傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』

12 新たなる門出に

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 宿を出たシルヴァとシアンは、ついに町の門をくぐった。視界から建物が消え、緑が視界に広がる。
 二人にしては、色んな思いがある町だった。その大半の思い出は思い出したくない類のものなのが、少し癪だけれど。

「……本当によかったのか?」

「……? なにが?」

 コートのポケットに手を突っ込んでいるシルヴァがまじまじと隣にいるシアンに聞いた。
 白いワンピースを着た彼女は不思議そうに首を傾げる。シアンは昨日買った帽子を被っていて、そのツバからちらりと顔を出してシルヴァの顔を見上げた。

「服、そのままでよかったのかってことだよ。街道だから安全だとは思うけど……。もし魔獣とかち合ったとして、その身なりで動けるの?」

「んー、大丈夫だよ」

 二人の眼前にあるのは、目線の先まで続いているレンガ造りの道。町から出たすぐまではこのように舗装されているが、町から遠くなるについてその舗装は段々と荒くなっていき、終いには舗装がされていない道になる。

 人間の手がかかっている道とは違い、その舗装されていない道においては獣や魔獣と遭遇する可能性があるのだ。
 もし遭遇した場合、戦闘になるのも考えられる。まあ襲ってきたとしても、シルヴァの能力で一網打尽だが。

 それでも、もしもの時のことを考えておいた方が良い。
 魔獣との戦闘でシアンが駆け回らなくてはいけない可能性――それを考慮すると、ワンピースでは動きづらそうだ。

 いや、動きづらいとかもあるけれど……。

 シルヴァはさっきあったことを思い出す。
 さっきあったこと、というのは、例のバク転だ。バク転ごときでも見えてしまうのだから、戦闘中なんかは見え放題なのでは……。

「……もしかして、見せたいとか?」

「へっ?」

 思わず考えていたことを口に出してしまった。シルヴァは慌てて口を手で塞ぐが、すでに言葉はシルヴァから飛び出てシアンのもとに届いている。

 それを聞いたシアンは一瞬何のことか分からず、きょとんとした顔をしていた。
 が、理解したと思われた瞬間から一気に顔を赤らめ、シルヴァの背中をパーで殴った。

「――っ!! そんなわけ! ないでしょ!」

「冗談に決まってる……」

 ぷんすか怒るシオンに制裁を下されたシルヴァは、その影でぶつくさと呟いた。

 しかしそれを抜きにしても、だ。

「白い服って汚れとかつきやすいじゃん? 汚れると嫌でしょ……? 新しい服買ってあげるって。バカ三人から貰ったお小遣い思わぬ収入もあったし」

 そう言いいながら、シルヴァは自身の膨らんだ財布を取り出して見せびらかした。

 シアンはそんなシルヴァをちらりと見る。
 シルヴァは昨日新しく買った軽装を纏い、手提げの部類は持っていない。町々の往復するときに邪魔になるから、シルヴァは基本そういうのは持ち歩かないのだ。

 だから、ここでシアンの新しい服を買ったとしたら、今着ている白いワンピースは持っていけないので捨てていくことになる。
 そこれがシアンにとって嫌だった。シルヴァに背を向け、独り静かにため息をつく。

「……せっかく君が初めて買ってくれたものなのに、捨てるなんて嫌だよ……はあ」

 帽子に隠れたシアンの獣耳も元気をなくしてパタリと倒れているが、シルヴァは気づくことはない。

「……もう、いいよ。それで、どこに行くの?」

 一つため息をついたところで、シアンはシルヴァに切り出した。
 シルヴァは彼女の言葉にうなずいて答える。

「まずは隣町の『コルマノン』。で、そこでちょっと休んだら、西に行って『サンレード』に行く」

「……『サンレード』? それって……」

「うん。人間と獣人、二つの種族が共存する町のひとつだよ。とりあえず、君のことについては、そこに着いたらよく考えよう」

「……」

 シルヴァに、シアンは押し黙る。

 シルヴァはシアンの生い立ちについて、あえて聞いていなかった。そもそも、この人間しか住んでいないような町で看守に捕まるという時点で、何かしら事情があるのは確かだ。

 脱獄し、シルヴァと共にほとんど自由になったのにも関わらず、彼女の口から自分の『両親』についての言及が全くない。自由になったのなら、まず親と連絡を取ることが普通ではないだろうか。年齢的にも独り立ちするには早すぎるのに。

 それをしないということはつまり、親との接点が薄いということ。幼い時に亡くしたか、孤児だったのか。

 そして――シルヴァはシアンを見る――彼女は、シルヴァに付いて来るつもりだ。

 会って数日の相手に付いて来る。それは彼女に知り合いがいない、少なくても今すぐ連絡が取れる知り合いがいない、ということを示している。

 身よりもない。持ち物もなければ資産もない。そんな彼女が、人間だらけの町で生きていくのは、かなり難しいだろう。

 だから、人間と獣人の対立を忌むヒト達が住む『サンレード』を目指すのだ。そこならば、身寄りのない半獣人の彼女を、暖かく迎えてくれるかもしれない。

「……あのさ、私、このままでもいいよ」

「……ん? どういうこと?」

 ぽつりとシアンが口を開いた。
 対してシルヴァが問うと、シアンはにへらと笑って見せる。

「君ってたぶん冒険者の人でしょ? 私も、君と一緒にさ、冒険者、やりたいなって」

 シアンはそうやって、恥ずかしそうに言ったのだった。
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