名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

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108 遅効性の才能

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「……そういうことね」

 紅茶の瓶をテーブルにおいて、フィリアは再び深くため息をつく。

「色々と、ソニアをすっ飛ばして貴方に頼りすぎてる節はあるもんね。……この"秘密"はともかくとしても、他のことでも心当たりがある。そういう疎外感が、ゆっくりとソニアを追い込んでいた、と」

 フィリアは肘掛に肘をつけて、頬杖をついた。

 "疎外感"――ソニアの方が先にフィリアの護衛についていたのも関わらず、恐らくであるが、ウィズの方がフィリアに何かを押しつけられたりする機会が多かった。それに反応するソニアは、ウィズからしても、そしてフィリアからしても、多少なりと認識はされていた。

 少し前もウィズが少し危惧していたことだ。

「でも、そういう"悩み"は……原因はわたしたちにあるにしろ、こちらから解消するのは難しい。そういう感覚はこちらが動けば解決するものじゃないし。大半はソニアの意識によるものよ」

「そうなんですけどねぇ。一応、そういうこともあったという報告です」

 ウィズは苦笑して曇った表情を見せていたフィリアに告げる。そしてナタデココジュース付属のツマヨウジを取ると、ナタデココを刺しては口に運んだ。

「それに、ソニアの成長具合は目を見張るものがありますからね。ほっておいても時間さえかければ……そうですね、もしかしたら『選定式』の前に、貴女の手合いをこなせるほどになるかもしれません。僕を選ぶ必要もなくなるわけです」

「そうね。そうなってくれるといいわね」

 そう言ってフィリアは微笑む。ウィズにとってもソニアが強くなること自体には不都合はない。彼女は見えないところでも色々と努力を重ねているはずだ。努力は報われてほしいところである。

(……努力、か)

 ふとアレフの影が脳裏にちらついて、ソニアに対する尊敬と親しみに焦げがつく。彼は努力をした。周囲の環境に追いつこうと、その人生を最大限に使って努力をしていたはずだ。

 しかし彼は報われなかった。何故だ。

 努力が足りなかった?
 努力の方向性を間違えていた?
 指導者に恵まれなかった?
 環境に恵まれなかった?

 違う。

 ――彼には、才能がなかった。それだけの理由だ。

 才能がなければ、努力の効果は極めて薄くなる。"無駄ではない"というところがまたいやらしい。
 
「……遅効性の才能、ってやつですかね」

 ウィズは小さくぼやいた。フィリアはぴくりと反応してウィズを見る。

 聞くに、ソニアは過去に色々とあったようだ。懐かしくなりつつある『ガーデリー』の出来事からして、彼女は"落ちこぼれ"だったらしい。

 しかし今は違う。着実に階段を登り、秀才を感じさせるほどになった。

「なにか思い当たることが?」

 そんなウィズにフィリアはそう言った。ウィズは視線を落としてナタデココが入った瓶に向ける。それを持ち上げると、ツマヨウジで中のナタデココを突き刺しては口に持ってくる。

「……才能は時間で掘り起こせる。でも厄介なのは、時間ってのは"有限"であって、その"有限"の中にさえ"期限"があるというところですね。全く、この世が上手くできてないわけだ」

 今度はウィズが微笑む番だった。そう言って自嘲気味に笑うウィズに、フィリアはなんともいえない表情で見つめ続けていた。それに気づいたウィズは今度は軽い笑みで返す。

「まあでも悪くないですよ、そんな世界も。才能がなくて追い出されたヤツでも、こうやっていいかんじの宿にお偉いさんと一緒に泊まれたりしますし」

「……ふふっ。そうかもね」

 軽率にウィズが笑いかけると、フィリアはその表情を柔らかく解く。そして紅茶を飲み干すと、空になった瓶をテーブルの上に置いた。そのまま立ち上がり、親しみの含んだ笑みでウィズを見て告げる。

「じゃあ……わたしはソニアと更なる親交を深めるために、お風呂にでも……」

「……どうぞ、ごゆっくり。一応、この宿にも結界が張られていますからね。安心して入ってください。何かあればさっき言った通りに」

「分かってるわよ」

 そう言ってフィリアは部屋を出ていった。一人になったウィズは、背もたれに体を預ける。

「……」

 目の前のイスからフィリアが消え去り、空席だけが残った。ウィズは目を細め、さっきから脳裏にこびりつく人影が代わりに座っている気がして、見えないフリをし黙ってテーブル上のナタデココジュースを手に取る。

 いつかの在りし日々。ウィズの中にある記憶は確かに存在していた。それが"無駄"であったと、そういうには悲しすぎる。しかし感情の物差しだけで世界が循環しているわけではない。だからアレフは墜ちた。

 あれから時間が経って、"人間"だけに原因があったわけではないということも考えることもあった。しかしそれはなんの慰めにもならないことを、考えているうちに悟った。

(……どうなるのかねぇ)

 ウィズはそうやって、他人行儀に笑って見せたのだった。

 

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