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145 交渉終了

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「……なるほど。『フィリア・アーク』様、噂には聞いておりましたが、それ以上に聡明でいらっしゃる。私の考えなど、お見通しでございますか」

 ドミニクは気が緩んだようで、軽く息を吐きながらそう言った。若干ながら肩からも力が下りているようで、口元も緩ませていた。

「しかしよろしいので? 獣人なぞに関わっては『アーク家』の威厳……いえ、風評に影響があるのでは?」

「影響? 獣人なぞに関わらん。私が支援するのは『灰狼の祖牙グラオ・アンファング商会』だ。それに……」

 フィリアは机に肘をついて、頬杖をついた。片目をつぶり、ドミニクを試すような挑発するような瞳で見据える。口元は嫌らしく歪んでいた。

「貴方らがなんとかするのだろう? 差別そっちの事情は」

「……ハハッ。さよう、さようでございます」

 そう言葉を突き付けられた瞬間は犬らしく、狼らしくきょとんと眼をまん丸にして面食らっていた。しかし次の瞬間には牙の見える口を大きく広げて、楽しそうに笑ってみせる。気持ちが昂っているのが見てわかった。最低限の冷静さはあるようだが、それでも笑みは零れ続けている。

「申し訳ございません。とても嬉しく思っておりまして。ウィスペル、菓子をお出ししよう。フィリア様だけじゃなく、ウィズの分も持ってきてほしい。いやはや、ハッハッハ! まさか『フィリア・アーク』様から援助の話をいただけるとは! 等身大の気持ちを以っておもてなすほかなかろう!」

 調子よく後ろについていたウィスペスに振り返って、腕を振って合図をした。とっさにフィリアは口を出し、それを制する。

「いや、それはいい。私にもやることがあるのでな。長居はできん。

 話を戻そう。勘違いを正すための、ふたつめの話をしよう。私は『灰狼の祖牙グラオ・アンファング商会』に人捜しを頼んだが、別に組織のメンバーが直接探せとは言わん。商会なら商会ならではの伝手があるだろう。人捜しの業務は他の組織に回して構わない」

「かしこまりました。そういうことでしたら……失礼……ええ、なんとかなるでしょう」

 断りの言葉もつかの間。スッと着物の懐から手帳を取り出し、いつの間にか握っていたペンをクルクルと回しながら、ニヤリと答える。

「そうでなくてはな。分かっているとは思うが」

「ええ、承知しております。委託先に『アーク家』の名は出しません」

 ドミニクは手帳を上下に一回だけ振るう。すると慣性により後ろの方に格納していた黒い板――小型の魔筆板マジカル・プレートが飛び出してきて、彼はそれを器用に手帳の表紙の前に持ってきた。

 それからペンで何やら書き込むと、それを後ろのウィスペルに渡す。ウィスペルはそれを一瞥すると、フィリアの方へ一礼した。それから足音を立てず、部屋を後にする。

 魔筆板マジカル・プレート。薄い板のようなもの。魔力を秘めた筆で線を引ける書き物の道具だ。横についてる魔法陣に魔力をこめることで書いたものを消去することができ、それを利用すれば何度でも使用可能である。このように、ちょっとした伝言などに利用されるという。元は自生していた特殊な葉っぱを用いてたようだが、その性質を石板に転換させてできたのが魔筆板マジカル・プレートである。

 それは"紙"が貴重な地域で発達した技術らしい。もっとも、この辺りでは紙の製造がとある魔法の技法によって容易いため、あまり見かけないが。

「ただいま手配しました。返答はまだでございますが、請け負ってくれるでしょう」

「ふむ。了解した。では、この件の報酬について話していくとするか。これに関しては貴方の中で目算できているのだろう?」

「ええ。左様でございます」

 それからはとんとん拍子に交渉が進んでいった。報酬の額についても、フィリアが提示した額をドミニクが手帳とにらめっこしながら了承していく。その程度のことであった。そういうことに関しても全く分からないウィズが口を挟む余地はない。

「投資については後程。そうだな……『メストマター感謝祭』が始まるのは明後日。ならば、明日の夜。また私が伺おう。それまでに考えておく。途中経過の報告を受けるついでに、その話も軽くするとしよう」

「……いえ。こちらは請負側でございます。受注主様であるフィリア様から、ご足労をおかけするわけにはいきません。もしよろしければ、私の方から伺わせていただきますが、いかがでしょう」

「……ふむ。そうだな。私は貴方を信用に値すると決めた。――宿の場所を教えよう。明日の夜、日没後に来てくれ」

「承知いたしました」

 そのやり取りを最後に、フィリアとドミニクの交渉は終わった。滞在している宿の場所だけをドミニクに伝えると、フィリアとウィズは宿を後にする。

 ドミニクと仲居に見送りをされながら、二人は外へと出た。辺りは明後日の祭りに向けて盛り上がっており、様々な雑音が飛び交っていた。

「……フィリアさん」

「ええ、分かってるわ」

 帰路につく中、ウィズは心配でフィリアに話しかけると、彼女も分かっているようでため息交じりにそう答えたのだった。
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