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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』
20 潜む悪意
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街道から少し外れた林の中。
街道を通る人たちからは見えないであろうその場所で、二つの馬車が止まっていた。
その目立たない場所で、リーダー格と思われる厳つい顔の男が腕を組んでその荷台に腰を掛けいた。その周りには彼を取り囲むように、鎧を身に着けた私兵たちが待機している。
彼らは何かを待っているようだった。
そんな中、林の奥からかしゃかしゃと音を立てて、私兵たちが現れた。厳つい男やその周りの兵が彼らに目を向ける。
「何があった?」
その男が帰ってきた私兵たちへ問いただした。
その言葉には表現できない濃厚な威圧が含まれており、その私兵たちは体をピクリと震わせる。その威圧に恐れながら、私兵たちの一人が口を開いた。
「れ、例の男との遭遇はできませんでしたが、その姉と思われる女には遭遇できました! ボスの目立ては正しかったようで……」
「なら、てめぇらはなんで手ぶらなんだ? それに、俺のよこした精霊馬はどうした?」
ボスと呼ばれた男の鋭い相貌が帰ってきた私兵たちを貫く。その視線を直接受けた者はともかく、男の周囲で待機していた私兵たちまでもが、その迫力に嫌な汗を流した。
視線に貫かれた私兵たちは、その場で崩れ落ちて、必死に頭を下げた。
「もっ、申し訳ありません! お、女を捕らえる寸前まではよかったのですが……!」
「急に、見えない力で吹っ飛ばされてしまい……! その時にボスからいただいた精霊馬も消えてしまって……!」
「……」
その場で土下座をしながら顛末を告げていく私兵たちを、その男は黙って見下ろしていた。
それからため息をつくと、ゆっくりと荷台から立ち上がる。そして膝を地面につけている私兵たちの方へ歩き出した。
「俺ぁ……高い金を積んで、わざわざてめぇらを雇ったんだよなァ……?」
「……!」
「ひぃっ……!」
ドスのきいた声を出しながら、ゆっくりと歩み寄ってくる姿は、まさに恐怖でしかない。
彼に雇われている私兵たちは、その男の力量が自分たちを遥かに凌ぐと知っていた。だからなおさら、その姿が恐ろしくてたまらない。女をさらうことに失敗した私兵たちは、逃げることもできずに震える瞳でその男を見つめていた。
「別に、てめぇらをしばきてぇ訳じゃねえ……。なんせ、使用料として高い金を払ってんだ。何もしないウチに壊しちまったら、採算が取れねぇ……。なあ、そうだろ?」
「……は、はいィ!」
男が私兵たちの前まで到達すると、その場でしゃがみ、先頭の私兵をのぞき込んだ。そののぞき込まれた私兵は、怯えながら彼の言うことを肯定する。
「だからよォ、冷静に考えんだ……。てめぇらが女を襲っている最中に吹き飛ばされたとするならば、『誰かが女を狙っていた』ことが向こうにバレたってことだ」
男は私兵から目線を反らし、顎に手を当てて考える。
「バレたってことは何か対策をしてくるハズ。……例えば、どんなことをしてくると思う?」
再び私兵へ男は視線を向けた。その黒く濁っているその瞳にのぞき込まれたその私兵は、咄嗟に答える。
「警察に、通報するとか……?」
「いいや、それはない」
男はその私兵の回答をばっさりと即座に切り捨てた。そして独りごとのように呟きながら立ち上がる。
「奴はこの林のどこかに隠れてんだ。そんな目立つ存在を外部から連れ込むはずがねぇ。尾行でもされたら隠れてる意味がなくなるからな。ところで」
男は私兵たちを見下ろした。さっきまでは先頭にいた私兵だけに向けられていた冷たく突き刺さる視線だったが、今度はその後ろにいる私兵たちにも向けられる。
自分たちには向けられないであろうと、少し安心していた私兵たちはぴくりと肩を震わせた。
「てめぇらを吹き飛ばしたっつう奴の姿は見たか?」
「い、いえ……。本当に脈絡もなく……こう、見えない力に持ち上げられたような感じで、見る余裕なんて……」
「脈絡もなく……持ち上げられた……?」
私兵の言葉を聞いて、男はさらに頭を回転させる。頭の中にある情報と、今得た情報を掛け合わせ、現状に適切な答えだけを抜き取っていく。
奴は姉に対して、並ならぬ信頼と好感があったはずだ。そしてこれまでに調べ上げた奴の性格から、姉が襲われているのを目の当たりにして、怒声ひとつ上げずに冷静に敵を排除するなんて考えられない。
加えて、私兵どもを吹き飛ばしたのは、恐らく念動力的な能力を扱える者だ。奴のかつての仲間の現在から推測するに、今この時にこの場所へ現れるとは思えない。
となると、
「……なるほど」
思考が結論に達した男はそうぼやくと、周囲にいる私兵たちへ命じた。
「恐らく、こいつらを吹っ飛ばしたのは奴自身でもなく、の仲間でもなく、偶然または何かの理由があって林に入り込んだ第三者だ。その第三者は少数だと思われる。そして、そいつらは今、恐らく奴の隠れ家にいるのだろう。もしかしたら、俺らの襲撃に備えて協力でもする気でいるのかもしれんな」
「え……。で、では、どうするのです……?」
男の推測に、否定的意見は全く出なかった。何故なら、疑う余地はないから。
男は自らの情報収集能力と推理力で、見事目的の隠れ家をここであると言い当てた。それを間近で体験していた私兵たちは、すでに彼を疑うことをやめていた。
「――虱潰しに探すぞ。奴の隠れ家を見つけたら、気づかれぬよう、何もせずに帰ってこい。襲撃は今日の深夜帯に行う。以上だ。さあ行け! てめぇらもだ!」
男の怒声に、その場にいた私兵の全員が弾くように返事をした。そして、次々と林の中に消えていく。
一人残った男は再び場所の荷台に腰を下ろした。そして、ズボンのポケットからボロボロにくたびれた手紙を取り出し、文面を見ずにぎゅっと握りしめた。
「兄貴……」
その瞳には、確かに光が宿っていた。
街道を通る人たちからは見えないであろうその場所で、二つの馬車が止まっていた。
その目立たない場所で、リーダー格と思われる厳つい顔の男が腕を組んでその荷台に腰を掛けいた。その周りには彼を取り囲むように、鎧を身に着けた私兵たちが待機している。
彼らは何かを待っているようだった。
そんな中、林の奥からかしゃかしゃと音を立てて、私兵たちが現れた。厳つい男やその周りの兵が彼らに目を向ける。
「何があった?」
その男が帰ってきた私兵たちへ問いただした。
その言葉には表現できない濃厚な威圧が含まれており、その私兵たちは体をピクリと震わせる。その威圧に恐れながら、私兵たちの一人が口を開いた。
「れ、例の男との遭遇はできませんでしたが、その姉と思われる女には遭遇できました! ボスの目立ては正しかったようで……」
「なら、てめぇらはなんで手ぶらなんだ? それに、俺のよこした精霊馬はどうした?」
ボスと呼ばれた男の鋭い相貌が帰ってきた私兵たちを貫く。その視線を直接受けた者はともかく、男の周囲で待機していた私兵たちまでもが、その迫力に嫌な汗を流した。
視線に貫かれた私兵たちは、その場で崩れ落ちて、必死に頭を下げた。
「もっ、申し訳ありません! お、女を捕らえる寸前まではよかったのですが……!」
「急に、見えない力で吹っ飛ばされてしまい……! その時にボスからいただいた精霊馬も消えてしまって……!」
「……」
その場で土下座をしながら顛末を告げていく私兵たちを、その男は黙って見下ろしていた。
それからため息をつくと、ゆっくりと荷台から立ち上がる。そして膝を地面につけている私兵たちの方へ歩き出した。
「俺ぁ……高い金を積んで、わざわざてめぇらを雇ったんだよなァ……?」
「……!」
「ひぃっ……!」
ドスのきいた声を出しながら、ゆっくりと歩み寄ってくる姿は、まさに恐怖でしかない。
彼に雇われている私兵たちは、その男の力量が自分たちを遥かに凌ぐと知っていた。だからなおさら、その姿が恐ろしくてたまらない。女をさらうことに失敗した私兵たちは、逃げることもできずに震える瞳でその男を見つめていた。
「別に、てめぇらをしばきてぇ訳じゃねえ……。なんせ、使用料として高い金を払ってんだ。何もしないウチに壊しちまったら、採算が取れねぇ……。なあ、そうだろ?」
「……は、はいィ!」
男が私兵たちの前まで到達すると、その場でしゃがみ、先頭の私兵をのぞき込んだ。そののぞき込まれた私兵は、怯えながら彼の言うことを肯定する。
「だからよォ、冷静に考えんだ……。てめぇらが女を襲っている最中に吹き飛ばされたとするならば、『誰かが女を狙っていた』ことが向こうにバレたってことだ」
男は私兵から目線を反らし、顎に手を当てて考える。
「バレたってことは何か対策をしてくるハズ。……例えば、どんなことをしてくると思う?」
再び私兵へ男は視線を向けた。その黒く濁っているその瞳にのぞき込まれたその私兵は、咄嗟に答える。
「警察に、通報するとか……?」
「いいや、それはない」
男はその私兵の回答をばっさりと即座に切り捨てた。そして独りごとのように呟きながら立ち上がる。
「奴はこの林のどこかに隠れてんだ。そんな目立つ存在を外部から連れ込むはずがねぇ。尾行でもされたら隠れてる意味がなくなるからな。ところで」
男は私兵たちを見下ろした。さっきまでは先頭にいた私兵だけに向けられていた冷たく突き刺さる視線だったが、今度はその後ろにいる私兵たちにも向けられる。
自分たちには向けられないであろうと、少し安心していた私兵たちはぴくりと肩を震わせた。
「てめぇらを吹き飛ばしたっつう奴の姿は見たか?」
「い、いえ……。本当に脈絡もなく……こう、見えない力に持ち上げられたような感じで、見る余裕なんて……」
「脈絡もなく……持ち上げられた……?」
私兵の言葉を聞いて、男はさらに頭を回転させる。頭の中にある情報と、今得た情報を掛け合わせ、現状に適切な答えだけを抜き取っていく。
奴は姉に対して、並ならぬ信頼と好感があったはずだ。そしてこれまでに調べ上げた奴の性格から、姉が襲われているのを目の当たりにして、怒声ひとつ上げずに冷静に敵を排除するなんて考えられない。
加えて、私兵どもを吹き飛ばしたのは、恐らく念動力的な能力を扱える者だ。奴のかつての仲間の現在から推測するに、今この時にこの場所へ現れるとは思えない。
となると、
「……なるほど」
思考が結論に達した男はそうぼやくと、周囲にいる私兵たちへ命じた。
「恐らく、こいつらを吹っ飛ばしたのは奴自身でもなく、の仲間でもなく、偶然または何かの理由があって林に入り込んだ第三者だ。その第三者は少数だと思われる。そして、そいつらは今、恐らく奴の隠れ家にいるのだろう。もしかしたら、俺らの襲撃に備えて協力でもする気でいるのかもしれんな」
「え……。で、では、どうするのです……?」
男の推測に、否定的意見は全く出なかった。何故なら、疑う余地はないから。
男は自らの情報収集能力と推理力で、見事目的の隠れ家をここであると言い当てた。それを間近で体験していた私兵たちは、すでに彼を疑うことをやめていた。
「――虱潰しに探すぞ。奴の隠れ家を見つけたら、気づかれぬよう、何もせずに帰ってこい。襲撃は今日の深夜帯に行う。以上だ。さあ行け! てめぇらもだ!」
男の怒声に、その場にいた私兵の全員が弾くように返事をした。そして、次々と林の中に消えていく。
一人残った男は再び場所の荷台に腰を下ろした。そして、ズボンのポケットからボロボロにくたびれた手紙を取り出し、文面を見ずにぎゅっと握りしめた。
「兄貴……」
その瞳には、確かに光が宿っていた。
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