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第一章 傀儡使い、獣耳少女に出会う
9 真夜中の宿は悲しみに濡れて
しおりを挟むゴルドを下し、自分を陥れた連中と一段落つけたシルヴァは、シアンと一緒に宿の一室でくつろいでいた。テーブルの上に置かれたランプの明かりが、淡くゆらゆらと揺れている。
ちなみに、シルヴァの服はあの戦闘によって、ボロボロになってしまっていた。
だから、宿に寄る前に適当な服屋で着るものを調達しておいた。久しぶりに新しい服を着て、なんだか新鮮な気分である。
「ん~」
イスに座ってお茶を飲むシルヴァの後ろで、ベッドに転がって羽を伸ばしているのは、白いワンピースを着たシアンだ。
彼女の服も新しいのを調達した。ついでに黒い帽子も買い、今はベッドの棚の上に置かれている。
「元気そうでよかったよ」
イスに深く腰をかけ、シルヴァは微笑んだ。その言葉を聞いて、シアンはベッドの上で起き上がり、ベッドの隅に座って足をブラブラと遊ばせた。
「……君のおかげよ」
瞳を閉じ、白くすらりとした素足を床につけると、シルヴァの後ろに歩み寄る。それから、座っている彼に後ろから腕を回した。
シルヴァはその仕草にドキりとする。勿論、恐怖とかそういうことではない。
「あの時は……その、混乱してて、うまく口が動かせなかったけど……。ありがとうね、私を助けてくれて」
そう言ってシアンはぎゅっとシルヴァを抱く。
「……疲れてるだろ。早く寝た方がいい」
シルヴァはそう言い、自分に纏わりついた彼女のか細い腕を優しくどかした。彼女がどんな表情をしたか分からないが、そのままベッドへ入ったのを音で把握する。
彼女がベッドに入った後で、シルヴァはイスから立ち上がり、部屋に付属しているベランダへ出た。二人入れるか入れないぐらいの、小さなベランダである。
シルヴァは戸をベランダに出て、手すりに寄り掛かった。街中はポツポツと明かりがついているものの、大半は暗闇に包まれている。
さっきまであんな大騒ぎがあったとは思えないほど、静かな町だった。シルヴァは冷えた夜にセンチメンタルを感じて黄昏る。
……素直じゃないなあ、僕。
肌寒い闇夜の中で、シルヴァは後ろから回されたシアンの腕を、そのまま解いてしまったことを思い返していた。
女々しいけれど、シルヴァの体には名残惜しさが残っている。
いや、彼女は自分に恩を感じているだけであり、そういう感情はないはずだ。それなのに、その関係の優位性から期待を持っている自分がいる。
「……はあ」
考えても仕方がない。シルヴァは闇に紛れて見えない白い息を吐いて、部屋に戻る。
部屋の中の暖かい空気が、ふんわりと体を包んだ。冷たい空気が入らないように、すぐにベランダの戸を閉める。
それからテーブルに向かい、ランプを消した。暗闇の中、歩いていき自分のベッドに潜り込む。
掛け布団の柔らかい感覚を得ながら、静かに目を閉じた。
意識が眠ろうとした一歩手前。
シルヴァが眠るベッドに、シルヴァ以外の誰かが体重をかけた。
不思議に思うものの、その正体はすぐにはっきりと分かった。
「ごめんなさい……」
シルヴァと同じベッドの上に入ってきたのは、シアンだった。
掛け布団の中。シルヴァに肌を寄せて腰に手を回して、シルヴァをぎゅっと抱きしめる。彼女の顔が、吐息すら感じられるほど近く感じていた。
「あの、色々と思い出しちゃって……。牢獄にいたときの……」
「……」
その小さな体をさらに縮こまりながら、深層にしまい込んでおきたいことを、振るえた声で吐きだそうとするシアン。その姿は、暗闇で彼女が目視できないのに、シルヴァにはとても痛ましく思えてならなかった。
「……っ!」
「もう、いい」
彼女が次の淡い言葉を紡ぐ前に、シルヴァの体は自然と動いていた。
シルヴァの腕にシアンを温柔に抱きしめる。
「もう、」
シルヴァは、彼女の思いに対する回答を持ち合わせていない。だから、こうするしかできなかった。
彼女が半獣人として受けてきた侮蔑は、シルヴァの想像以上の惨いものなのだろう。シルヴァは、彼女にかけてやれる重みのある言葉なんて、持ち合わせていなかった。
町を破壊する狂人をも倒せるのに、色んな者を支配できる能力を持つのに、目の前のボロボロな少女一人救えない。
――シルヴァは無力だった。
腕の中で静かに、声を殺して涙で泣き濡れる少女を、等身大の青年はただただ、優しく抱きしめていた。
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