150 / 165
150 変革を望む者の覚悟
しおりを挟む
『……はい、こちらアルト~。やあやあ姉さん。お疲れー』
「……うん。わたし」
フィリアの細いぼやきに、通信水晶越しのアルトはため息をついた。
『何かあったんだね』
フィリアは見えるはずもないのにうなずいた。しかしそれでもアルトにはフィリアの状況に察しがついているのだろう。もっとも、具体的に何がどうしたということは分かりもしないだろうけれども。
『とりあえず状況を説明してくれ。でもそっちまで物理的な距離があるからね。何かをすることはできそうにない。分かっているとは思うけど、それは留意しておいてほしい』
「……分かってる。――ソニアがいなくなっちゃった……」
震える声でフィリアはそう告げた。水晶越しのアルトからは息を呑むような吐息を感じる。予想外で言葉を飲み込んでしまったのかと思ったが、すぐに彼はフィリアへ聞き返した。
『捜索の目途は?』
「捜索は『灰狼の祖牙商会』に頼んだ……。いつ見つかりそうだとかは分かんない……」
『ノルハの治安は?』
「分かんないけど……目立って悪いとかはなさそう……。祭りも活気づいてるよ」
『ソニアの失踪前の様子は?』
「……落ち込んでいるようだった。疎外感とか不安だとか、あったのかもしれない……」
『なるほどねー』
アルトは最初とはうって変わって真剣な音色で質問を終えると、ため息交じりに相槌を打った。震える四肢を感じながら、フィリアは水晶に触れている拳をぎゅっと握りしめる。
言葉にして、誰かに伝える。それだけのことなのに、視界の中の水晶に触れた自分の手が遠ざかっていく。ぐわんとした全方向の視野に頭を抱えた。
――人間ひとり。たった人間ひとりの意思をもくみ取れず、内から外に行かれてしまった。そんな自分の不甲斐なさが肩の重責にのしかかる。それは相乗効果で精神に圧をかけているかのようだった。
けれども、それらの責任は全て自分にあることをフィリアは知っていた。
「……わたしは大丈夫。ソニアの件は……うん、アルト側でどうにかできることじゃないのは分かってる。だから今回は報告と、『灰狼の祖牙商会』を働き掛けるために恩を買ったってこと。いくらか『灰狼の祖牙商会』を支援すると言っちゃった……。金銭、名義貸与、技術提供……まだ具体的なことは決まってないけど、近々なにかを用意しないと……」
『分かった。こちらでも考えておくよ』
アルトの声色は変わらない。通信水晶越しだからそう感じるだけかもしれないが、対してフィリアの声は沈んでいるのだろう。
数多な人元を従える立場になるというのに、こんなことではやっていけないなんてことは分かっているつもりだった。でもそう簡単にはいかなかった。
――いや、違う。
フィリアはぎゅっと拳を握り締め直す。
(今……ようやく、向き合う時……)
『アーク家』の血統の抱擁と『フィリア』という人間ひとり。それは決別できるものではないし、したいとも思わない。誇りを捨てたくはない。
(伝統の変革を望み……先人が遺したものを排除する覚悟を……)
いつしか震えは消えた。フィリアはそっと水晶から手を離した。
「また明日、連絡する。日の入りあたりに」
『はいよ』
通話が切れる。フィリアは鮮明なる水晶の輝きに目を細めたのだった。
◆
通話を終えたアルトは息を吐く。
(結局、オレは何もしてねーし)
とてみ落ち込んで、焦燥を隠したい意図が見える調子で通信をしてきたフィリア。だが、通話して状況を確認しただけで、その調子は改善されたようにみえる。
勝手に落ち込んで、勝手に回復する。馬鹿らしいほど真っ直ぐで素直だ。色んなものにもまれてくすんでしまったアルトとは違い、フィリアは変わらない。あの調子だとこれからもそのままであろう。
(願わくば、そのまま……)
その感情が一度色褪せてしまえば、二度色づくことはなくなる。純白は汚れてしまってから完全に漂白はできない。アルトはもう手遅れであると自覚があった。
(とはいえ、綺麗すぎるのもダメだからな……)
だからこそ、その部分をアルトが補うのだ。フィリアが台頭し、彼女が対応しにくい部分をアルトが埋める。それが一番だ。
そして何より、フィリアの感覚は信用に値するとアルトは思っている。こればかりは理屈ではないのでうまく言葉にはできないが。
(……たぶんあれは、狙って獲得できるものじゃない、不思議な性質なんだろうな)
正しいと思えるものを直感できる才能。それを持つ姉を羨ましくないといえば嘘になる。しかしながら、その嫉妬さえ乾涸びてしまうほどの光なのだから、逆に困って笑ってしまう。
さて。
通話も終わったところで戻ろうと思ったアルトは、ふと部屋に入ってきた人影を見た。そして苦笑する。
「そんな顔するなよ。姉さんは全然無事だからさ。……ま、これからどうなるかは分からないけどね。――父さん」
「……うん。わたし」
フィリアの細いぼやきに、通信水晶越しのアルトはため息をついた。
『何かあったんだね』
フィリアは見えるはずもないのにうなずいた。しかしそれでもアルトにはフィリアの状況に察しがついているのだろう。もっとも、具体的に何がどうしたということは分かりもしないだろうけれども。
『とりあえず状況を説明してくれ。でもそっちまで物理的な距離があるからね。何かをすることはできそうにない。分かっているとは思うけど、それは留意しておいてほしい』
「……分かってる。――ソニアがいなくなっちゃった……」
震える声でフィリアはそう告げた。水晶越しのアルトからは息を呑むような吐息を感じる。予想外で言葉を飲み込んでしまったのかと思ったが、すぐに彼はフィリアへ聞き返した。
『捜索の目途は?』
「捜索は『灰狼の祖牙商会』に頼んだ……。いつ見つかりそうだとかは分かんない……」
『ノルハの治安は?』
「分かんないけど……目立って悪いとかはなさそう……。祭りも活気づいてるよ」
『ソニアの失踪前の様子は?』
「……落ち込んでいるようだった。疎外感とか不安だとか、あったのかもしれない……」
『なるほどねー』
アルトは最初とはうって変わって真剣な音色で質問を終えると、ため息交じりに相槌を打った。震える四肢を感じながら、フィリアは水晶に触れている拳をぎゅっと握りしめる。
言葉にして、誰かに伝える。それだけのことなのに、視界の中の水晶に触れた自分の手が遠ざかっていく。ぐわんとした全方向の視野に頭を抱えた。
――人間ひとり。たった人間ひとりの意思をもくみ取れず、内から外に行かれてしまった。そんな自分の不甲斐なさが肩の重責にのしかかる。それは相乗効果で精神に圧をかけているかのようだった。
けれども、それらの責任は全て自分にあることをフィリアは知っていた。
「……わたしは大丈夫。ソニアの件は……うん、アルト側でどうにかできることじゃないのは分かってる。だから今回は報告と、『灰狼の祖牙商会』を働き掛けるために恩を買ったってこと。いくらか『灰狼の祖牙商会』を支援すると言っちゃった……。金銭、名義貸与、技術提供……まだ具体的なことは決まってないけど、近々なにかを用意しないと……」
『分かった。こちらでも考えておくよ』
アルトの声色は変わらない。通信水晶越しだからそう感じるだけかもしれないが、対してフィリアの声は沈んでいるのだろう。
数多な人元を従える立場になるというのに、こんなことではやっていけないなんてことは分かっているつもりだった。でもそう簡単にはいかなかった。
――いや、違う。
フィリアはぎゅっと拳を握り締め直す。
(今……ようやく、向き合う時……)
『アーク家』の血統の抱擁と『フィリア』という人間ひとり。それは決別できるものではないし、したいとも思わない。誇りを捨てたくはない。
(伝統の変革を望み……先人が遺したものを排除する覚悟を……)
いつしか震えは消えた。フィリアはそっと水晶から手を離した。
「また明日、連絡する。日の入りあたりに」
『はいよ』
通話が切れる。フィリアは鮮明なる水晶の輝きに目を細めたのだった。
◆
通話を終えたアルトは息を吐く。
(結局、オレは何もしてねーし)
とてみ落ち込んで、焦燥を隠したい意図が見える調子で通信をしてきたフィリア。だが、通話して状況を確認しただけで、その調子は改善されたようにみえる。
勝手に落ち込んで、勝手に回復する。馬鹿らしいほど真っ直ぐで素直だ。色んなものにもまれてくすんでしまったアルトとは違い、フィリアは変わらない。あの調子だとこれからもそのままであろう。
(願わくば、そのまま……)
その感情が一度色褪せてしまえば、二度色づくことはなくなる。純白は汚れてしまってから完全に漂白はできない。アルトはもう手遅れであると自覚があった。
(とはいえ、綺麗すぎるのもダメだからな……)
だからこそ、その部分をアルトが補うのだ。フィリアが台頭し、彼女が対応しにくい部分をアルトが埋める。それが一番だ。
そして何より、フィリアの感覚は信用に値するとアルトは思っている。こればかりは理屈ではないのでうまく言葉にはできないが。
(……たぶんあれは、狙って獲得できるものじゃない、不思議な性質なんだろうな)
正しいと思えるものを直感できる才能。それを持つ姉を羨ましくないといえば嘘になる。しかしながら、その嫉妬さえ乾涸びてしまうほどの光なのだから、逆に困って笑ってしまう。
さて。
通話も終わったところで戻ろうと思ったアルトは、ふと部屋に入ってきた人影を見た。そして苦笑する。
「そんな顔するなよ。姉さんは全然無事だからさ。……ま、これからどうなるかは分からないけどね。――父さん」
10
お気に入りに追加
2,430
あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる