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142 勘違い
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「両方の可能性を考慮する前提で話しているわ。第三者による手が入っているにせよ、個人的な思惑で失踪したにせよ……私が直々に貴方の元へ訪れた、その意味が分からないわけではないのだろう?」
「……」
圧のある言い方と共に、フィリアは不機嫌さを表すように目を細めた。ドミニクはフィリアを見返してつつ、手に顎を当てて思考を巡らすような仕草をする。
ウィズはフィリアの発言をしっかりと聞いて、その様子も観察していた。
(……話を逸らしたな。いや、『口を挟むな』と暗に示したのか。なんにせよ、酷いゴリ押しだ。『アーク家』らしいといえば、『アーク家』らしいやり方なのか)
ドミニクの質問に答えていない。本来するべき回答を上に追いやって、ひとつ下の『フィリアがドミニクを頼った理由』を匂わせた。いや、理由というには脅迫めいている。これは『アーク家』からの、直接的な依頼であると強調した。
それは『普通の理由で断った場合、お前の商会にどのような影響が出るのか、考えていないわけじゃないだろ?』と、遠回しに脅しているということ。権力による無理強いも甚だしい。『アーク家』の大きさゆえになせる業だ。手札がなくとも、持ち手の豪族の血だけでも強力な選択を押し付けることができる、一例であった。
「……そうですな」
ドミニクは瞳をつぶり、ぼそりと口を開く。
「私に同行してきた商会員は数十名。人捜しは専門ではないが、やれないことはないでしょう。しかし、彼らは戦闘員ではない。誘拐などの暴力性のある事件に首を突っ込めば、無事で済む保証はありません。私として……『灰狼の祖牙商会』頭目、ドミニク・ヴェルナー・フロムとして、商会の手となり足となり、そして恒常的に顔でもある商会員たちを粗末に扱う気はございません。どれだけ高い報酬を用意されようと、私が、私たちが積み上げてきたものはそれ以上。不相応な請負は容易にそれを崩壊させる。それゆえ、フィリア様の提案は全面的に受け入れることはできませんな」
「……そう」
どれだけの言葉を積み重ねたか。ドミニクが言いたいことはただ一つ。具体性を見渡せない危険な仕事は引き受けられないということ。
『アーク家』という大きな後ろ楯があるフィリアに対し、こうも大きく出れるのは流石であろう。ウィズはそういう権力に関してはいたって無知である。しかしながら、『アーク家』の好き放題できる横暴さを垣間見る機会はいくつかあった。フィリアの余所行きの態度には迷いもなければ、他者がとがめることもない。それほどまでに浸透している権力の枷であった。
ドミニク率いる『灰狼の祖牙商会』は『アーク家』の権威とは普段は顔を合わせない領域から来た、いわば部外者。それでも『アーク家』の名前は知っていたし、伴う態度も示してきた。
世間知らずというわけではない。すべてを承知で選択したのだ。
遠い地の名のある豪族の申し出程度、という思いもあるのかもしれない。けれども、ドミニクほどの立場であるならば、近いうちに『セリドア王国』で『剣聖御三家』がひとつになる『王国聖騎士団』が結成されることを知っているはずだ。それを考えれば、これを期に『アーク家』に恩を売ることは、何倍の利益となって返ってくる可能性が高い。それを『申し出程度』となんて切り捨てはしないだろう。
それ以上に、ドミニクには信念があるのか。もしくは、本当に『積み上げてきたものが容易に崩壊する』と危惧しているのか。ウィズにはどちらがそうとは断定できない。
「なにか、勘違いをしているのではないか?」
そんなドミニクに、フィリアは冷たく言い放つ。その眼差しに見つめられたドミニクは、取り乱しもせず見つめ返した。
「申し訳ございませんが、私共ではフィリア様の願いを請け負うことはできかねます」
「そうではない」
「……」
「まずひとつ。部下が行方不明になった理由を語ることができないのは……そうだな、『アーク家』として恥を上塗りすることに他ならない。貴方も分かっているはずだろう。こうして話していることでまたさらに上塗りをしている。とんだ失態だよ。部下の管理すらまともできないことを、こうやって第三者に知られなくてはならないなんて、な。
だが……こうやって貴方に依頼を持ち掛け、事情を話したことに後悔はない。私は『灰狼の祖牙商会』が積み上げてきた歴史――歴史というにはまだ短いが――とその活躍は、紙の上での情報にはなるが把握している。そのうえで、私はここに来た。
貴方は勘違いをしている。だから言ってやろう」
そう言うと、フィリアは口元をほんのちょっぴり緩ませたのだった。
「……」
圧のある言い方と共に、フィリアは不機嫌さを表すように目を細めた。ドミニクはフィリアを見返してつつ、手に顎を当てて思考を巡らすような仕草をする。
ウィズはフィリアの発言をしっかりと聞いて、その様子も観察していた。
(……話を逸らしたな。いや、『口を挟むな』と暗に示したのか。なんにせよ、酷いゴリ押しだ。『アーク家』らしいといえば、『アーク家』らしいやり方なのか)
ドミニクの質問に答えていない。本来するべき回答を上に追いやって、ひとつ下の『フィリアがドミニクを頼った理由』を匂わせた。いや、理由というには脅迫めいている。これは『アーク家』からの、直接的な依頼であると強調した。
それは『普通の理由で断った場合、お前の商会にどのような影響が出るのか、考えていないわけじゃないだろ?』と、遠回しに脅しているということ。権力による無理強いも甚だしい。『アーク家』の大きさゆえになせる業だ。手札がなくとも、持ち手の豪族の血だけでも強力な選択を押し付けることができる、一例であった。
「……そうですな」
ドミニクは瞳をつぶり、ぼそりと口を開く。
「私に同行してきた商会員は数十名。人捜しは専門ではないが、やれないことはないでしょう。しかし、彼らは戦闘員ではない。誘拐などの暴力性のある事件に首を突っ込めば、無事で済む保証はありません。私として……『灰狼の祖牙商会』頭目、ドミニク・ヴェルナー・フロムとして、商会の手となり足となり、そして恒常的に顔でもある商会員たちを粗末に扱う気はございません。どれだけ高い報酬を用意されようと、私が、私たちが積み上げてきたものはそれ以上。不相応な請負は容易にそれを崩壊させる。それゆえ、フィリア様の提案は全面的に受け入れることはできませんな」
「……そう」
どれだけの言葉を積み重ねたか。ドミニクが言いたいことはただ一つ。具体性を見渡せない危険な仕事は引き受けられないということ。
『アーク家』という大きな後ろ楯があるフィリアに対し、こうも大きく出れるのは流石であろう。ウィズはそういう権力に関してはいたって無知である。しかしながら、『アーク家』の好き放題できる横暴さを垣間見る機会はいくつかあった。フィリアの余所行きの態度には迷いもなければ、他者がとがめることもない。それほどまでに浸透している権力の枷であった。
ドミニク率いる『灰狼の祖牙商会』は『アーク家』の権威とは普段は顔を合わせない領域から来た、いわば部外者。それでも『アーク家』の名前は知っていたし、伴う態度も示してきた。
世間知らずというわけではない。すべてを承知で選択したのだ。
遠い地の名のある豪族の申し出程度、という思いもあるのかもしれない。けれども、ドミニクほどの立場であるならば、近いうちに『セリドア王国』で『剣聖御三家』がひとつになる『王国聖騎士団』が結成されることを知っているはずだ。それを考えれば、これを期に『アーク家』に恩を売ることは、何倍の利益となって返ってくる可能性が高い。それを『申し出程度』となんて切り捨てはしないだろう。
それ以上に、ドミニクには信念があるのか。もしくは、本当に『積み上げてきたものが容易に崩壊する』と危惧しているのか。ウィズにはどちらがそうとは断定できない。
「なにか、勘違いをしているのではないか?」
そんなドミニクに、フィリアは冷たく言い放つ。その眼差しに見つめられたドミニクは、取り乱しもせず見つめ返した。
「申し訳ございませんが、私共ではフィリア様の願いを請け負うことはできかねます」
「そうではない」
「……」
「まずひとつ。部下が行方不明になった理由を語ることができないのは……そうだな、『アーク家』として恥を上塗りすることに他ならない。貴方も分かっているはずだろう。こうして話していることでまたさらに上塗りをしている。とんだ失態だよ。部下の管理すらまともできないことを、こうやって第三者に知られなくてはならないなんて、な。
だが……こうやって貴方に依頼を持ち掛け、事情を話したことに後悔はない。私は『灰狼の祖牙商会』が積み上げてきた歴史――歴史というにはまだ短いが――とその活躍は、紙の上での情報にはなるが把握している。そのうえで、私はここに来た。
貴方は勘違いをしている。だから言ってやろう」
そう言うと、フィリアは口元をほんのちょっぴり緩ませたのだった。
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