「脈絡もなく……持ち上げられた……?」

 私兵の言葉を聞いて、男はさらに頭を回転させる。頭の中にある情報と、今得た情報を掛け合わせ、現状に適切な答えだけを抜き取っていく。

 奴は姉に対して、並ならぬ信頼と好感があったはずだ。そしてこれまでに調べ上げた奴の性格から、姉が襲われているのを目の当たりにして、怒声ひとつ上げずに冷静に敵を排除するなんて考えられない。

 加えて、私兵どもを吹き飛ばしたのは、恐らく念動力的な能力を扱える者だ。奴のかつての仲間の現在から推測するに、今この時にこの場所へ現れるとは思えない。

 となると、

「……なるほど」

 思考が結論に達した男はそうぼやくと、周囲にいる私兵たちへ命じた。

「恐らく、こいつらを吹っ飛ばしたのは奴自身でもなく、の仲間でもなく、偶然または何かの理由があって林に入り込んだ第三者だ。その第三者は少数だと思われる。そして、そいつらは今、恐らく奴の隠れ家にいるのだろう。もしかしたら、俺らの襲撃に備えて協力でもする気でいるのかもしれんな」

「え……。で、では、どうするのです……?」

 男の推測に、否定的意見は全く出なかった。何故なら、疑う余地はないから。

 男は自らの情報収集能力と推理力で、見事目的の隠れ家をここであると言い当てた。それを間近で体験していた私兵たちは、すでに彼を疑うことをやめていた。

「――虱潰しに探すぞ。奴の隠れ家を見つけたら、気づかれぬよう、。襲撃は今日の深夜帯に行う。以上だ。さあ行け! てめぇらもだ!」

 男の怒声に、その場にいた私兵の全員が弾くように返事をした。そして、次々と林の中に消えていく。

 一人残った男は再び場所の荷台に腰を下ろした。そして、ズボンのポケットからボロボロにくたびれた手紙を取り出し、文面を見ずにぎゅっと握りしめた。

「兄貴……」

 その瞳には、確かに光が宿っていた。
 

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺おとば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

処理中です...