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117 心当たり
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「ソニア……?」
どこか様子が暗かった。フィリアの名前を出した途端に、しゅんとして縮こまってしまったよう感じた。
フィリアと何かあったのだろうか。しかしこの町に来るまで一緒にいたが、険悪な雰囲気になったことはない。それにさっきも普通に接していたはずだ。
原因は分からないものの、けれども実際に気分が落ちてしまっているように見えるのも事実だ。今後に引きずると厄介そうでもある。
なのでウィズはソニアに問うた。
「なにか……不安なこととあるの?」
「……」
ソニアはウィズを見る。
その青い瞳は澱んでいて、いつか見たことがあった。それがいつかはよく覚えていないけれど、明らかに問題を抱えている。
ソニアはウィズから視線を反らした。そしてひねり出すように小さな声で告げる。
「……ごめん。ウィズには、言えないかな」
「……」
売店の前で重い沈黙が流れる。それに付き合わざるを得ない売店の従業員の苦労が頭に浮かんだ。
それはともかく、彼女は"ウィズには言えない"と言った。ということは、ウィズ自身も原因に絡んでいるということ。ソニアにとってはウィズもフィイアと同じ、原因を作った当事者である可能性が高いということだ。
(……クソ)
ここで彼女の意思を乗り越えて、悩みを聞くのが良い気がする。しかしながらそれは諸刃であった。さらに関係を悪化させる可能性の方が高いだろう。
感情的になってはいけない。目の前のただ一つの生命のために、危険を冒してまで私用の領域に踏み込むのは合理的とはいえなかった。今後、起こりうる波乱に対して、これ以上関係が悪化するようなことは避けるべきだ。
「……そう」
だから、ウィズはそれ以上踏み込まなかった。しかしそれに続けて言う。
「でも、話せるようになったらいつでも聞くからね」
「……ありがとう」
苦し紛れのようにソニアは笑った。ウィズはそれに対して笑い返すことはできなかった。
◆
「あら、遅かったのね」
部屋に戻ると、テーブルの上にあった資料は綺麗にまとめられていた。フィリアはソファから窓際のイスに移動しており、そこで夜景を眺めながら飲み物を嗜んでいた。
「えぇ。まあ」
ウィズは適当に愛想笑いしながら、売店で買ってきた飲み物や軽食をテーブルの上に置く。ソニアもそれにならった。
「そうだ。この宿には温泉があるみたいですよ」
「ふーん。私はまだいいわ。……少しゆっくりしたいから」
「そうですか」
フィリアは夜景を眺めつつ、ウィズの言葉にそう答える。さっきも夜景を眺めていたが、彼女は景色を眺望するのが好きなのだろうか。
それはともかく、フィリアが入らないというのだから、これでソニアは一人で気兼ねなく入れる。ウィズはテーブルの上に買ってきたものを置いたソニアに言った。
「じゃあソニア、一人で行ってきなよ。ソニアの分は保管庫に入れておくからさ」
「……うん、そうだね。お先にお風呂、いただきます」
「……気にするほどでもないわ。温泉なんだから、楽しんできなさい」
「はい……」
ソニアは静かに笑うと、部屋を出ていった。見た限り、客室に着物とかはなかったので、恐らく更衣室に置いてあるタイプの宿なのだろう。
ソニアがいなくなったところで、部屋の中に少しの沈黙が流れた。その中でウィズはナタ=デ=ココのお菓子と、瓶に入った紅茶を持ってフィリアのもとへ歩く。
「どうぞ」
「ありがとう」
ウィズが椅子の前にあるテーブルにそれらを置くと、フィリアは笑ってお礼を告げた。その笑顔は普段見せない、素のものであった。ウィズは笑い返すと、談話室に戻ってソニアが買ってきたものや、自分のまだ食べないものを保管庫へ入れていく。
その中で、ウィズはぽつりと繰り出した。
「あの、フィリアさん。少し聞きたいんですけど」
「……何? どうかした?」
夜景から目を離し、ウィズの方に視線を向けるフィリア。ウィズは保管庫に食べ物を入れながら、少し考える。
ソニアのことは話した方が良いだろう。しかしどこまで話すべきか、口に出した後に少し戸惑ってしまった。
いや、ここでソニアのフィリアとの関係に対する不安を隠して何になるというのか。それにフィリアのことだ。話しても悪い方に行動するということはないだろう。普段は傍若無人に振る舞う彼女だが、素の方は相応の優しい女子なのだから。――だからこそ、利用できる部分もある。
「ソニアのことなんですけどね。……なんか、フィリアさんや僕に対して、悩みのようなものを感じてるみたいで」
「……悩み、かー……」
ウィズは保管庫のドアを閉めると、無糖のナタ=デ=ココジュースを手に取ってフィリアの前の椅子に座る。フィリアは紅茶に口をつけるとテーブルに置き、悩ましそうに肘をつけた。
「私については仕方ないわ。そういう態度をしてるんだから……当然よ」
「いえ、そういうわけじゃないみたいなんです」
「……というと?」
フィリアの視線が目の前のウィズを貫く。ウィズはジュースの液体部分を一気に飲み干すと、ナタデココだけが残った瓶をテーブルに置いた。
「理由を聞いたんですが、僕にも教えたくない、と。貴女の態度に原因があるのなら、同僚の僕には愚痴として話してもおかしくはないでしょう。……恐らく、これは僕と貴方に問題がある」
肘掛に肘をおいて、ウィズは眉間に手を持ってくる。瞳を細めて、その状態でフィリアを見た。
「正直なところ、心当たりがないといえばウソになります。……分かるでしょう。まさに"今"、僕らがしていることですよ」
「……」
ウィズの言葉にフィリアはため息をついて、疲れが見える表情で再び紅茶を口にしたのだった。
どこか様子が暗かった。フィリアの名前を出した途端に、しゅんとして縮こまってしまったよう感じた。
フィリアと何かあったのだろうか。しかしこの町に来るまで一緒にいたが、険悪な雰囲気になったことはない。それにさっきも普通に接していたはずだ。
原因は分からないものの、けれども実際に気分が落ちてしまっているように見えるのも事実だ。今後に引きずると厄介そうでもある。
なのでウィズはソニアに問うた。
「なにか……不安なこととあるの?」
「……」
ソニアはウィズを見る。
その青い瞳は澱んでいて、いつか見たことがあった。それがいつかはよく覚えていないけれど、明らかに問題を抱えている。
ソニアはウィズから視線を反らした。そしてひねり出すように小さな声で告げる。
「……ごめん。ウィズには、言えないかな」
「……」
売店の前で重い沈黙が流れる。それに付き合わざるを得ない売店の従業員の苦労が頭に浮かんだ。
それはともかく、彼女は"ウィズには言えない"と言った。ということは、ウィズ自身も原因に絡んでいるということ。ソニアにとってはウィズもフィイアと同じ、原因を作った当事者である可能性が高いということだ。
(……クソ)
ここで彼女の意思を乗り越えて、悩みを聞くのが良い気がする。しかしながらそれは諸刃であった。さらに関係を悪化させる可能性の方が高いだろう。
感情的になってはいけない。目の前のただ一つの生命のために、危険を冒してまで私用の領域に踏み込むのは合理的とはいえなかった。今後、起こりうる波乱に対して、これ以上関係が悪化するようなことは避けるべきだ。
「……そう」
だから、ウィズはそれ以上踏み込まなかった。しかしそれに続けて言う。
「でも、話せるようになったらいつでも聞くからね」
「……ありがとう」
苦し紛れのようにソニアは笑った。ウィズはそれに対して笑い返すことはできなかった。
◆
「あら、遅かったのね」
部屋に戻ると、テーブルの上にあった資料は綺麗にまとめられていた。フィリアはソファから窓際のイスに移動しており、そこで夜景を眺めながら飲み物を嗜んでいた。
「えぇ。まあ」
ウィズは適当に愛想笑いしながら、売店で買ってきた飲み物や軽食をテーブルの上に置く。ソニアもそれにならった。
「そうだ。この宿には温泉があるみたいですよ」
「ふーん。私はまだいいわ。……少しゆっくりしたいから」
「そうですか」
フィリアは夜景を眺めつつ、ウィズの言葉にそう答える。さっきも夜景を眺めていたが、彼女は景色を眺望するのが好きなのだろうか。
それはともかく、フィリアが入らないというのだから、これでソニアは一人で気兼ねなく入れる。ウィズはテーブルの上に買ってきたものを置いたソニアに言った。
「じゃあソニア、一人で行ってきなよ。ソニアの分は保管庫に入れておくからさ」
「……うん、そうだね。お先にお風呂、いただきます」
「……気にするほどでもないわ。温泉なんだから、楽しんできなさい」
「はい……」
ソニアは静かに笑うと、部屋を出ていった。見た限り、客室に着物とかはなかったので、恐らく更衣室に置いてあるタイプの宿なのだろう。
ソニアがいなくなったところで、部屋の中に少しの沈黙が流れた。その中でウィズはナタ=デ=ココのお菓子と、瓶に入った紅茶を持ってフィリアのもとへ歩く。
「どうぞ」
「ありがとう」
ウィズが椅子の前にあるテーブルにそれらを置くと、フィリアは笑ってお礼を告げた。その笑顔は普段見せない、素のものであった。ウィズは笑い返すと、談話室に戻ってソニアが買ってきたものや、自分のまだ食べないものを保管庫へ入れていく。
その中で、ウィズはぽつりと繰り出した。
「あの、フィリアさん。少し聞きたいんですけど」
「……何? どうかした?」
夜景から目を離し、ウィズの方に視線を向けるフィリア。ウィズは保管庫に食べ物を入れながら、少し考える。
ソニアのことは話した方が良いだろう。しかしどこまで話すべきか、口に出した後に少し戸惑ってしまった。
いや、ここでソニアのフィリアとの関係に対する不安を隠して何になるというのか。それにフィリアのことだ。話しても悪い方に行動するということはないだろう。普段は傍若無人に振る舞う彼女だが、素の方は相応の優しい女子なのだから。――だからこそ、利用できる部分もある。
「ソニアのことなんですけどね。……なんか、フィリアさんや僕に対して、悩みのようなものを感じてるみたいで」
「……悩み、かー……」
ウィズは保管庫のドアを閉めると、無糖のナタ=デ=ココジュースを手に取ってフィリアの前の椅子に座る。フィリアは紅茶に口をつけるとテーブルに置き、悩ましそうに肘をつけた。
「私については仕方ないわ。そういう態度をしてるんだから……当然よ」
「いえ、そういうわけじゃないみたいなんです」
「……というと?」
フィリアの視線が目の前のウィズを貫く。ウィズはジュースの液体部分を一気に飲み干すと、ナタデココだけが残った瓶をテーブルに置いた。
「理由を聞いたんですが、僕にも教えたくない、と。貴女の態度に原因があるのなら、同僚の僕には愚痴として話してもおかしくはないでしょう。……恐らく、これは僕と貴方に問題がある」
肘掛に肘をおいて、ウィズは眉間に手を持ってくる。瞳を細めて、その状態でフィリアを見た。
「正直なところ、心当たりがないといえばウソになります。……分かるでしょう。まさに"今"、僕らがしていることですよ」
「……」
ウィズの言葉にフィリアはため息をついて、疲れが見える表情で再び紅茶を口にしたのだった。
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