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139 帰らずの
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空を見上げた。
キラキラ光る、紫色の空は傘のように降りていて、その中心には橙色の光が差している。
ああ、ずっとそこから見ていたんだ。何もかもを見通していた。だから今、現れたのだろう。
透明な階段。それは天空に続いているような気がした。一歩踏み出して、景色が歪む。これは空に続いているわけではない。しかしその先の果てにあるのは、空よりもずっと良い世界だ。何重にも光が屈折し、黒いモヤとでしか認識ができない行先。それでもそこに恐怖はなかった。
心の奥底から湧き出る感情と、黒いモヤが同期していく。どうしてここまで心地が良いのだろうか。それはとても人間らしいからだ。人間性の部分を撫でられているからだ。
"素直になりなさい"
頭の中で文字が響いた。それは声ではなかった。しかし"音"として感じ取れる。体の芯から響く、血流が奏でる静脈の拍動と似たものが、気持ちを支配していた。
"与えます。貴方が望むものを。色即是空の奏でを淘汰し、ハスラ・ヴォロスの名のもとに"
◆
ソニアがいない中、二人で祭りを楽しむのもどうかということで、特に何もせず宿に戻ることになった。
日は沈み、月が昇る。空が黒くなり、星が瞬き始めていた。部屋には三人分の料理が運ばれてきており、それらは食欲をそそる香りがするのだろう。
けれども、その食卓を囲っているのは二人だけであった。
「……もう流石に手配を出すわ」
痺れを切らした様子で、フィリアは料亭の料理に目もくれず部屋を飛び出した。料理と一緒に部屋に残されたウィズは独り思案する。
(ソニア……何があった……?)
彼女の様子。黒いビー玉。『メストマター感謝祭』。
帰ってこないというのは異常事態である。黙って仕事を投げ出すような人物ではなかった気がするし、どちらかと言えば事件や事故に巻き込まれた可能性の方が高い。
だが先ほどの言動を鑑みると、そうではない可能性もわずかながら浮上してくる。
ウィズはポケットにある、さっき受け取った紙切れを指でなぞったのだった。
◆
結局、その日は帰ってこず、日を跨いだ。ウィズが自室から出ると、すでにフィリアは起きてリビングスペースのソファに腰をかけていた。
彼女はウィズを見るに告げる。
「わたしのせいかな……」
そういう訳でもなさそうだが。そのような言葉を言いかけた。そうでない根拠、そうである根拠――そのどちらもないから、ただの気休めにしかならないからだ。
「昨日の手配、どうなりましたか」
フィリアが部屋を出て行ってからのことはまだ知らない。ウィズがそう問うと、フィリアは言う。
「昨晩の時点で探しては貰ったけど、時間帯もあって小規模でしかできなかった。でも今朝、エレノアが来るから、話はそれからになる」
つまりはまだ見つかっていないということ。まさか『アーク家』の護衛の片方が行方不明となれば、情勢からしても穏やかではない。
「『アーク家』に連絡はしたんですよね。なんて帰ってきましたか?」
「……護衛の一人を失ったところで、『アーク家』からできることはほとんどないわ。距離的な問題もあるし、何よりこの件は『アーク家』が処理するものというよりは――」
フィリアの言葉を遮るかのように、しかしきしくも答えの一端を担っているノック音が聞こえた。フィリアは立ち上がり、まとまった声で言う。
「『ノルハ』が主導で処理する案件だわ」
流れで訪問者に自ら対応しようとするフィリアに対し、ちょっと遅れてウィズが制した。流石に『アーク家』に対応させるわけにはいかないし、それをフィリアは理解しているはずなのだが。割と動揺しているのかもしれない。
ウィズは扉の前に立つと、向こうにいる人物へ声をかける。
「はい。どなた」
「エレノアです」
声の主は前日にもこの部屋で会ったエレノアであった。一応フィリアの方を振り返って、うなずきが返ってきたのを確認してから扉を開ける。
「朝早くからすみません。話は下っ端のヤツから聞いてます。とりあえず、上がってもいいっすかね?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございまっす」
ころりと頭を下げて、エレノアは客室へと入る。完全に入ったところでウィズは扉を閉めた。
(……連れはいないのか)
前日にはハリーという男が付き人にいたはずだ。そして彼がエレノアの自由さにストッパーをかけていたのだが、今回はそれがないということ。
今のフィリアはちょっと内心荒れている。その状況でエレノアに好き勝手やらせるわけにはいかない。その役割は本来ならハリーが担当するはずであったが、この場合は自分に回ってくることになる。面倒だがいないのならば仕方がない。
エレノアがテーブルのそばに近づくと、フィリアはソファに座りなおす。
「まず、ソニアさんの行方についてっスが、まだ足取りは掴めていません。あの時間帯から考えて捜査はムズかったってのはフィリア様も理解されてると思うんで。今朝、捜索は始めるよう指示しときました。
一応、昨日の午後から夜番が交代するまでの間、街と外を行き来した人の記録は確認しときました。そこにソニアさんの名前、加えてソニアさんっぽい人の記録はありませんでした。なので街中にはいると思います」
エレノアはちょっと微妙な表情でそう告げたのだった。
キラキラ光る、紫色の空は傘のように降りていて、その中心には橙色の光が差している。
ああ、ずっとそこから見ていたんだ。何もかもを見通していた。だから今、現れたのだろう。
透明な階段。それは天空に続いているような気がした。一歩踏み出して、景色が歪む。これは空に続いているわけではない。しかしその先の果てにあるのは、空よりもずっと良い世界だ。何重にも光が屈折し、黒いモヤとでしか認識ができない行先。それでもそこに恐怖はなかった。
心の奥底から湧き出る感情と、黒いモヤが同期していく。どうしてここまで心地が良いのだろうか。それはとても人間らしいからだ。人間性の部分を撫でられているからだ。
"素直になりなさい"
頭の中で文字が響いた。それは声ではなかった。しかし"音"として感じ取れる。体の芯から響く、血流が奏でる静脈の拍動と似たものが、気持ちを支配していた。
"与えます。貴方が望むものを。色即是空の奏でを淘汰し、ハスラ・ヴォロスの名のもとに"
◆
ソニアがいない中、二人で祭りを楽しむのもどうかということで、特に何もせず宿に戻ることになった。
日は沈み、月が昇る。空が黒くなり、星が瞬き始めていた。部屋には三人分の料理が運ばれてきており、それらは食欲をそそる香りがするのだろう。
けれども、その食卓を囲っているのは二人だけであった。
「……もう流石に手配を出すわ」
痺れを切らした様子で、フィリアは料亭の料理に目もくれず部屋を飛び出した。料理と一緒に部屋に残されたウィズは独り思案する。
(ソニア……何があった……?)
彼女の様子。黒いビー玉。『メストマター感謝祭』。
帰ってこないというのは異常事態である。黙って仕事を投げ出すような人物ではなかった気がするし、どちらかと言えば事件や事故に巻き込まれた可能性の方が高い。
だが先ほどの言動を鑑みると、そうではない可能性もわずかながら浮上してくる。
ウィズはポケットにある、さっき受け取った紙切れを指でなぞったのだった。
◆
結局、その日は帰ってこず、日を跨いだ。ウィズが自室から出ると、すでにフィリアは起きてリビングスペースのソファに腰をかけていた。
彼女はウィズを見るに告げる。
「わたしのせいかな……」
そういう訳でもなさそうだが。そのような言葉を言いかけた。そうでない根拠、そうである根拠――そのどちらもないから、ただの気休めにしかならないからだ。
「昨日の手配、どうなりましたか」
フィリアが部屋を出て行ってからのことはまだ知らない。ウィズがそう問うと、フィリアは言う。
「昨晩の時点で探しては貰ったけど、時間帯もあって小規模でしかできなかった。でも今朝、エレノアが来るから、話はそれからになる」
つまりはまだ見つかっていないということ。まさか『アーク家』の護衛の片方が行方不明となれば、情勢からしても穏やかではない。
「『アーク家』に連絡はしたんですよね。なんて帰ってきましたか?」
「……護衛の一人を失ったところで、『アーク家』からできることはほとんどないわ。距離的な問題もあるし、何よりこの件は『アーク家』が処理するものというよりは――」
フィリアの言葉を遮るかのように、しかしきしくも答えの一端を担っているノック音が聞こえた。フィリアは立ち上がり、まとまった声で言う。
「『ノルハ』が主導で処理する案件だわ」
流れで訪問者に自ら対応しようとするフィリアに対し、ちょっと遅れてウィズが制した。流石に『アーク家』に対応させるわけにはいかないし、それをフィリアは理解しているはずなのだが。割と動揺しているのかもしれない。
ウィズは扉の前に立つと、向こうにいる人物へ声をかける。
「はい。どなた」
「エレノアです」
声の主は前日にもこの部屋で会ったエレノアであった。一応フィリアの方を振り返って、うなずきが返ってきたのを確認してから扉を開ける。
「朝早くからすみません。話は下っ端のヤツから聞いてます。とりあえず、上がってもいいっすかね?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございまっす」
ころりと頭を下げて、エレノアは客室へと入る。完全に入ったところでウィズは扉を閉めた。
(……連れはいないのか)
前日にはハリーという男が付き人にいたはずだ。そして彼がエレノアの自由さにストッパーをかけていたのだが、今回はそれがないということ。
今のフィリアはちょっと内心荒れている。その状況でエレノアに好き勝手やらせるわけにはいかない。その役割は本来ならハリーが担当するはずであったが、この場合は自分に回ってくることになる。面倒だがいないのならば仕方がない。
エレノアがテーブルのそばに近づくと、フィリアはソファに座りなおす。
「まず、ソニアさんの行方についてっスが、まだ足取りは掴めていません。あの時間帯から考えて捜査はムズかったってのはフィリア様も理解されてると思うんで。今朝、捜索は始めるよう指示しときました。
一応、昨日の午後から夜番が交代するまでの間、街と外を行き来した人の記録は確認しときました。そこにソニアさんの名前、加えてソニアさんっぽい人の記録はありませんでした。なので街中にはいると思います」
エレノアはちょっと微妙な表情でそう告げたのだった。
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