名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

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108 仮想敵

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 腕の光輪がフィリアの斬撃とぶつかり合い、発生した高周波がウィズの耳をつんざいた。振動が腕から肩へ伝わり、最終的には心臓が二重に揺れる。

「……っ」

 ウィズの光輪は未だに回転を続けており、『緋閃イグネート』は加速を続けていた。けれども加速が足りなかったのか、フィリアの斬撃を受けきれずに光輪は削られていく。

「くそっ……!」

 しかし斬撃に対し、ある程度の防御としてはもう少しの時間ぐらいは機能してくれるであろう。ウィズは毒づきながらも体を傾けた。

「ちぃ……っ!」

 『緋閃』の光輪だけを腕から残し、地面を蹴った。残された光輪は少しの間は斬撃を拮抗するも、使用者を失ったことでそれは構築力を失い、すぐに魔粒子へとほどけていく。

 直後、フィリアの魔剣の魔力を含んだ斬撃がその魔粒子を誘爆させ、爆発を引き起こした。ウィズは爆風に背中を押し出されるようにして、その場から逃げ出した。

 背中からの爆風でバランスを崩し、そのまま転げ落ちるウィズ。それでもすぐに立ち上がってフィリアの視界の中に捉えた。

「!」

 その視線にフィリアが気づいたころには、あろうことかウィズは彼女に向かって駆け出していた。両手には『緋閃』の魔法陣をそれぞれ展開させながら。

「っ!」

 フィリアは咄嗟に剣を振るい、斬撃を放つ。ウィズはそれを読んでいて、左手の魔法陣から『緋閃』を放つと、地面を蹴って上へ飛躍する。『緋閃』の反動で自身の体を吹っ飛ばし、斬撃を避けると共にフィリアの頭上を取る。同時に右手の魔法陣から『緋閃』が顕現し、腕の周りでその光が弧を描き始めた。

「――ッ!」

 ウィズはそのまま左手の消えかけている『緋閃』の放つ角度を変更し、その勢いでフィリアの背後に吹っ飛び着地した。同時に左腕の『緋閃』は消え失せるが、右腕に光輪となってほとばしる『緋閃』は健在である。

 フィリアが振り返る頃には、ウィズは彼女の目の前まで肉薄していた。ウィズとフィリアの二者間の距離はすでに目と鼻の先。剣を振るうよりも、ウィズの『緋閃』を灯した拳が振るわれる方が圧倒的に早い位置関係になっていた。

(これで寝てろよ! 怪物女!)

 恐ろしいことに、フィリアはまだまだ本気ではない。いや、この模擬戦闘自体には本気で取り組んでいるようであるが、それが彼女の実力の全てというわけではなかった。それをウィズは何となく察していた。

 しかしこの模擬戦闘においてはウィズが勝ちを得る。ウィズの拳がフィリア目掛けて放たれ、それはすでに数センチまで届いてそのまま――。


 けれども、その拳はフィリアへは届かなかった。

「なっ……!」

「ひゃっ……!?」

 地面が大きく揺れ、二人を上へ弾いたのであった。力が抜けるような高く女々しい声で悲鳴を上げるフィリアとは対照的に、突然のことにウィズは低い声で下を見た。

 仲良く上へ吹っ飛ばされた二人はほぼ同じタイミングで着地する。ウィズは少し気が立っていたせいか、三転着地を決めるも、フィリアはそのまま地面に倒れ込んだ。

「これは……」

 すでに『緋閃』は途切れている。ウィズは辺りを見渡し、地面が振動したのと同時に部屋が失ったものを視認して立ち尽くした。

「空の色が……」

 そう、青い空に白い雲が流れていた壁であったが、それが見事に白と黒のモノクロの空へと打って変わってしまっていた。心なしか雲の流れるスピードも大分落ちている気がする。

 茫然とするウィズ。そんな彼の隣で、自分だけが着地に失敗した羞恥を感じて微かに赤面しているフィリアが、その疑問について口を開いた。

「……この部屋の魔力の吸収量が限界に近くなったのね。吸収しきれないほどの量が部屋の中で魔力が使われると、警告として今みたいになるの」

「魔力の吸収……? ……ああ、確かに」

 フィリアの『魔力の吸収量』という言葉がよく理解できなかったが、この部屋の壁が『緋閃』を吸い込む光景を思い出したところでウィズはその言葉を納得する。

 ここは『東棟』。魔力で構成されている隔離空間だ。普段の世界とは隔離されている。ここでの魔力の使用は『東棟』の外では感知できないような仕組みになっているのだろう。

 この部屋も例外ではなく、それを成すためのシステムが組み込まれていて、それが『魔力の吸収量』のことなのだ。考えるに、魔力が一気に外の世界へ溢れ出るのを防ぐため、一時的に貯蓄してからゆっくりと静かに、外の世界へ流すのだろう。そうすれば感知にも引っかかりづらい。

 ともあれ、部屋の警告のせいで勝負は最後の最後で途中放棄せざるを得なくなってしまった。少し消化不良を感じながら、ウィズはその場で腰を下ろす。

「それで、どうします? また戦いますか?」

「……ううん。もう大丈夫だよ、ありがとう。わたしも感触は掴めたしね」

「それはそれは」

 ウィズは笑って相槌を打った。そして下を向くと、完全に消え失せた表情で思考する。

(あの至近距離ならば、剣の振りよりもオレの拳の方が速いのか)

 ウィズがフィリアに攻め込んだのはそれが知りたかったためでもあった。

(『アーク家』でこれなら……ふむ)

 ウィズの敵は決まっている。対『ブレイブ家』のシミュレーションとして、フィリアを筆頭に『アーク家』の面々との戦闘は、同じ剣聖御三家ということもあり、かなり優秀なはずだ。

 いずれ確実に来る日に向かって、ウィズは着々と覚悟を作っていったのだった。

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