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136 へだたり
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ウィズはフィリアから置手紙を受け取る。一度、ちらりとフィリアに目で笑いかけたあとに、その内容に目を落とした。
『ウィズ。何かあればこちらを訪れるように。Dより』
紙にはそう記されており、滞在しているであろう住所と紙全体の背景に薄く紋章が染み込ませられていた。三本の鉤爪の傷跡にバッテン印、そして口を閉じて瞳を閉じる狼といった紋章だ。
ウィズはそれを見た時にハッとした。この紋章にウィズは見覚えがあった。確か、『カットスター』に行ったときだったかに同じ紋章を見た気がする。
『灰狼の祖牙』。どこか聞き覚えがあるような気がしていたが、まさかその"レベル"であったとは。商売を営む身として最低限の常識は見つけていたものの、他社の商売については心底どうでも良かったので、あまり気にしていなかった。
フィリアはこの紋章を見るだけで該当する団体の名前をぼやいた。それも考えると、なかなかどうして割と大きな根っこを引いてしまったのかもしれない。
「……うーん」
ウィズはその手紙を見てうなる。この滞在先をわざわざ教えてきたということは、射的の時のことを考えてのことだろう。『アーク家』の関係者とかかわりを持つためにも。
(面倒だが……うーん)
考え方を変えて、逆にこちらから『灰狼の祖牙』のカシラに関われるというのはかなり貴重なアクシンデントだ。今後のことを考えても、関わりを持っておくのは悪いことではない。
ただ、どうやって接触するか、である。相手の狙いとしては『アーク家』との接触。しかしウィズとしては『アーク家』を介して『灰狼の祖牙』と繋がるというのは、あまりよろしくない。ウィズ個人として『アーク家』を媒介にせずに、借りを作らせたりしたいところだ。
手紙を眺め終わったウィズはそれをフィリアに返す。
「『灰狼の祖牙』の頭目、ドミニク・ヴェルナー・フロムさんと知り合いましてね。取り巻きのカ……じゃなかった、用心棒のひとと射的したりして、ちょっと仲良くなったんですよ。それでまあ、なんというか、何かあれば相談してくれ、と」
「……なるほど」
フィリアが顎を引いたのが仮面の上から見て取れた。そのまま一歩踏み出してウィズが差し出した手紙を受け取ると、さらに接近してウィズの耳元で告げる。
「その怪我と関係が?」
「……まぁ、関係アリですね。ちょっとした誤解で、僕2向こう8ぐらいの過失です。事情話してまぁ和解は終わってまして、その上でのコレですね」
「なるほど……」
ちょっと顔を下げて、ウィズの目の前に立つフィリア。受け取った手紙を着物の袖の中に入れる。
「豪胆ね」
彼女はそれだけ言うと、踵を返した。ウィズは息を呑む。
――肩にのしかかるのは静かな重圧。それは怒りだろうか。訳が分からないけれども、ウィズは気を取り直した。
「余裕のあるひとでしたよ。油断じゃない、あれは"余裕"でした。機会があれば、頼ってみても問題ないと思います」
「そう。……手腕は風の噂で聞いているわよ。人間を飼う獣人という言葉は、特にね」
「……」
純血の人間と混血の獣人の間には未だ見えない隔たりがあると聞く。それは古くから続くものであり、伝統がある者ほどその溝は果てしない深淵のように見えているのだろう。
特に、由緒ある貴族の名家の連中にとっては蟠りの塊のようなものだ。同じく遠い昔から『名』を継承しているフィリアは、横のつながりでそういう者たちとたくさん会ってきているのだろう。彼女がどう思っているかは実際に口からは聞かないけれども、あの性分ならば一目見ることなく混血を"ケモノ"と一刀両断するはずがない。
「でも今は、ちょっとどうでもいいかな……」
「……? そうですか……?」
屋台の柱に背を預けて、フィリアは腕を組んだ。何を言いたいのか分からないし、何かを聞きたいという雰囲気でもない。なんか面倒くさそうでもあるし、ウィズはフィリアのことは一旦置いておいて、再びオクボを口に運び始めたのであった。
『ウィズ。何かあればこちらを訪れるように。Dより』
紙にはそう記されており、滞在しているであろう住所と紙全体の背景に薄く紋章が染み込ませられていた。三本の鉤爪の傷跡にバッテン印、そして口を閉じて瞳を閉じる狼といった紋章だ。
ウィズはそれを見た時にハッとした。この紋章にウィズは見覚えがあった。確か、『カットスター』に行ったときだったかに同じ紋章を見た気がする。
『灰狼の祖牙』。どこか聞き覚えがあるような気がしていたが、まさかその"レベル"であったとは。商売を営む身として最低限の常識は見つけていたものの、他社の商売については心底どうでも良かったので、あまり気にしていなかった。
フィリアはこの紋章を見るだけで該当する団体の名前をぼやいた。それも考えると、なかなかどうして割と大きな根っこを引いてしまったのかもしれない。
「……うーん」
ウィズはその手紙を見てうなる。この滞在先をわざわざ教えてきたということは、射的の時のことを考えてのことだろう。『アーク家』の関係者とかかわりを持つためにも。
(面倒だが……うーん)
考え方を変えて、逆にこちらから『灰狼の祖牙』のカシラに関われるというのはかなり貴重なアクシンデントだ。今後のことを考えても、関わりを持っておくのは悪いことではない。
ただ、どうやって接触するか、である。相手の狙いとしては『アーク家』との接触。しかしウィズとしては『アーク家』を介して『灰狼の祖牙』と繋がるというのは、あまりよろしくない。ウィズ個人として『アーク家』を媒介にせずに、借りを作らせたりしたいところだ。
手紙を眺め終わったウィズはそれをフィリアに返す。
「『灰狼の祖牙』の頭目、ドミニク・ヴェルナー・フロムさんと知り合いましてね。取り巻きのカ……じゃなかった、用心棒のひとと射的したりして、ちょっと仲良くなったんですよ。それでまあ、なんというか、何かあれば相談してくれ、と」
「……なるほど」
フィリアが顎を引いたのが仮面の上から見て取れた。そのまま一歩踏み出してウィズが差し出した手紙を受け取ると、さらに接近してウィズの耳元で告げる。
「その怪我と関係が?」
「……まぁ、関係アリですね。ちょっとした誤解で、僕2向こう8ぐらいの過失です。事情話してまぁ和解は終わってまして、その上でのコレですね」
「なるほど……」
ちょっと顔を下げて、ウィズの目の前に立つフィリア。受け取った手紙を着物の袖の中に入れる。
「豪胆ね」
彼女はそれだけ言うと、踵を返した。ウィズは息を呑む。
――肩にのしかかるのは静かな重圧。それは怒りだろうか。訳が分からないけれども、ウィズは気を取り直した。
「余裕のあるひとでしたよ。油断じゃない、あれは"余裕"でした。機会があれば、頼ってみても問題ないと思います」
「そう。……手腕は風の噂で聞いているわよ。人間を飼う獣人という言葉は、特にね」
「……」
純血の人間と混血の獣人の間には未だ見えない隔たりがあると聞く。それは古くから続くものであり、伝統がある者ほどその溝は果てしない深淵のように見えているのだろう。
特に、由緒ある貴族の名家の連中にとっては蟠りの塊のようなものだ。同じく遠い昔から『名』を継承しているフィリアは、横のつながりでそういう者たちとたくさん会ってきているのだろう。彼女がどう思っているかは実際に口からは聞かないけれども、あの性分ならば一目見ることなく混血を"ケモノ"と一刀両断するはずがない。
「でも今は、ちょっとどうでもいいかな……」
「……? そうですか……?」
屋台の柱に背を預けて、フィリアは腕を組んだ。何を言いたいのか分からないし、何かを聞きたいという雰囲気でもない。なんか面倒くさそうでもあるし、ウィズはフィリアのことは一旦置いておいて、再びオクボを口に運び始めたのであった。
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