名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

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109 ズカズカと

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「……ふむ」

 戦闘後、ボロボロになった部屋で二人が床に腰を下ろして休んでいると、ガスタ・アークが戻ってきた。そういえば、彼は一時間後に戻るとかいってこの部屋を出ていったのだった。

「想像以上に暴れてくれたようだな」

 煤だらけになった二人を見下ろした後、ガスタは部屋を見渡してそう告げる。確かに部屋は亀裂や凹み、床に至ってはデコボコになっており、"部屋"と呼ぶには"廃墟の"という枕詞がついてしかるべきの現状であった。

「父様」

「勝手は掴めたのだろうな? 全く、またヤツに世話にならねばならんのが癪で仕方がない」

 一瞥いちべつをしたガスタはさらりと背中を向けた。そして出口の魔方陣へと歩き出す。

(……)

 もう少し何かを話すのだろうとか思っていたのだが、そうでもなかったようだ。ウィズにはともかく、フィリアにはもっと言うべきことがありそうだが。

「フィリア」

 ウィズがそう思っていた矢先、魔法陣の手前でガスタは立ち止まった。それから背を向けたまま、淡々と告げる。

「……例の『ノルハ』で催事だが、きな臭いものを感じる。気を引き締めておけ」

「はい」

 起立し、背筋を伸ばしてフィリアは返事をする。それを聞くとガスタは足を魔法陣に踏み入れて、空間から姿を消した。

「……『ノルハ』がきな臭い、ですか?」

 再び二人の空間になったその部屋で、ウィズは口を開いた。

 『ノルハ』といえば、数日後にフィリアが訪れる町だ。護衛としてウィズとソニアが付くことになっているので、他人事ではない。

「ええ。そうみたいね。でもそうなるのは分かってたでしょう?」

「……まあ、そうですけど」

 フィリアの言葉にウィズは頷くしかない。『アーク領』においても、すでに事件は起こっている――その中にはウィズが起こしたものもあるが――のだから、領外では尚更であろう。

「でもわざわざ忠告するっていうのは引っかかりましたね。『言わずもがな』って感じなのに」

 ウィズはそう軽い口調で話しつつ、その本意を知りたくてチラリとフィリアを見た。

 客観的に見ても、こんな時期に『フィリア・アーク』が領地の外を出歩くのは危険だ。当事者たちにとっては言うまでもないことであろう。

 それをわざわざ、しかもウィズという部外者がいる場所で口に出すということは、念を押しているように見えた。ウィズの考えすぎかもしれないが。

「……ん」

 突っかかってきたウィズに、フィリアは浮かない表情で下に視線を向けた。口籠もっているのを見るに、何か事情があったことは間違いないだろう。

 少し黙っていたフィリアだったが、ふと決心した様にウィズを見据え、口を開いた。

「ある魔法使いから"告げ口"があってね。今度の『ノルハ』での式典『メストマター祝福祭』には暗雲が漂っていると」

「"告げ口"……」

 意味ありげに告げられた単語にウィズは顎に手を当てた。

 魔法使いという情報を話していることからしても、それはただの勘ではないのだろう。呪術的な側面を持った"予言"に近い性質を持つ"予感"なのだ。

 考えるウィズのすぐそばで、フィリアは視線を下げたまま静かに告げる。

「……ねえ、覚えてるでしょ? 『怒りの森』でのこと」

「えぇ、まあ」

「……今回は、あの時以上の危険があるかもしれない。だから貴方には覚悟してもらわないと」

「覚悟……ですか?」

「そう」

 フィリアの視線が一気にウィズへと移る。真剣な眼差しにウィズは顎を引いた。

「護衛の貴方たちが死にかけても、それを助けることでわたしの身に危険が及ぶのなら、手を差し伸べられないということをね。……わたしが生き残るために、貴方たちがいるのだから」

 真っすぐな瞳を前に、ウィズは表情を硬くしたまま考える。

 彼女の言うことはもっともだ。ウィズやソニアの護衛というのは、フィリアを守るためのもの。命の価値は平等だとか言われる世界だが、その実資本主義にならってしっかりと"価値"や"優先順位"がついてくる。

 ウィズたちとフィリアの関係においては、フィリアの命が優先されるのは言うまでもない。そもそも、フィリアを守るために二人は雇われたのだから。『怒りの森』で倒れているソニアを見て、ウィズはフィリアに責任を求めるような物言いをしたが、あの時はそれを言うことで"流れ"を作りたかっただけであり、その辺りのことわりをウィズは理解している。

 そしてこの場にはいないけれども、ソニアも理解していることだ。しかし――こちらをじっと見るフィリアへ、ウィズは言う。

「もちろんそのつもりですよ。ですが、貴女はどうですかね」

「……」

 押し黙るフィリアにウィズは続ける。

「貴女は僕らを見捨てることができますか?」

 その言葉を最後に、沈黙が流れた。

 『怒りの森』でウィズが気絶したソニアに言及した時、少なからず彼女はうろたえた。それは良心の呵責であるけれども、『フィリア・アーク』としての立場からしてみれば、それはおかしなことであった。

 極論、『フィリア・アーク』からして護衛ソニアは踏み台である。さらには『アーク家』の家訓を考えれば、ソニアの状況に動揺すること自体が失態であろう。

「……貴方は、相変わらずズカズカと言ってくるのね」

 ため息交じりに、沈黙を破った声が一つ。フィリアは苦笑していた。

「え……そんなにズカズカ言ってます?」

「言ってる」

 困惑するウィズにフィリアの笑みは絶えない。

 ウィズにそんな自覚はなかったが、自分自身で分析してみてふと理解する。ウィズがフィリアに近づいたのは報復のためだ。いわばこの関係性も単純に自らが望んでものではない。"望み"にたどり着くための"道"に過ぎない。

 その"望み"にウィズの意識がいっているせいか、"道"である彼女らや今の現状に対し、中々興味を持っていないのだろうか。だからこそ、何の思慮もなく物事を言えるのかもしれない。

 そう考えたらなぜか気分が楽になった。ウィズもフィリアにつられたように笑ったのだった。
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