傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

文字の大きさ
上 下
21 / 119
第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』

19 結界の秘密として

しおりを挟む
 台所に駆け付けると、そこに多くの食器や調理器具が床に散乱している場面に出くわした。
 あたふたしているカレンと、安堵の息をついているアレンもそこにいた。

「襲撃とかじゃなかったんだね」

「うん。びっくりした」

「ご、ごめんなさいね……? 変な心配をかけてしまって」

 どうやら、カレンが誤って色んなものを盛大に床へぶちまけてしまっただけらしい。
 ちょっと度肝を抜いたことだったが、大事ではなくてよかった。

 音につられて飛び出した三人は、彼女が無事なことに安心しながら、四人で片づけを行ったのだった。







「僕は昔、そこそこの冒険者でね。魔界にも行ったことがあるぐらいなんだ」

 そんなちょとした騒動があってから、シルヴァたち四人は家の外へ出ていた。アレンたちの家を囲む結界について説明するため、実物を見に行くのだ。

 その道中でアレンはぼつぼつと軽い身の上話をシルヴァとシアンに聞かせていた。

「そうね。アレンはとても強い人たちとパーティを組んで、世界中を回ってたのよ」

 嬉しそうにカレンが笑うと、アレンが気恥ずかしそうに頭をかいた。

「やめてくれよ姉さん……」

「いつも旅先から私に手紙を送ってきたの。元気かー? 困ったことはないかー? って。ふふふ、それは私のセリフなのにね」

「本当に、やめて、姉さん」

 ここぞとばかり、カレンはいたずらにアレンをからかった。

 アレンは必死で自分のちょっと恥ずかしい身の上話の制止にかかるが、カレンは口に手をあてて笑っていた。

 そんな姉弟を、とびきり暖かい目で見守っていたシルヴァとシアン。
 不意にその視線にアレンが気づき、恥じらいで少し赤く染まった頰をしながらも、オホンと咳払いをして話を戻す。

「ま、まあ、そのことは置いといて、俺はそこそこの冒険者だったワケ。だけど、とある理由でね。俺は冒険者業から手を引いた。それで今は隠居中。そんだけよ」

 身の上話、と言っても踏み入った話ではない。シルヴァの疑問を答えるに最低限の情報だけを、アレンは話していく。

 どうして冒険者をやめたのか、その理由はあえて聞かなかった。

 あまり踏み込んでほしいようなことではないだろうし、シルヴァだって『嫌がらせを受けて投獄されたから今は冒険者を休業している』なんて、説明してほしいと言われても喜んで言いたくはない。

「……ということは、襲ってきた人たちと、冒険者時代に因縁があったり?」

 シアンはシルヴァの隣で歩きながら推測するも、前で歩いているアレンは首を横に振った。

「いいや、その線は薄い。今更すぎる」

 そう断言するアレンの言葉を聞いて、シアンの獣耳がしゅんと下がった。

 そのまま少し歩いてると、前を歩いていたアレンとカレンが立ち止まる。どうやら結界の境界線についたようだ。
 アレンは振り返った。

「この結界には、内側に存在する一定量の魔力を持つ物質を、外側から見えなくする隠蔽能力と、内側の音を外に漏らさない防音能力が備わっている」

「なるほど。それで一定の魔力を持たない木々がそのままで、結界に入った一定の魔力を持つ人間だけが見えなくなるんだな」

 二人が結界に入ったとき、外側からは自分たちの体は見えなかった。しかし、その向こう側の草木の背景は見えていた。その理由が、この『一定量の魔力を持つ者だけを消す』という条件があったから、ということだ。

 その『一定量の魔力』のラインは分からないが、そのラインを草木などのオブジェクトが下回り、人間が上回るよう、しっかりと結界に設定してあるのだろう。

「この結界は地上から途中までは半球状に張ってあるが、木々の天辺あたりはその限りじゃない。木の天辺よりもちょっと低い高度で、半球状に結界を伸ばすのをやめて、地面と平行に、天井みたいな感じに結界を張ってるんだ」

「どうして?」

「鳥のせいだ。あいつら、割と魔力を持ってて、結界の内側に入ると消えちゃうんだよね。そのまんま半球状に張っていると、木の上の空中にも結界がはみ出るんだ。そこに飛行中の鳥が入ったらどうなると思う? ――結界に入って消えたりするでしょ?」

「うーん。つまり、飛んでる鳥が突然消えて怪しまれないように、結界の形を工夫してるってこと?」

「かみ砕けばそういうこと。あれだよ、三角錐のとんがりを取った感じの形になってる」

 そう言ってアレンは虚空に手をかざす。
 すると、たった一瞬であるが、結界の膜がちらりと、まるでシャボン玉の膜のように光った。

「もちろん、結界は基本的に不可視。だからこれを見つけるのは、この森の中を虱潰しらみつぶしにしないと無理だろうね」

「随分と自信があるようだね」

「おうとも。――そうだな。だって、この結界の維持にほとんどの魔力を使ってるからね。そういうわけで」

 アレンはシルヴァの瞳へと視線を向けた。そして、にこっと笑ったと思ったら、

「結界の維持に精一杯で、俺、戦闘では役に立たないから。よろしく」

「――」

 かつての『自称』そこそこな冒険者が全くの戦力外であると、本人の口から判明したのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺おとば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

処理中です...